牧歌的な風景の中で、少し華やかなワンピースに身を包み、何とも言えない表情でユーモラスなポーズをとる。と、ここまでで「この人何者?」と思ってしまうのですが、さらにアルバムの幕を開くインスト"Ad Astra Per Alas Porci"のタイトルの意味は「豚の翼で星へ」。おまけにその曲想はオーケストラのオペラ調となると、もう訳が分からない・・・となるのですが、その音楽はカントリーの伝統とアメリカン・ロックをミックスした、いたって健全な創造性を感じさせるヘイリー・ホイッターズのサード・アルバムです。
プロフィールです。1989年、アイオワ州の小さな町Shueyvilleに、6人兄弟の長女として生まれました。子供の頃はその時代のカントリー・ラジオのヒット・アーティスト~トリーシャ・イヤーウッドやディクシー・チックス(ザ・チックス)ら~に親しみ、次第にクラシック・カントリーのレジェンド達や、ジョン・プライン、ギリアン・ウィルチと言ったアメリカーナ系のアーティストの影響も受けるようになります。10代後半で早々とナッシュビルに移住し、ベルモント大学に通いながら自身のソングライティングを磨いて行きました。
2012年にCarnivalレーベルとの契約を獲得し、3年後には順調にデビュー・アルバム「Black Sheep」をリリース。この頃からマルティナ・マクブライド、アラン・ジャクソン、リトル・ビッグ・タウンといったメジャー・アーティストが彼女の楽曲をレコーディングするようになりで、彼女の名は業界に知られていきます。そして、2019年にリリースした控えめなアコースティック曲"Ten Year Town"によって彼女の人気に火が付き始め、"The Days"のより大きな盛り上がりを経て、モーガン・ウォレンやジェイク・オゥエンらの所属するBig Loud Recordsからのセカンド・アルバム「The Dream」が2020年にリリースされました。このアルバムは、その後にリリースしたリトル・ビッグ・タウンとの共演曲"Fillin' My Cup "等を追加したデラックス・バージョンも翌年発売され、メインストリームのカントリー界に確かな存在感を獲得したのです。
オープニングの"Ad Astra Per Alas Porci"は、かつてのアメリカ南部の悲劇を描いた有名な映画「怒りの葡萄」の原作者、スタイン・ベックが自分の本や手紙に常に書き添えていたお気に入りのフレーズで、元々ラテン語をベックが誤訳したものだったらしいです。豚に翼が付いたら本だって書けると・・・共同プロデューサーで婚約者のジェイク・ギアがこの曲をヘイリーに聴かせた時、゛ハートランド(米国の北部中央地域)に連れて行ってくれるようで、シーンを設定し、アルバムをスタートするのに完璧なフレーズに思えた゛と彼女は思ったそうです。
彼女は自身の音楽について、ジョン・メレンキャンプとアラン・ジャクソンの影響を大きく受けたと語っていますが、その後に続く音楽はその言葉を見事に体現しています。"Raised"や"Everything she Ain't"でまず穏やかで生音主体のカントリー・サウンドで引き込み、"Middle of America"(アメリカン・アクエリウムが参加)や"College Town"あたりから王道のアメリカン・サウンドで勢いを増していきます。そこでは、すこしスパイスを効かせて田舎町の生活を理想的に描くという彼女ならでは表現が、現代的な美しくもシャープな歌声で歌われます。
一見素朴な体裁のアルバムですが、ヒラリー・リンジー、ロリ・マッケンナ、アシュリー・ゴーリー、シェーン・マカナリーらのナッシュビルを代表する錚々たるヒット・メーカーがヘイリーと共作して、楽曲のクオリティは申し分ありません。アルバムのハイライトの一つであるスローの"Boys Back Home"ではブランディ・クラークが共作。幼少期を過ごした故郷にいた頑固な気質の少年たちを少しアイロニカルに描いた後で、゛その少年たちと金曜に夜にドライブした時/少しの愛や人生の多くを学んだ/これまで知ったすべての男性の事を思いかえすと/故郷の少年たちのような男性はいない/だから故郷の少年たちにこの1曲をささげるのよ゛
保守的ともみられる作風ですが、彼女は自分の視線に政治的な意図はないと言い切っています。自身はドキュメンタリー作家であり、自分の見たものを伝えているだけという事です。ソフト・ファンク風の"Our Grass Is Legal"は、彼女の祖父(The Grassmanと呼ばれていた)の70年代頃のエピソードで、隣町から自分の牧草地の草草を電話で要求して来たことに対抗した話を元にした歌です。゛俺たちの農場は合法でトラックはディーゼル車だ/取引は握手で決める/ありのままを話しチップは2セント入れる/生きて罵って愛して恵みを捧げよう゛あくまで基本はユーモアやジョークであり、田舎の生活感を表現する事を第一義としているのです。
シングルになっている"The Neon"は幾分モダンでポップな曲想で、決して頑固一徹なトラディショナリストではない事が分かります。それでも、ビルボードのヒットチャートの上位に顔を出す類の音楽ではないですのが、だからこそプレイリストの中でキラリと輝き、心の癒しを求めている確実な一定数の音楽ファンの心を捉えるのでしょう。かつてのディクシー・チックス(ザ・チックス)の初期の頃も彷彿とさせる、現代においては実にピュアなカントリー・サウンドを守り続けて欲しいと期待します。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます