80年代、いわゆるネオ・トラディショナル・カントリーの幕を開いたランディ・トラヴィスによる、1986年の「歴史的な」デビュー・アルバムが「35th Anniversary Deluxe Edition」のサブ・タイトルを伴ってリイシューされました。本人は脳卒中の後遺症によって話すことが出来なくなっていますが、リリースに合わせて今の妻メアリーと一緒にインタビューに答えるなど対応しているようです。
ランディのプロフィールや、カントリーミュージックを代表する名曲となったデビュー曲"On The Other Hand"と、続く"1982"を巡る当時のヒットまでのユニークな経緯は、かなり以前に「Around The Bend」のレビュー記事で記したとおりです。丁度ロック/ポップ界ではライブ・エイドで盛り上がっていた頃にリリースされた"On The Other Hand"。そして"1982"は、伝統回帰のトレンドを求めていた当時のカントリー界で大いに歓迎されただけでなく、ポップ・ファンの心もカントリーに引き込んで売り上げを伸ばし、90年代のガース・ブルックスやアラン・ジャクソンらが引っ張るネオ・トラディショナル・カントリーの躍進につながったとされています。
最近のインタビューによると、当時このアルバムの為に20曲が録音され、10曲が正規にリリースされたそうですが、今回デジタル・リマスターされると共に、アウトテイクの10曲のうちの3曲が日の目を見ました。あと残り7曲が有るはずですが、トラヴィス夫妻も行方を知らないようで゛見つけたら、私たちに知らせて欲しい゛とメアリーが語っています。
ランディがいかにアメリカでビッグな存在かは、2004年にハリウッドのウォーク・オブ・フェイムにその名が刻まれた事からも感じ取れます。たしかに、一時は俳優として映画に出演していた時期もあるのですがが、ランディ曰く゛とてつもなく名誉な事だけれど、僕には場違いな感じがするよ。(そこに名を刻まれる)ほとんどの人は俳優だけど、僕はなによりもまず歌手だからね゛と当時語ったそうです。ランディ以外でこのハリウッドの地に名前があるのは、ケニー・ロジャース、ラスカル・フラッツ、アラン・ジャクソン、ヴィンス・ギル、シャナイア・トゥエイン、そしてパッツィ・クラインだけです。
ライブ・エイドにつながるUSAフォー・アメリカに参加した、当時ビッグだったカントリー・アーティストは、ポップ風のケニー・ロジャース、そしてアウトロー・カントリーのウィリー・ネルソンやウェイロン・ジェニングス(残念ながら途中で辞退)でした。ちょっとやっぱりアダルトだったり、古いクラシック・カントリーの時代を引き継ぐ人たちだったのです。対してランディの伝統的カントリーは、ジョージ・ジョーンズやレフティ・フリゼルらのクラシックをルーツにするものの、どこかソフトで軽やかな洗練も漂わせる歌唱で、そこがポップ・ファンにも受け入れられた理由だと思われています。ギターの音色がクリアーになってきていますが、90年代にくらべるとまだマイルドな響きです。
その後もカントリーは、ポップと伝統との間を揺らぎ続けましたが、たとえばテイラー・スウィフトのようなティーンの娘さんが"Tim McGraw"や"Teardrops on My Guitar"のような曲でカントリー・アーティストになり得たのは、ひょっとしたらランディ・トラヴィスのこのアルバムに端を発しての行きつく先だったのかな、などと感じます。トラディショナル・カントリーが親しみを身に付け、その後カントリー全体の垣根が低く、広くなっていく、そんなきっかけでもあったのかもしれません。
クラリネットをフィーチャーするというユニークな取り組みも
とにもかくにもこの「Storms of Life」は、(頑固なクラシック・カントリー・ファンはともかくとして)現代のカントリー・ファンが考えるカントリーらしいカントリーミュージックの「原器」であり、このアルバムの音楽とどの程度違いが有るかでカントリー・アーティストのスタイルが゛測られている゛と言っても言い過ぎでないと思っています。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます