ダイアリー・オブ・カントリーミュージック・ライフ

現代カントリー・ミュージックのアルバム・レビューや、カントリー歌手の参考になりそうな情報を紹介しています

カントリー・ミュージックとゴスペル 「How Great Thou Art」

2008-04-10 | カントリー業界情報、コラム

 ナッシュビルはグランド・オール・オープリー・ハウスで催されている、カントリー・シンガーによるゴスペル・コンサートのライブ演奏を収録したアルバム「How Great Thou Art: Gospel Favorites from the Grand Ole Opry」。このイベントは毎年行われているようで、このCDは今年1月のショーを中心とした近年の集大成的な内容のようです。Alan Jacksonを始め、Sara Evans、Brad Paisley、Vince Gillらのスターに混じって、Carrie UnderwoodやDierks Bentley の若手が収録されている事がトピックでしょう。長年愛されてきた珠玉の名曲とオープリーの一流どころの簡素ですが極上の演奏に乗って、旬のカントリー・スターがスピリチュアルに熱唱するのですから、自然と聴き応えのある作品集になってしまうのです。カントリー・ミュージックにそこそこ親しむと、この手のカントリー・ゴスペルがとても染みてくるようになります。

 
 Patty Loveless       Sara Evans



 やはり女性トラディショナリストの2人、パティ・ラブレス(Patty Loveless)の"Precious Memories"と、サラ・エバンス(Sara Evans)の"Just A Closer Walk With Thee"がトビっきりの聴きモノと思います。とくにSaraは今が旬の人、日ごろはポップ・カントリーを歌っているだけに、こうしてクラシカルな曲を本性丸出し(パッツィ・クラインになりきってる)のトラディショナルな歌声で歌ってくれてる事が貴重です。柔らかで実に精密なフレージングを、けっして技巧に溺れることなく純粋な魂の表現として歌いこむので、とても心に染みてくるのです。"Precious Memories"は以前、ブラック・ゴスペル・カルテットのファイブ・ブラインド・ボーイズ・オブ・ミシシッピとロレッタ・リン(Loretta Lynn)の作品を取り上げさせていただいた事がありましたが、"Just A Closer Walk With Thee"もブラックでよく取り上げられていた曲で、私はセンセイショナル・ナイチンゲールズの作品が好きでした。ジュリアス・チークス牧師のシャウトが強烈なハード・バージョンで、カントリー・バージョンと全然趣が違います。アメリカン・ミュージック・ファンなら、是非一度、白黒バージョンを聴き比べてみて欲しいです。

 

 
 Dierks Bentley          Carrie Underwood




 今や押しも押されもせぬスーパースターとなったキャリー・アンダーウッド(Carrie Underwood)が、堂々タイトル・チューンをいつもながらの安定した歌声で歌い、なかなかに神々しいのですが、私的にはディエクス・ベントリー(Dierks Bentley)がHank Williamsの素晴らしい"A House Of Gold"を歌ってくれている事に感激。あの男っぽい声で、さすがに丁寧に歌っています。”ハァウス・オ~ブ”の処の歌い回しが彼らしく現代的。彼の出演はとてもナイスだったと思います。一方ベテラン2人も色を添えていて、Ronnie Milsapは、逆にブラック・ゴスペル"Precious Lord, Take My Hand"をカントリーでカバー。元ブルース・マンだったトーマス・A・ドーシーの超有名曲。この曲でオープリーの観客を合唱させるというのは、オープリーの柔軟性をPRするため!?もう一人のベテランはロレッタ・リンで"Where No One Stands Alone"。まだまだ力のあるところを見せてくれてますが、この曲ならDVD「Songs of Inspiration」で見れる60年代The Wilburn Brothers Showでの超絶パフォーマンスの方も、是非機会があれば見ていただきたいと思います。白人歌唱の至高、本当に凄い人だったのだ。

 そして本題。

 この機会に、カントリー・ミュージックとゴスペルの関係について、チョッと断片的な知識で勇み足なんですが、簡単に触れてみたく・・・こうしてカントリー・ミュージックで世俗歌手が宗教歌に正面切って取り組むという事が、わが国で一般に知られているブラック・ゴスペルの感覚とは違うと感じられると思うからです・・・・昔々世界史で習いましたとおり、アメリカというのは1620年ピルグリム・ファーザーズ(巡礼の父)がマサチューセッツに着岸したところからスタートした国。未開の「荒野(In the Wilderness)」に神の教えを広める事を使命とする、そもそも宗教国歌を目指した国なのです。とはいってもそこは人間、生活が落ち着いてくると、色々楽しみを享受するようになり豊かな生活を求めるようになるのは仕方ない事だったでしょう。

 しかし、そこで戒めの動きが出てくるのが宗教国歌としての面目躍如。これが、ゴスペルの歴史を紐解いたことのある方にはお馴染みの、「大覚醒(Great Awakening)」で、18世紀半ばと19世紀初頭に大きなムーブメントが発生しました。その2回目の大覚醒のキッカケとなったのが、ケンタッキー州で開催された「野外礼拝」つまり「キャンプ・ミーティング」でした。2万人程が集まり6日間続いたというその宗教イベントは強烈なインパクトを民衆に与え、その後南部で多くのキャンプ・ミーティングが開催される事になります。その内容は、牧師の説教・祈りと共に、それまであった伝承歌や賛美歌をベースに大勢で大合唱できるように極力歌いやすくシンプル化させた霊歌を歌うというもの。つまり、この大覚醒、アメリカン・ミュージックの基礎構築に重要な役割を果たしたのです。

 

 Camp Meeting


 とあるブラック・ミュージック書(学生時代の私の愛読書)をみると、この「大覚醒」の中で歌われだしたドクター・アイザック・ワッツによる賛美歌が結構陰鬱なトーンで黒人達に好まれ、それがゴスペルの基礎に・・・と話が流れています。こうして白人ゴスペルの話が出ない為に、ゴスペルは黒人の音楽との誤解が・・・「キャンプ・ミーティング」にしても、その言葉をタイトルにした曲をルイ・アームストロングなどのジャズ・メンや多くのブラック・ゴスペル・アーティストが歌っているので、黒人の催し物と思われているふしがあるような(私が昔そう思っていた)。確かに第2次覚醒で黒人が加わってきた事は重要ですが、やはり基本は白人メインの運動でした。そしてキャンプ・ミーティングで先導役に導かれてリフレイン主体に歌う「先導歌唱(ライニング・アウト、ラインド・シンギング」は、黒人ワーク・ソングの「コール&レスポンス」に近いスタイルで、親しみやすいシンプルなメロディを身の上とするカントリー・ミュージック(そしてブルースやロックン・ロールにも)の基本スタイルに繋がっていったはずです。このキャンプ・ミーティングは現代のYMCAやYWCAのイベントや子供のサマー・キャンプを始め、ブルーグラス・フェスティバルなどの野外音楽イベントのルーツになっているというのが定説になっています。そして、この「How Great Thou Art」のようなスピリチュアルな企画がキッチリ定期的に(確実に一定のセールスが期待できるイベントとして)催されるのも、このような流れに添っているのだろうと思うのです。

 

 「I Saw the Light」


 そしてもう一つ。ブラック・ミュージック界では、ゴスペルを歌うか世俗音楽を歌うか、どっちに身を置くのか心して決めないといけないという印象があります(シスター・ロゼッタ・サープ、ステイプルズ・シンガーズのような例外もあるけど)。今では以前ほどではないのかもしれませんが、往年のサザン・ソウル・スターであるアル・グリーン(Al Green)やキャンディ・ステイトン(Candi Staton)、ローラ・リー(Laura Lee)がゴスペルの世界に戻って行ってしまった・・・とか、その昔(1960年前後)サム・クック(Sam Cooke)がポップ・シンガーとして成功後、久々に出身のゴスペル・カルテットであるソウル・スターラーズ(Soul Stirrers)と共演しようとしたら、非難罵声を浴びせられて涙を流してステージを下りた、というエピソードが我が国では有名です。アレサ・フランクリン(Aretha Franklin)などもポップ・シンガーになるべきか否かを大いに悩んだとの話もあります。一方カントリーでは、ハンク・ウィリアムス(Hank Williams)は酒場(ホンキー・トンク)の歌を多く書く一方でセイクリッド(=ゴスペル)の名曲も書いており、死後の50年代に早くもゴスペルの名作コンピレーション「I Saw the Light」が編まれてますし、ロレッタ・リンも60年代にセイクリッド・アルバムをリリースしています。

 この白黒の文化の違いは、20世紀に入って人種隔離政策(ジム・クロウ)が定着するのと期を同じくして白黒ゴスペルも分離しだした頃、黒人教会の方の求心力が非常に強力で、一方の白人教会がそうでもなかった事から来ています。黒人教会は、ジム・クロウ法による迫害から唯一開放される楽しみの場であり、そのような迫害に対して団結して戦う集団としての一体感が強かったのでしょうし、さらに、「悪魔の音楽」であるブルースの存在があったこともブラック・ゴスペルの正義感を高めるに一役かったでしょう。一方のホワイト・ゴスペルは生活の一部であるオールド・タイム~カントリー・ミュージックに自然に馴染んで行き、日ごろの生活の中でバラッド曲と何の矛盾もなしに分け隔てなく歌われて、カントリー・ミュージックに溶け込んでいきました。確かにクリスチャン・ミュージックという宗教歌専門のジャンルはあり聴いた事がありますが、音は実にアコースティックでピュアなカントリーそのものです。今ではカントリー同様、ロッキッシュなものもあるようです。

 相当に舌足らずですが、我が国のブラック偏重のゴスペル理解って何とかならんものか?との思いから、トライしてみました。

 (参考文献:「ロックを生んだアメリカ南部」ジェームス・M・バーダマン&村田薫、「アメリカン・ルーツ・ミュージック」奥和弘、「R&B、ソウルの世界」鈴木啓志。以上敬称略)



最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
何時も感謝感謝です。 (らいす)
2008-04-13 23:48:10
 本当に勉強になります。知らないことや想像している事の確証を与えてくれます、感謝です。
Country Music は基本的に土壌が保守的な地方にある為か宗教を無くしては考えられない様に思えます。
アルバムの中に必ず1,2曲それらしい曲が入っていますし、セイクレッドのアルバムを出すと一人前のシンガーの証のような風に思えます。Alan Jackson を聞いていると前作、今作とその道に沿っている様ですし、Brad Pasley も同じ道を行くような、、、多分私たちが思っているより中西部の田舎に住んでいる人達ってHank Williams の時代と変わらない暮らしなのかも、、正に Small Town Southern man ですね。
返信する

コメントを投稿