ギラギラした仰々しいコスチュームを身にまとった、むさくるし
い6人組。舌を噛みそうな名のリーダー、ダグラス ”ダグ” ダグラ
ソン Douglas "Doug" Douglasonは元ポルノ男優なんだとか・・・
そんなキャリアでメジャーのキャピトルからアルバムを出すとは、
いったい何者!?となるのですが、声を聴いたら一聴瞭然、メイ
ンストリーム・カントリーのトップ・スター、ダークス・ベント
リーDierks Bentleyとそのロード・バンドが、架空のキャラになり
きってアルバムをリリースしたのです。意識の高いわが国の洋楽
ファンには、その猥雑なルックスで既にアウトかもしれませんが、
おふざけイメージに相反して、その音楽はすこぶるエネルギッシ
ュでストレート、奇跡のようなネオ・トラディショナル・カント
リーがここには展開されています。
皆バレバレのカツラです。何とも言えないファッション
バンドのスペルを連呼するオープニングの"Hot Country Knights"
から、あか抜けない土埃の香りが濃厚に漂います。続くリード・
シングル”Pick Her Up"では、90年代のネオ・トラディショナルの
時代を席巻したトラビス・トリットTravis Trittがゲスト参加。スピ
ーディなロッキン・カントリーが昨今流行りのリズム・ループを
蹴散らすかのようです。歌詞的には、ピックアップ・トラックに
彼女を乗せて、ホンキー・トンク・バーで踊りまくるぜ、ってな
調子で他愛ないですが、リーダーが元ポルノ男優だという設定を
利用した、結構きわどい事も一部で歌っているよう。
その一例が、続く"Asphalt"。どうもこれは女性のヒップの喩えの
よう。゛俺には罪はない。悪いのはAsphalt(Ass-Fault)の方だ゛と
いう男の身勝手を歌っているみたいです。さらに意味深なのが、
こちらも90年代の女性カントリー・スター、テリ・クラークTerri
Clarkと デュエットした"You Make It Hard"。この曲、男女の間の
事を歌っている訳で、それで男曰く"You Make It Hard"ですから、
これ以上はお任せします・・・さすが一時代を築いたテリ姉御、度
量が大きいですね。ただし、これら2曲共、音楽的には泣きのフ
ィドルやペダルスティールがしっかり聴ける、美しくロマンチッ
クなカントリー・バラードなのです。ダークス、ではなくダグラ
スの歌声も゛誠実゛です。ここが一番大事なところです。
ラストの "The USA Begins With US"は、タイトルから想像される
通り、愛国的なメッセージを、ゆったりしたリズムをバックに、
大歓声の中で力強く語るというナンバー。あくまでアメリカ人に
向けたメッセージだと云います。主な内容をかい摘んでみます。
゛俺たちは黒、白や茶色など人の肌の色は見ない
見るのは赤、白、青だけだ(※注:つまり星条旗)
最近、多くの人が我々を分断(Divide)したがってる
俺はワシントンDCのスマートな奴らほどは算数の天才ではないが
割り算(Division)が引き算(Subtraction)と同じなのは知ってるぜ、そうだよな?
Knightsは引き算についてじゃない、全て足し算(Addition)に関する事だ
多分、足し算はアメリカ人が発明したんだ / アメリカよ、頑張ろう
俺は朝、下着のタグを見たんだ / そこにはMade In Chinaってあった
俺はそのタグにMade In USAって書いてた時を覚えている
この事が、24分前にこの曲を書くよう俺を鼓舞したんだ
アメリカは俺たちと共に始まった
自由な夢は血と共にもたらされた
アメリカは俺たちと共に始まった(自由は無料じゃない、それなりの対価が必要だ)”
”分断”と”割り算”のダジャレでチョッとおバカを演じていますが、
トランプ政権以降の分断社会に対する警告のメッセージのようで
すね。”足し算”とは、多くの移民がどんどん加わって出来た国だ、
という事でしょう。ただ、風貌から想像されるような、労働者階
級だったり共和党に偏ったの発言というわけではなさそうです。
DCの人たちを揶揄してますし。なお蛇足ですが、90年代のカント
リーに、”日本に所有されたMade In America"と歌った曲が有りま
した。バブルの頃で、ソニーがコロンビアを買収し、ジャパン・
バッシングが有った時代でした。
あと特筆すべきナンバーとして、"Then It Rained"あたりでしょう。
よく聴くと、90年代のカントリー・モンスター、ガース・ブルッ
ダグラス、いや、ダークスは一体なぜこんな活動を始めたのでし
ょうか?2019年にケン・バーンズ監督により製作されPBS系列で
放映された、カントリーミュージックの歴史を深く俯瞰した16時
間にも及ぶ大長編「Country Music: A Film By Ken Burns」が話題
になりました。私には、「The K Is Silent」は、そのケン・バーン
ス映画の関連作品、或いは副産物だと思えてならないのです。と
いうのも、ダークスはその映画に、現在もNo1ヒットを飛ばす(昨
年”Living"がエアプレイ・チャートで1位に)メインストリーム・
アーティストでただ一人(これも少なすぎで問題・・・)コメンテイ
ターとして登場し、また放送に先立って開催された記念コンサート
にも出演しているのです。そこで彼は、ドワイト・ヨーカムとの
"Streets of Bakersfield"(バック・オウェンズ)のデュエットと、
ウェイロン・ジェニングスの名曲”Are You Sure Hank Done It This
Way"と2曲もプレイする活躍ぶりでした。後者はまさに、今回の
ナイツのイメージのルーツとなるアウトロー・カントリーの名曲
です。
ダークスが2008年のカントリー・ゴールドで来熊した際、幸運に
も会ってインタビューさせていただく機会を得ました。その時も、
ブルーグラスやカントリー伝統のアコースティック楽器、バンジ
ョー、マンドリンやフィドルが好きで、作品に常にフィーチャー
したい、と熱く語ってた事が印象的でした。以上の言動からも分
かるように、カントリーの伝統への愛着が強い彼が今のメインス
トリーム界のトレンドを憂い、トラディショナルなスタイル・・・そ
れが盛んだった一番近い時代が90年代・・・に特化したアルバムを製
作しようとするのは自然な流れでしょう。以前もこのスターは、
ブルーグラス・アルバムをリリースしているのです。しかし、ヒッ
トを求められる彼がおいそれと出来る事ではなく、このようにジョ
ークの塊のような分身に成りすましてようやく実現させたように思
います。ダークスのコンサートの前座で話題になった事も後押しし
たでしょう。ただし、ここで聴かれる音自体はジョークではなく、
真摯な姿勢と情熱に溢れ力強いです。そこに、彼らの猥雑なイメー
ジによって現状に対する穏健な攻撃性、批評性が加わっているよ
うです。
だから、"The USA Begins With US"も、世界を見ているダークスだ
からこそ、イメージから想像される労働者層側に偏ったメッセージ
ではなく、アメリカ全体に呼びかけるものになってるのでしょう。
なお、ダークスは自分がダグラスに成りすましているとは公言して
いなくて、メディアも”疑わしい類似点がある”等とそのジョークを
受け入れているので、このバンドに対するダークスの真の思いは
まだ十分に語ってないと思います。今後もユニークな活動を展開
し、メインストリーム界に刺激を与えてくれることを期待したい
です。
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