西アフリカぶるきなふぁそ親爺暮らし

2003年、50歳にて西アフリカのブルキナファソに渡りボランティア。歳月を経ていまではすっかりブルキナ親爺になりました。

ブルキナファソの若者たち

2008-11-24 | Weblog
今日は久々にワガドゥグ大学の学生を主体に結成された「Club Amitie JAPON」のメンバーが集合しました。
これから行う診療所清掃ボランティアの打合わせのためです。

彼らは皆日本が好きです。
なぜかというとブルキナファソも日本のように資源が無い国なのになぜ世界でも上位の経済力を持っているのか。という素朴な疑問から日本をもっと知りたいという学生が集まり自主活動しているのです。

ブルキナファソでは大学に入学する割合が10パーセントにも満たないのです。まぁ事情は何であれ識字率が24%のこの国では他の国に比べて大学に行くということは将来はこの国を支えていく頭脳としてとても期待されるのでしょうね。

トーマ・ヤメオゴ(写真左)はクラブの代表で皆を引っ張っている頼もしい青年です。トーマは自分と同じ名前のブルキナファソの前大統領トーマ・サンカラを崇拝していまして自分のパソコンのディスクトップの背景画面にも大きな写真を貼り付けています。

会議が終わるとお腹がすいたのかはしゃぎながら大盛りのアチャケを皆で突付きあって瞬く間になくなりました。

親爺はこの様子を見ながらこの国の未来を思い巡らしていました。
この若者達が背負っていく未来はとても険しい道のりではありますがいつまでも素朴で素直なブルキナベでいて欲しいと思うと同時に世界にブルキナファソを発信できるような何かを作って欲しいと願うものであります。



秩序あるブルキナベと規則正しい日本人

2008-11-18 | Weblog
世の中には社会を構成していく上で欠かせないものとして「秩序」、と「規則」があります。
 どちらも同じ意味合いではありますがあえて言うならば秩序は目に見えない取り決めであり規則は目に見える取り決めとでもいいましょうか。
 私達はこの秩序や規則をまもって社会生活を営んでいるといっても過言ではないでしょう。
そしてこれに相対する言葉といえば[自由]ということばでしょうか、自分の意思や考えで何事にも束縛されず生活を営むことだと思うのです。


さて、このような観点からブルキナファソのお国柄をいいますれば、ブルキナファソの社会は規則よりも秩序を重んずる国と思うのでありまする。
 いくつか例を挙げますとバイクを乗るときには必ずヘルメットをかぶらなくてはいけないという国の規則があるのですがこれを警察が規制をしたことがありまして、大部分の人はヘルメットをかぶっていなかったので違反切符を切られることになったわけですが、その日のうちに暴動が起きまして人々は大挙して警察に押しかけました。 人々の言い分は「やっとの思いで買ったバイクに毎日入れるガソリンも高いのにまたヘルメットを買うお金などあるものか!」ということです。結局警察が折れてヘルメットはかぶらなくてもよくなったのです。

またこんなこともあります。

 ある若者が婦人のバッグをひったくりました。 婦人は大声で叫ぶと周りに居た人たちがその若者を捕まえて暴行を加え駆けつけた警官も黙認して止めません。 その結果若者は死んでしまいました。 警官はなぜとめなかったのか。 そのとき止めたら警官も危ないので止められないというのです。 しかし本当に止められなかったのかというとそうではないはずです。 なぜなら警察はピストルもあるし制止しようと思えばいくらでも出来たはずです。 もちろん暴行した人たちは罪に問われません。

 またこのような話もあります。

 村では中、高等学校に入る以前の子供が死ぬとお葬式はしません。 死ぬと近親者が家族、特に母親が知らないどこかに遺体を埋葬します。 もちろん国の規則では埋葬許可はありますが戸籍登録をしていないので必要ないのです。 なぜこの様にするのかと申しますと子供に死なれた母親はお墓を作るといつもそれを見るたびに悲しみに拉がれてしまうので早く悲しみから立ち直れるように敢えて分からない所に埋葬するのだそうです。

 どれをとっても規則に反しています。
 しかし、秩序は守られているのです。 日本は如何でしょうか。 規則は守られていても秩序が守られていないことがこのごろ多く見られるような気がしてなりません。

 時々日本からブルキナファソに来る人がおります。
 彼らは発展途上国の現実を見たり体験したいということで来るのです。
 その規則正しい人たちが聞く事はというと。

この国の決まりは何ですか?
 この事務所の規則は何ですか?
水を飲んでもいいですか?
トイレをお借りしてもいいですか?
ご飯を食べてもいいですか?
外に出てもいいですか?
もう寝てもいいですか?
 明日は何時に起きたらいいですか?

これらの事を聞かれるたびに親爺はあなたにお任せしますので出来るだけご自分で判断してみて自分で判断した結果をご報告くださいと申します。
 と同時に今の日本は多くの規則に縛られている人が多いのかなぁ。
きっと逆に規則が無いとすごく不安になるのでしょう。
 なんとも窮屈な社会になってしまったものだと思うのです。
 このように思うのも日本で生活していないからとも思うし、もし日本にいたら気付かない事でもあるのかも知れません。
 
私は生活の中に規則があることが簡単明快で良いのですが、それが先に起つ社会ほど窮屈になり、ともすると「なければならない」に発展していくことが人間性や個性を消していってしまうことになりはしないかと危惧するのです。
そうでなくて今の日本にとっては「なら可能である」が先に起つ社会にしていくことが必要な気がいたします。
 
まず規則があり秩序があり自由があることが社会ではないと申し上げたい。
人間が生きていくうえで自由の中に秩序があり規則があることが理想の社会であり、あって欲しいと願うものであります。
 

 しかし、今日のスンバラライスは格別です~。
以上親爺の静かなる主張でした。

親爺の一人晩酌

2008-11-13 | Weblog
雨季が終わり1ヶ月がたち暑く空気も乾燥し埃っぽいワガドゥグになって来ました。毎年北東からの季節風が吹き始めるのもこの時期からで、これを人々はHARMATTANと呼んでいます。このHARMATTANは3月頃まで吹きまして脳脊髄膜炎という怖い病気が流行するのもこの時期です。特に抵抗力の無い子供や年配の人たちがかかると致命傷となり、もし運良く治癒しても後遺症が残り体の自由が奪われてしまうのです。

そういえば日本でもインフルエンザがこれから流行する季節ですね。
親爺はこの季節は窓を閉めてなるべく外には出ないようにしています。それは埃そのものが清潔ではないので気管支や粘膜が炎症を起こしやすくなるからです。
5年前ブルキナファソに来て間もない頃は毎月といってもいいほど咳や鼻水に悩まされていましたが最近は体がこちらの環境に順応したせいかだいぶ丈夫になりました。人間の体は素晴らしいものだと思います。なぜかというと自分ではどうしてもコントロールできないことも体が自動的に順応して克服できてしまうのですから。

順応するということは始めは何かを受け止めてそれから馴染んでいくことなのでしょうかねぇ。

きっと人間の生き方もそのような仕掛けになっているのかなぁ、と、親爺はこのごろ思いはじめました。
何事も始めは受け止めてそれに心が順応できることが出来て成長することが出来るのかなと。
はじめからアレは嫌だ、コレは向かない拒絶してしまうのではなく時には受け入れて見てから順応しようと努力する心が人間のスケールを広げることになるのではないかと思うのであります。と同時にストレスにも順応できる心となるのでしょうねぇ。

自分の知っている自分、自分の知らない自分、他人の知っている自分、他人の知らない自分とジョハリの窓にもあるように

人生とは色々な物事に順応しながら自分の知っている自分を開拓していくことなのかなぁ。

などと言いながら一人で寂しく晩酌をしている親爺です。




ナムさんの災難

2008-11-13 | Weblog
親爺の一番の酒飲み友達ナムさんは韓国人でブルキナファソで写真館の仕事をして約20年。

いつも電話で「ポンジュ~ル、イイタ~」と電話を掛けて来ては豚のグリルを肴にブルキナファソの地ビール「BURAKINA」を飲むのが日課となっております。

 そのナムさんが何時もなら5~6本は当たり前なのに少し前からビールの量が減って来たのでどうかしたのかな~と不思議に思っていましたところお尻の肛門様の近くにおできが出来たというのです。

以前からあったようなのですが少しずつ大きくなって親爺が見せてもらったときにはゴルフボール2個くらいに腫れていました。

そういえば歩く姿もカニの縦歩きの様していたので相当痛かったのではないかと思います。

 いつも逞しく豪快なナムさんはひどく憔悴しきって蚊の鳴くような声で「イイタ~、エスクチュコネ オピタル~」と電話がありまして以前から知っているところを紹介したのですがまた電話で「ラバ セ シェ~ル!」この期に及んで高いも安いも言ってはいられないだろうが~と親爺は思うのですが。

 しばらくして電話があり今度は少し元気な声で「デジャ クペ~」ということでおできを切って膿を出したとのことでした。

 少しして知り合いの町さん夫婦始め何人かと共に自宅にお見舞いに行くといつものニコニコ顔で出迎えてくれ「ビールでも飲むか~」と気を使ってくれさすがに親爺もナムさんの傷が治ったらまた一緒に飲もうとお断りしました。

 さすがに安心したのか「イイタ~、他の病院は安かったよ~」親爺も苦笑しながら「良かった~良かった~。」

以前はナムさんからの電話は少々恐怖が付きまとっていましたが電話がなくなると何となく寂しいものです。

早く傷が治って以前の豪快なナムさんに戻ってもらいたいと心から願う親爺です。

SIAOのオブジェ

2008-11-13 | Weblog

ブルキナファソには2年に一度行われるSIAOという国際民芸品見本市があり多くの人たちで賑わいます。正面広場のステージでは歌やダンスなどが行われ、5つの大きな倉庫のような建物には今年も西アフリカの国々から多くの民芸品や物産が出店しました。

 親爺はSIAOを訪れるのはもう3回目で大体一通り見てはおくにある飲食店の集まっているところに行きビールを飲みながらムトンのブロシェットを食べるのが楽しみとなっています。

今年は最終日に出かけました。入り口には多くの人が長蛇の列を作り入場を待っています。 入り口をくぐると前回とは違った光景が目に入り思わず写真をゲット。

これはな、なんとオートバイを2台つなぎ合わせて作った自動車で実際に走れるのです。


大きなタバコを吹かしている人で肺のあたりがすでに腐っています。


大きな豹をしとめた狩人。


獲物をしとめた豹。


木にぶら下がる人。
これらのオブジェは何をテーマにしているのかはわかりませんが作った人は相当苦労して作ったのかな~と感じる作品でした。

会場建物の中の一角にブルキナファソで取れたオーガニックコットンの見本の展示と紹介をしているブースがありました。


オーガニックコットンは有機肥料で栽培されてコットンで今ブルキナファソ国内でもだんだん産地が広がっているのです。

さてさて会場の紹介はこれくらいでビール売り場に駆け込む親爺でした。