ダイアリー・オブ・カントリーミュージック・ライフ

現代カントリー・ミュージックのアルバム・レビューや、カントリー歌手の参考になりそうな情報を紹介しています

ミカエラ・アン Michaela Anne - Oh to Be That Free  ~ 「オー・トゥー・ビー・ザット・フリー」

2022-06-26 | カントリー(女性)

 

前作「Desert Dove(デザート・ダヴ)」収録の"By Our Design"の爽快でありつつ切ない歌声や、何ともいえない浮遊感のあるサウンドが気に入っていて、さっそくこの6月リリースの本作も楽しみにしていました。メインストリーム系のヒット・カントリーとは肌触りが違って、フォーキーなカントリー・ロックを指向してきた人ですが、現在はナッシュビルを活動の拠点としているインデペンデントなカントリー・アーティストと言える人です。日本盤も発売されるようです。

本作はトータルで5作目、Yep Roc Recordsというインディ・レーベルからの2枚目にあたりますが、このレーベルの所属アーティストを見ますと、以前このブログでも取り上げた事のある、ジム・ローダーデイルジョージ・ストレイト等の作品)やキム・リッチートリーシャ・イヤーウッドらの作品)ら、かつてメインストリーム・カントリー界の売れっ子ソングライターや、こちらも取り上げた事が有るティフト・メリットが所属したりして、ベテラン・アーティストの名前に親しみを感じます。

 

前作「Desert Dove」

 

プロフィールです。1986年、軍人の家庭に生まれ、その仕事の関係でワシントン、ミシガン、カリフォルニア、バージニア各州や、イタリアなどを転々とし、周囲の環境が目まぐるしく変わる中、音楽に強い親しみを持ち続けてきました。7才でラップ曲を作る程だったそうです。ジャズに興味を持つ一方で、10代の頃にカントリーミュージックに親しんだようです。18才になるとニューヨークでジャズを学ぶ学校に通うとともに、レコード会社でも働き、音楽業界の事を学びました。その中で、ニューヨークのブルーグラス・コミュニティと出会い、かつてのカントリー好きのルーツに火が付き、リンダ・ロンシュタットらの70年代カントリー・ロックに影響を受けたファースト・アルバム「To Know Where」を2011年に自主製作したのです。

 

「Desert Dove」収録"By Our Design"

 

2014年にセカンドになる「Ease My Mind」をリリースし、当時ニューヨークの新聞「ビレッジ・ヴォイス」(この後一時発行を停止しましたが、最近復活)ではベスト・カントリー・アルバムの1枚に選ばれます。その勢いで2016年には「Bright Lights and the Fame」をリリース、ロドニー・クロウェルがゲスト参加する話題もありました。しかしレーベルの破綻で一旦は活動の継続が危ぶまれてしまいます。彼女は活動拠点を西海岸に移し、自身のクレジットカードの限度額いっぱいまで出資して次のアルバムを完成させ、ルーツミュージックの老舗レーベルであったYep Rocと契約にこぎ着けるのです。5作目は2019年にリリースされ、格段にクオリティが向上した雰囲気有るサウンドにアメリカ本国の評論家筋から絶賛されたのです。

しかし、ミカエラは再び試練に見舞われます。パートナーとの間の子供が妊娠5か月だったころ、母親が脳卒中で倒れたのでした。ミカエラはその介護で数カ月を費やす中で自身も子供を出産するなど、個人的な事柄に集中しなければならなくなりました。この新作は、彼女の言葉によれば、゛「極度の無私」の訓練であり、時には他人を優先させることが唯一の選択肢であることを思い知らされる、とても辛い日々だったわ゛という中で書き続けた作品集であり、夫でプロデューサー兼マルチ・インストゥルメンタリストのAaron Shafer-Haissと共に作り上げた、とても暖かく、深みのあるアルバムになっています。

 

 

ミカエラは先の辛い経験を通じて、考えを変えたと言います。゛人生とは、自分が何をしたいかということではないのだと、自分の頭の中を整理し直さなければならなかたわ。大きな夢を持ち、思い通りの人生を設計したいと思うものだけど、それが常に可能とは限らない。それを理解するのは大変なことだけれども゛オープニングを飾る印象的な"I'm Only Human"については、゛この曲は、より良い人間になるために成長しようと思って書いたの。この曲は、自分自身に焦点をあてたものよ゛と語り、自分の欲望を優先しがちな自らを責めない気持ちを表現しているようです。

 

 

また、前作よりもアップテンポ曲が少ない感じですが、その中のハイライト曲"Chasing Days"では、彼女は音楽の夢を追いかけることよりも、持続可能な家庭生活を築くことを優先させる必要があることに気づいた事を歌っています。ヒット・カントリーではほぼ聴くことのない、くぐもったギター・サウンドが苦悩する気持ちを表現しているかのようです。元々の彼女の持ち味だったというトラディショナルなカントリー色を漂わせるのが、タイトル曲”Oh to Be That Free”でしょう。穏やかに響くスティール・ギターと相俟って心落ち着く歌声です。

 

 

アルバム全体としては、"Who You Are"や"Does It Ever Break Your Heart"のようなスロー系の曲に重きが置かれ、それも前作よりフォーキーでモダンな曲想になっていると感じました。゛私は、カントリーの何を、誰をとらえているかということに、深い関心を持ったことはないわ゛とミカエラは自身のスタンスを語ります。将来的にはもっとトラディショナルなカントリー・スタイルの作品を創るプランも持っているようですが、現時点はジャンルにこだわる姿勢は持っていないようです。彼女は言います、゛そのような区分は、マーケティングやビジネス上のフォーマットでしかないわ。実際に音楽を作る段階で、誰が気にするかしら?゛

最後の言葉は、少年の頃にロック・アーティストのインタビューでよく耳にしたフレーズです。これはインディやアメリカーナ系アーティストの一般的なスタンスだと思いますが、この年齢の人間からすると、この系統のアーティストは往々にして自己満足的だったり分裂的だったりする(こうしたCraftedでない事が価値になりますが)ので、アルバム全体を通して聴けない場合が多いです。しかし、このミカエラの音楽は一貫して聴き心地の良さが保たれていて、そこに少し陰影のあるユニークなサウンドを適度に入れているので好感を持っています。本国でもリスナー層は厚くないようですが、こだわって見守り続けたいアーティストです。

 



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