
昼休みに・・若い女性が食事に出かけるのか・・公園に向かうのだろうか・・ビザ申請にウズベキスタン大使館に行ってホテルに戻る途中・アルマティ市内
2003年8月18日月曜 くもり 一時雨 うすぐもり づーーと涼しくなった くもり
8時40分ホテルを出ようとすると「ちょっと待て」とレセプションの人。ウズベキスタンの「ビザ」を取りに行くのに「二人がついて」行ってくれるとゆう・・。どうなることやら、まぁまかせておくことにしよう。ザーッと雨が夕立並みに降ってすぐにやんだ。今9時40分になっても戻ってこない・・どうなってるのだろうか。
彼女はもう少し待って・・・。10時半もうダメだエンバシーが閉まってしまう。タクシーを呼んでくれ。ようやくタクシーが来た。3000テンゲ=2700円とゆう。大使館に11時30に着いた。大使館は12時30までらしい。すでに10人ぐらい並んで待っている。大丈夫かいな。ひとりづつ扉を開けて入りそして出てくる。ようやく12時10分に入れた
申請用紙に名前とパスポートナンバーは書ける。Dousiteiika Wakaranai Dousitemo Wakarimasen Sumimasen Yorosiku Onegaisimasuと書きこんで係官に渡した。係官は「どうしていいか」「わからない」「よろしく」「おねがいします」と口に出して読みながら・・「ツーリスト」「ワイフ」などと書き直してくれている。よし大丈夫だ。手続きは意外と早く終わった。
8月21日9時30分以降「ビザ」は出来上がるとのこと。申請日含めて4日目の朝出来受け取ることが出来そうだ。料金10$=1200円。先ほどのアメリカ人は150$=1万8千円と言っていたのでお―ラッキー。そう言えばわたしの前にいたフランス人はム―っとして帰っていった。タクシーを待たせていたのでホテルに戻る。2時間かかった。タクシー代トータル10000テンゲ=9000円そんなにするのか。
タクシーは返して帰る時また拾えばいいのだが、はじめてだったのでどこで拾うのかもわからず心配だったのでそのまま待ってもらっていた。
小さい事件になった
「づーっと待って」いたからと・・」ぼられたのかな。まぁきょうの仕事は終わったことだし、まーいいか「ビザ」代と思えば・・・。ホテルに戻ってレセプションの女性にタクシー代10000円とられたと話した。すぐにタクシー会社に電話をしてくれたらしい。「ガーガー」手招きして話ししてくれる。あしたタクシーの会社の人がホテルまで来るらしい。
(19日18時~19時タクシー会社の人が来ることになっていたが20日19時になったらしい。結局わたしがキルギスに向かうまでタクシー代は戻ってこなかった)
8月19日火曜 はれ はれ 暑さもうすれる
ラフメ –「ありがとう」 ハロー「サーレン」 ドスドスラ「友達」9時過ぎにオートバイを出してきのう行った来たウズベキスタン・大使館を確かめてこようと出発した。一回目左に曲がるのを間違った。戻った所から入り直して左に入るがまた一つ手前で曲がったらしい。かなりの渋滞になっている。戻りたいが戻れない、そのまま右にそしてまた右に、うん?ここは通ったことがある、ウズベキスタン「大使館」に向かう道に出た。

ここでもパトカーに追いかけられて・・なんのことはない・・ただオートバイ見たさのようで最後はボックスにサインして終わり。
行けども行けども旧い「宮殿」みたいな目印にしている建物が出てこない。間違ったのかな。さらに走ると宮殿が出て来た、道路の真ん中に見えて来た。よし、その手前で右に入りウズベキスタン大使館に着いた。帰り道にネット屋を探す。オートバイを停めたところからすぐ近くにあった。しかし一軒目は画面が出てこない、そのお店で別のネット屋を聞くと大きな円型のビルの中に40台はあるネット屋。
画面は出る、しかしイングリッシュ「OK」と言ってたけどダメ、係の人に操作してもらったがダメだった、あーあ。しょうがないあきらめてホテルに戻った。帰りはスムーズに帰ることが出来た。これで21日の「ビザ」受け取りに行く時は大丈夫だろう。ホテルで食事していると「ジャパン」と言って部屋に迎えに来た。ホテルの一階が事務所そこに行くと日本語を勉強している娘さんとその事務をしているお母さんがいた
「きのうは大変でしたね」「タクシー代すみませんでしたね」いやいや「あなたがあやまることではないですよ」「でもわたしはカザフスタンの人間だから」と娘さんのはっきりした日本語通訳で会話が出来た。