ダイアリー・オブ・カントリーミュージック・ライフ

現代カントリー・ミュージックのアルバム・レビューや、カントリー歌手の参考になりそうな情報を紹介しています

Lionel Richie ライオネル・リッチー - Tuskegee~現代カントリー・ミュージックが担う役割考

2012-09-24 | カントリー業界情報、コラム

 80年代前半に世界的な成功を収め、我が国でもとても人気のあったブラック・アーティスト、ライオネル・リッチー。その彼が、今をときめくカントリー・スター達と自身の数多くのヒット曲をデュエットした作品集です。ポップから異動してきた黒人アーティストとしては、既にフーティー・アンド・ザ・ブロウフィッシュ(Hootie & the Blowfish)のダリアス・ラッカーがカントリー・フィールドで認められ成功しているし、ロック~ポップ・スターとの交流はけして珍しい事ではなくなっています。それでも、アーバンなブラコン・ミュージック(そう、ブラック・コンテンポラリーです)の王様だったライオネルが、こうも堂々とカントリーに入り込んでくるというのは、カントリー・ファンには結構な事件のように感じますが、実はライオネルは、コモドアーズ時代の1980年、ケニー・ロジャースに大ヒット曲"Lady"を提供しており、早くからカントリーとは縁がありました。この時期CMAアワードにも複数回出演しています。デュエット相手の中には、こちらも90年代後半にカントリー界を支配したスーパースター、シャナイア・トゥエインShania Twain が名を連ねるなど、カントリー・ファンに対する話題性もバッチリ織り込まれています。

 ここで展開される音楽は、とにかく心地よく自然に流れ、かつてのブラコン・ポップを絶妙に現代によみがえらせています。ナッシュビル・サウンドの面目躍如ですね。ただ、私にはこのアルバムでの音楽自体よりも、ライオネルがポップ・フィールドでなくカントリーに活路を見出したことが大変興味深く、それによって今のカントリーがアメリカン・ミュージックの中で果たしている役割が改めて透けて見えたように思われました。

シャナイア・トゥエインと。


 現代のポップ・フィールドにおける主流の音楽スタイルは、ライオネルが戻りたくても戻れないほどに、全盛期の彼の音楽から変わってしまっています。音楽評論家、サエキけんぞう氏は著書「ロックとメディア社会」でこう述べられています。”(前略)それは、1956年のエルビス・プレスリー以降続いてきた、白人によるアメリカのポップ・シーンの優位性が、1986年以降に急速に崩れたことを意味している。1990年代以降は、(ヒップホップ界の)黒人がアメリカのポップス界の主役に躍り出たのだ” そう、現代のポップ界の主役は、ヒップホップ・サウンドやラップ音楽が主流になっており、同じ黒人と言えどもかつてのライオネルの音楽とは全く異質なものになっているのです。チョッと、サエキ氏の著書を元に、そのアタリの音楽の変遷を簡単に見ましょう。

 ヒップホップ・サウンドのルーツをたどっていくと、70年台後半に人気を博したテクノ・ポップ(Y.M.O.!)に突き当たります。このテクノポップは、数人の人間が合奏するそれまでのバンド音楽と違い、コンピュータのプログラミングによって一人でも制作できる音楽でした。この制作手法の違いによるリズム感の違いは大きく、人によるパフォーマンスに「横のり」感が出るのに対し、コンピュータで厳密に管理されたテクノ音楽からはそれまでなかった「タテノリ」感が生まれたのです。そして、テクノポップは90年前後に消滅するものの、”各分野に電子音楽的要素が分散し、ポップス全体のデジタル化、リズムのコンピュータ化を推進する役割をはたした”のです。その音楽制作手法や「タテノリ」感は、その後のダンス音楽やブレイクビーツ、そしてラップ、ヒップホップ・サウンドの礎となって発展していき、先のサエキ氏の言葉通り、アメリカにおいては1986年以降にポップス界を席巻してしまうことになります。ちょうど80年前後に、70年台のスーパーバンド達~レッド・ツェッペリン、イーグルス、ポール・マッカートニーのウィングス~などが解散していったこととも流れが合っています。

 ライオネルの全盛期のヒット曲の多くは、基本的に「横のり」音楽なのでしょう。元々70年代にはコモドアーズというバンドにいた人でもありますし、ソロ活動からは特に白人的な滑らかなバラードやポップ・ソングを歌う事が彼の個性だったのですから。当時は、ヒットの為に黒人の魂を白人に売った!などと揶揄されもしましたが、そういう滑らかなスロー曲を歌うという黒人バラディアー的伝統の系譜にいた人なのです。そして一方のカントリーは、昔から現代まで、人間による器楽演奏を主体にした音楽、そう、現代においても「横のり」の音楽なのです。ナッシュビルには、優秀なスタジオ・ミュージシャンによるレコーディング体制がきっちりと出来ており(一部のミュージシャンに仕事を集中させないなど、管理組合によってミュージシャンが守られている)、その優れたミュージシャン達がスタジオで切磋琢磨して音楽が制作されます。ライオネルがカントリーに親近感を持ったのは、そのアタリだったのではないでしょうか。だから、現代ナッシュビル・サウンドとの相性も良い訳です。

1986年のヒット・アルバム「Dancing on the Ceiling」


 よく、”今のカントリーってポップスと変わらないから・・・・・”などと言われますが、ちゃんと聞き比べると違うし、音楽に親しんでくると、直感でカントリーっぽいって分かってくる。それは、シンガーの歌い方などもあると思います(現地の人なら、歌詞でも分かるでしょう)が、一番大きいのがこの「タテノリ」と「横のり」のリズム感なのだと思います。だから、人の手で奏でられる「横のり」感が好きな人は、カントリーを気に入ってもらえるはずなのです。これって、なかなか侮れない重要な要素だと思うのですが。。。「タテノリ」は今の時代にあって先進的で旬のリズム。しかし、そればかりでは疲れてしまう。人の手による、「横乗り」を聴きたい人達も少なくないでしょう。それに、「横のり」がこの世から消えてしまうとも思えない。

 最後に。そろそろカントリーは何かを説明する時に、”カントリーはアメリカの演歌”という言い方、止めたいですね。確かに言い得てるところもあるけれど、日米の国の音楽の歴史や、社会構造を考えると、当たっていない事が多いですから。現代カントリーにあてはめると、余りに強引でネガティブに聴こえてしまう。これについてまた整理したいけど、チョッと難しいなぁ。。。



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