迷狂私酔の日々(再)

明鏡止水とはあまりに遠いこの日々。

[各駅停車で南へ]その80・宮古島で毛ガニ

2007年04月23日 | 旅する。
4月23日

北海道へと帰っていったヒデキから、毛ガニとウニが届いた。

なんて男前な。

その素晴らしい太っ腹に感動しつつ、ケイちゃんからはお手製かぼちゃコロッケ、私はステーキ温野菜添えを作り、稀にみる絢爛豪華な晩餐会となる。

皆さん、とくにヒデキ、ありがとう。

そして今夜を最後に私はつるみ荘を去る。

「ラストナイトの人が負ける」というジンクスは破られず、ウノで負けた私は最後の晩も洗い物に勤しむのであった。

でも、最後も三線ナイトで盛り上がったし、「今日も絶好調だった」と、日記には書いておこう。



[各駅停車で南へ]その79・また来年も会おうね!

2007年04月23日 | 旅する。
4月23日

トライアスロン一家も帰っていく。

昨夜はトライアスロンを完走した選手を祝勝会に付き合わせ、さんざん飲ませてしまった。

鯨太選手は、なんと予備のゼッケンとIDカードを記念に宿に置いていってくれた。注目の順位は94位! なんと来年のシード権を獲得して目標達成!

一家揃って(とくに子どもたち二人が)つるみ荘を気に入ったようで、なんだか来年も会えそうな気がする。

また来年!

(って、来年もまた宮古島に三線持って来るのか?>自分)



[各駅停車で南へ]その78・ありがとう

2007年04月23日 | 旅する。
4月23日

一夜明けて、選手たちはそれぞれ旅立って行った。

千尋選手は、トライアスロン大会記念ボトルをわざわざ宿にプレゼントして置いていってくれた。

「夢だったんですよ、こうしてみんなでゴールするのが」

沖縄らしく、いつも飄々と笑いの絶えない楽しいひとが、しみじみと喜んでくれた。

……………*………………

千尋選手は「ギリギリ滑り込みですよ」とか言っていたのに、制限時間の1時間以上も前に陸上競技場に入って来て、すでに呑み会状態だった我々はあやうく最後の併走に間に合わないところだった。(応援部隊はゴールまで走る一瞬に賭けているのだ)

完走が目標の選手たちはこの時間帯に続々入って来る。脚をさすりながら、あるいは立ち止まってまた走り出し、片足を引きずりつつ。

三線を抱えて千尋選手とゴール(というか、その直前まで併走)した後に、とある選手たちからお礼を言われた。あのバイク2周目の坂道のカチャーシー応援で、とても元気が出たと、わざわざ伝えに来てくれたのだ。

……………*………………

選手たちは二人とも何度もありがとうと言ってくれたけど、お礼を言いたいのはむしろ、こちらの方である。

ありがとう、いいものを見せていただきました。