とてつもなく長いキャリアを誇ってきたケニー・チェズニーが、
2作のライブ・アルバムやクリスマス・アルバムも含めると、通
算21作目となるニュー・アルバムをリリースしました。ケニー
を取り上げるのは10年以上ぶりという事もあるので、近年の活躍
に触れておきたいと思います。
Songs for the Saints
2018年の前作、「Songs for the Saints」が、2017年にフロリダ州
を中心に甚大な被害をもたらしたハリケーン・イルマをきっかけ
(ケニーのSt. Johnの家も被災)に、彼の多くの音楽のテーマであ
りアーティスト・イメージの源泉であるカリブ海沿岸を、穏やか
な曲想で表現した作品集で成熟も感じさせるものでした。対して
今作は、全米に名を轟かせる”スタジアム・アクト”ならではの、
本来のケニーに戻した、というコンセプトになるのでしょうかね。
オープニングから艶やかなアメリカン・ロック・ギターで勢いづ
けてくれます。既にシングル・ヒット中のタイトル曲"Here and
Now"もこの手の爽快なアップ・テンポ・ナンバーです。いつもの
彼ですね。
ケニーのデビューは1994年で、当時隆盛だったトラディショナル
なカントリー・スタイルで世に出ましたが、ビッグになっていっ
たのが、2002年の「No Shoes, No Shirt, No Problems」あたりか
ら。ロバート・T・ロルフ氏の「カントリー音楽のアメリカ」
(あくまで社会学的な書物で音楽評論書ではないです)で、この
時期からの彼について、゛チェズニーは、東部テネシーの力強い
カントリー向きの声の持ち主である。だが、彼は時に、気の抜け
たバラードや、太陽のもと、浜辺で楽しもう、といった歌を歌う。
カントリーらしいカントリーを切望する聴衆にとって、チェズニ
ーはその声を怠け者の賛歌に浪費している、といった感がぬぐい
きれない゛と、2000年年代中頃のケニーに対する厳しめ側の意見
を紹介しています。
しかし、ここから2000年代後半がキャリア的には超上昇期になり、
一例としてCMAアワードでは、1999年にようやく新人賞にノミ
ネートされて後、2004年と2006年から2008年の合計4回、最高の
エンターテイナー賞を受賞するのです。面白いのが、この時期で
も、男性ボーカリスト賞は、ノミネートはされるものの一度も獲
っていません。やはり、上記のロルフ氏の記載の通り、”カントリ
ー・シンガー”としては姿勢が悩ましい、との意向が働いたのでし
ょう。そして、エンターテイナーとして認められた原動力が、お
気楽で親しみやすいキャラと、゛ロックする゛スタジアムでのパ
フォーマンスでした。ただ、その根本には強く美しいテナ・ーボ
イスが有る事は忘れてはいけないでしょう。この絶頂期に、「Just
Who I Am : Poets & Pirates」と「Lucky Old Sun」を取り上げてい
ます。アルバムには中庸ポップ的な印象を当時は感じました。
2010年代に入ると、エンターテイナー賞に時々ノミネートされる
ものの、受賞はデュエット・イベント賞2回とビデオ賞程度で、ア
ワードでは後進に譲った感じになっています。しかし、ツアー活
動の方では変わらず高い人気を維持し続け、その最たるものが20
18年前半の”Trip Around the Sun Tour"でした。ボストンだけで観
客が100万人を越えたとか、ナッシュビルのニッサン・スタジア
ムで、ロック・バンド、ワン・ダイレクションの動員記録を破っ
たとか、ひいてはPollstarによる18年上半期のグローバルなライブ
・ツアー統計にて、オールジャンルで8位の収益を稼ぎ出した事が
センセイショナルに報道されました。当時のPollstarのランキング
は以下の通りです。
1. Ed Sheeran
2. Bruno Mars
3. The Rolling Stones
4. Taylor Swift
5. Pink
6. Eagles
7. Justin Timberlake
8. Kenny Chesney
9. Roger Waters
10. U2
他のカントリー・アーティストでは、ルーク・ブライアンが31位、
シャナイア・トゥェインが47位(今だに強い)、ミランダ・ラン
バートが60位、ブレイク・シェルトンが62位、そしてティム・マ
グロウ&フェイス・ヒル夫妻63位(こちらも長い!)ですから、
カントリー界では圧倒的な収益力を今も誇っている事が分かりま
す。なお、ケニーのチケット代はエド・シーランに次いでお安く、
動員数になると約71万人となり、エド、ブルーノ、テイラーに次
いで4位になります。ウォール・ストリート・ジャーナルも、ケニ
ーに「King of the Road」の称号で称えているほどです。
本作の音楽は、リード・シングルのスロー・ミディアム"Tip of My
Tongue"で穏やかにリズム・ループっぽいビートを刻むくらいで、
あとはいわゆる従来からのコンテンポラリー・ポップ・カントリー。
つまり、ケニー達が2000年代に持ち込んだ、(ジェイミー・ジョ
ンソンの"Between (Weylon) Jennings and (George) Jones"の表現を
借りれば)「イーグルスとジャーニーの間」のサウンドです。その
一方、26年という時間を感じさせる内容の曲もあります。例えば、
゛彼女の知ってる人達は皆結婚して、子供を持っている。彼女は17
才で立ち往生してるんだ゛("Everyone She Knows")とか、゛(対話相
手のセリフとして)心地よい場所で良い時をノンストップで駆け抜
けて来たよ。正直言うと、あとはただ無駄に過ごしてたんだけどね゛
("Wasted")のような表現には、先のロルフ氏の表現にあった、自身の
これまでのイメージに対する調整・成熟のような思いが込められて
いるように感じるのです。
アルバムの後半は、"Tip of My Tongue"など結構穏やかでアコー
スティックだったりのナンバーが続き、変わらないテナー・ボイ
スをじっくり堪能させてくれます。せわしないサウンドが幅を効
かすようになったカントリー界にあっては、これは貴重な゛カン
トリーらしい゛作品になってると思いました。
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