Trisha Yearwood(トリーシャ・イヤーウッド)。女性コンテンポラリー・カントリー・シンガーとして、実力、スケール、そしてカントリー・シンガーならではの叙情的な表現力のどれをとっても最高といえる人。90年代からカントリー・ミュージックに親しんできた人には、彼女の存在は特別です。長くMCAレーベルの看板アーティストとしてカントリー界を引っ張ってきましたが、今年に入ってTaylor Swiftで名を成したインデペンデント・レーベルBig Machineに移籍し、旧知の名プロデューサーGarth Fundisプロデュースの元、生涯最高といえる素晴らしい新作をリリースしました。配給やプロモーションもしっかりできる良いレーベルのようですが、前作「Jasper Country」もかなりの好盤だったので、この移籍の真意がどこにあったのか・・・・
まずは、先日グラミー賞にもノミネートされたタイトル曲"Heaven, Heartache and the Power of Love"。ブルージーなメロディのイントロが印象的なロッキン・カントリーで、Trishaのパワーハウスぶりは素晴らしい。そこで比較したいのが同じくグラミーにノミネートされているLeAnn Rimesの"Nothin' Better to Do"(そして、"Familyも")。これらの曲のイメージって、ダウンホームなアップテンポ曲でおおよそ似たものがあります。しかし注目したいのが、そのサウンド。そこに現在のカントリー・シーンの中で今回のTrishaが光っているポイントの一つがあります。LeAnn盤というのは、今のカントリー・シーンですっかり定着しているディストーション(音を歪ませた)がガンガンに効いたエレクトリック・ギターが曲のカラーを決定しています。この音、アリーナでやると迫力があり映えるので一般のファンにはウケルのでしょう。また最近は、ロックのようにミキシングで音を圧縮などして加工する事がカントリーでも頻繁に行われてるらしい。
しかしTrishaの為にGarth Fundisが用意した音は、アコースティック・ギターの鋭いカッティングと、派手なだけではないアーシーな音色のエレクトリック・ギターがうまく溶け合い、全ての楽器がイイ音で自然に鳴っている(マンドリンがしっかりアピールしている!)、これこそが本物のカントリー・サウンドと思える音です。そしてそれは、彼女の全盛期の90年代当時よりもスケール大きく、美しく響いています。このアルバム「Heaven, Heartache and the Power of Love」の素晴らしさは、厳選された楽曲の素晴らしさももちろんですが、今のトレンドに振り回されない純粋なコンテンポラリー・カントリー・サウンドが展開されているところにあり、そしてこれこそがTrishaがMCAを離れてまで手にしたかったものだったのだと思います。
そのサウンドは、バラード群でさらに魅力を発揮します。続く2曲目"This Is Me You're Talking To"でのストリングスもまじえた雄大な美しさはTrishaの円熟した歌声を見事に引き立て、そしてゴスペル~メンフィス・ソウル(サザン・ソウル)の風合いを持つダウン・ホームなバラード"Nothin' 'Bout Memphis"ではソウル的なホーン・セクションが実に厚みたっぷりで曲に奥行きを与え、Trishaもエモーショナルに歌い上げます。アルバムの中盤ではよりストレートなカントリー・ソングが並び、アコースティック・サウンドの醍醐味が堪能できます。それは"WeTried"、"Let the Wind Chase You"から"Not a Bad Thing"あたり。カントリー楽器のリッチな響きがたっぷり聴けるカントリー・アルバムは今はそうそうないので、うれしい限り。ここでの彼女は実にリラックスしていて楽しそうです。一方、"Help Me"の方はきれいなピアノとストリングスのアンサンブルが楽しめて、これも聴き物です。
リズム・ナンバーでのハイライトは、"They Call It Falling for a Reason"でしょう!ここでは、フォーク・ロック~ウェスト・コースト・サウンドのアメリカン・ロックの遺産がカントリー・ミュージックに完全に消化・解釈され、21世紀の精鋭ミュージシャンのテクニックとレコーディング・テクノロジーによってスケールの大きいドライビング・サウンドとなって展開、Trishaの声もハイウェイを悠々と巡行するかのような余裕の突進力を見せます。たっぷりとしたアコースティック・ギターのストロークにキレのあるエレキ・ギターが絡みつく極上の現代ロッキン・カントリーで、実にカッコイイ。 この他に、アルバムの終盤には結構ハードなギターがフィーチャーされたジャンプ・ナンバーも配されており、最近のトレンドにもきっちりと目配せしてます。この手のロッキッシュなナンバーでも見事にノリきってみせるTrishaのシンガーとしての許容力の大きさは、今更ながら凄い。ハードとは言ってもカッチリと引き締まった音作りには本物感があり、平凡なアリーナ・ロックなどにはなっていません。ラストはしんみりとした弾き語り曲"Sing You Back To Me"でTrishaの歌声にジックリを耳を傾けて、この2007年最高のカントリー・アルバムの幕を美しく閉じます。
しかしながら、最高でナイスなこの作品が今の最前線のアメリカ・カントリー・シーンを代表しているかというと、残念ながらそうではないんだろうと思います。カントリー・チャートでの最高位は10位。ベテラン頑張りましたってレベルです。もし西海岸のイベントであるグラミーで勝ったとしても、それは変わらないんでは・・・・(Loretta Lynnの「Van Lear Rose」がそうであったように)。元々この作品は、ヒットさせようとかカントリー界を牽引しようという意図を持って製作されたのではなく、TrishaとGarth Fundisのカントリー・ミュージックに対する理想と意地の結晶なのでしょう。しかし、それは純粋にグッド・ミュージックを求めている、この極東のポップ・ミュージック・ファンには素晴らしい宝物になりうると思います。
1964年ジョージア州はMonticello生まれ。子供の頃はエルビス・プレスリーが好きだったそう。1985年に地元の大学からナッシュビルのBelmont Collegeに移り、その傍らデモ・シンガーとしての活動を開始。その歌声が、デビュー前のGarth Brooks(現在の旦那)に気に入られてバックアップ・シンガーとして雇われ、「Garth Brooks」「No Fences」にも参加。そしてGarth Fundisの後押しもあって1990年にMCAとレコード契約。翌1991年のデビュー・アルバム「Trisah Yearwood」からのリード・シングル"She's in Love With the Boy"がいきなりカントリー・チャートのトップを飾り、90年代の若手カントリー・クィーンとしてのスターダムを獲得してしまうのです。確かに彼女の歌声・作品は、その後のコンテンポラリー・カントリー・ミュージックの進むべき方向性を見事に示しました。
90年代当時、私はMartina McBrideファンでしたが、それでもこの先もTrishaがカントリー・ミュージック界を引っ張っていくのだろうとな、と信じていました。それくらい、Trishaの実力と存在感は圧倒的に思えたものです。しかし、そうはなりませんでした。90年代終盤からのポップ化の加速は、元々ソリッドでキレのあるMartinaに有利に働いたように見えます。さらに、9・11と「Greatest Hits」(Martinaの)のジャケットでの星条旗の偶然。メッセージ性を重視した選曲。”アメリカン・アイドル”への出演のような「外」へ向かうチャレンジ精神溢れる行動。そして何より、精力的で動員力を誇るライブ活動。一方、Trishaは2001年のポップな「Inside Out」以降4年ものブランク。さらに、その情緒不安定だったりわがままぶりはマスコミの格好の餌食になる事が多かったようで、結局スター・システムの中にいる事に嫌気がさしたのではないでしょうか。デビュー以降2度も離婚するなど不運もありました。しかし、その彼女の自分の音楽への頑固なこだわりが、この純粋でクリエイティブで豊かな作品に結実したのですから、カントリー・ミュージックのなんと奥深い事かと思うのです。
TrishaのMySpaceサイトはコチラ、是非ご試聴ください。また、CMT.comではアンプラグド・ライブを見る事が出来ます。
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