西アフリカぶるきなふぁそ親爺暮らし

2003年、50歳にて西アフリカのブルキナファソに渡りボランティア。歳月を経ていまではすっかりブルキナ親爺になりました。

あなたは誰ですか?

2009-06-28 | Weblog
あなたはだ~れ?
私は私。

あなたはだ~れ?
私は偉い人。

あなたはだ~れ?
私はよい人。

あなたはだ~れ?
私は大切な人。

あなたはだ~れ?
私は馬鹿な人。

あなたはだ~れ?
私は凄い人。

あなたはだ~れ?
わたしは悪い人。

あなたはだ~れ?
私は人間。

人のはざ間はいろいろとありまする。

雨季到来

2009-06-23 | Weblog
空に白い蒸しパンのような雲がたくさん浮かんでくるといよいよ雨季の到来です。

大地は永い眠りから覚めたように生き生きとし動物達がおいしそうに草を食み農作業を始める村人の腕にも力がみなぎっているように感じます。

ブルキナファソは凡そ90パーセントが農業従事者といわれていてその大部分の人たちが自給自足の生活をしています。

その年に収穫された穀物で家族の食事1年間を賄うのです。

日本のように流通の事情がよくないこの国では幹線道路沿いの村以外はできた作物をお金に買えるのは大変なです。

雨季になると都市部などに出稼ぎに行っていた人たちも帰ってきます。

その人たちは町の暮らしが厳しいので持ってくる持ってくるお金は微々たるものですが家族はお父さんやお兄さんが帰ってくるのをとても心待ちにしています。

今年の収穫が多ければ家族は安心してこれからも過ごしていけるのですがこれはあくまでも自然界での仕事ですので収穫が終わるまでは誰にもわかりません。

ブルキナファソの気候は毎年変動があり雨の多い年と少ない年の差が大きく収穫量が予測できないというのが問題なのです。

収穫量が多ければ余分な穀物をお金に代えることができますが収穫量が少ないときには一日1食の生活を強いられることになってしまいます。

それだけに雨季の始まりは農家の人たちにとってはとても大切な時期なのです。

日本のようにスーパーマーケットに行けば何でも手に入るというようには行かないのです。

一年のすべての生活を左右するといってもよいこの時期はある意味においては新しい生活の始まりでもあるように思えます。

毎日の食事を何も考えることなく口にしている親爺ですがこの時期だけはよくかみ締めて食べようと思っております。



サッカー全日本U17ブルキナファソ遠征2

2009-06-21 | Weblog
近頃のブルキナファソはサッカーの話題に沸いていまして、というのも17日に全日本U17とブルキナファソクラブチームの対戦、19日に全日本U17とブルキナファソU17の対戦、そして20日はブルキナファソとコートジボアールのワールドカップ予選、21日は鹿島アントラーズとジュビロ磐田の対戦。

もちろんブルキナファソの人たちはワールドカップ予選の話題一色で盛り上がっていますが親爺はマルチで盛り上がっているのです。



結果は全日本U17代表が2試合とも1-0で勝ち、ワールドカップ予選はコートジボアールが3-2で勝ち、21日は鹿島アントラーズが1-0で勝ちました。



今はすべてが終わり兵共が夢の後。
二日酔いでむかついているお腹に梅干で朝粥をすすっている親爺です。

サッカー全日本U17ブルキナファソ遠征

2009-06-18 | Weblog
昨日は久しぶりにブルキな親爺も興奮いたしました。
 というのもサッカーのU17全日本選抜チームがブルキナファソを訪れていましてこちらのクラブチームと試合をしたのです。
 人伝に聞いた時間の1時間も前にサッカー場に行きましたが、まだダーレもいなくて拍子抜けした親爺は周りの人に聞いては見ても解からず、やっとのことで解かったのが開始時間は2時間後だというのでまた力が抜け、何とかしなければと取りあえず近くのレストランでビールを注文し飲んでいるうちにいろいろとアイディアが浮かんできて、そうだ横断幕を作成しようということに相なりました。

 急いで運転手のアブサンとともに布を買いに行き、ついでに油性のフェルトペンを買って戻って来て、先ずもう一本ビールを注文し私の達筆な?字で「ガンバレ! 侍ニッポン」と書いているとそばを通る人達が不思議そうに覗き込みながらブルキナファソは日本より強いなどという輩がいてムッとしながらも立派な横断幕が完成しました。
そうしているうちに選手を乗せたバスが駐車場に到着。
 親爺は酔いも手伝ってブルキナファソにようこそとばかり監督さんや選手の皆さんをお迎えしとてもご機嫌サイコ~チョ~でした。 そしてまたビールをもう1ポン。

 いよいよ試合開始の時間ですので先ほどの横断幕を持ってスタンドの一番よいところに陣取り前にある手すりに横断幕をくくりつけますとなぜか一段と気合がこもります。

ホイッスルがなり試合がスタート。

 そのうちに在住している日本の人達も10人ほど集まり数少ない日本のサポーターもみな熱のこもった応援をしています。

 親爺も大声を張り上げ「ニッポン!チャチャチャ」と手の痛みも忘れハーフタイムが終わり急いでレストランでビールをもう一本。
 
終わってみると1対0で日本の勝利。 近くの知り合いの牛肉の煮付け屋のおばちゃんちでの祝勝会でまたまた3本。
 とても興奮した楽しいひと時でございました。
 
来る3日後には本戦があるということですのでいろいろと作戦を練ることに明け暮れる親爺です。

2009年 U-17日本代表メンバー

ブルキナファソ遠征
(2009年6月13日~23日)
監督 池内  豊
コーチ 山橋 貴史
GKコーチ 柳楽 雅幸
No 名前 生年月日 身長 体重 所属
GK
嘉味田 隼 1992.1.17 183㎝ 80㎏ 神戸ユース
18 渡辺 泰広 1992.10.4 180㎝ 70㎏ 新潟ユース
DF
中島 龍基 1992.1.12 170㎝ 58㎏ 青森山田高
内田 達也 1992.2.8 177㎝ 70㎏ G大阪ユース
岡本 拓也 1992.6.18 173㎝ 67㎏ 浦和ユース
廣木 雄磨 1992.7.23 167㎝ 63㎏ FC東京U-18
夛田 凌輔 1992.8.7 168㎝ 62㎏ C大阪U-18
内田 恭兵 1992.11.5 168㎝ 55㎏ 磐田ユース
高野 光司 1992.12.23 173㎝ 60㎏ ヴェルディユース
MF
神田 圭介 1992.1.29 163㎝ 57㎏ 鹿島ユース
10 小林 祐希 1992.4.24 177㎝ 64㎏ ヴェルディユース
11 宮崎 泰右 1992.5.5 167㎝ 62㎏ 大宮ユース
12 鮫島 晃太 1992.6.24 178㎝ 68㎏ 鹿児島城西高
13 小島 秀仁 1992.7.30 178㎝ 65㎏ 前橋育英高
14 高木 善朗 1992.12.9 167㎝ 63㎏ ヴェルディユース
15 堀米 勇輝 1992.12.13 168㎝ 62㎏ 甲府ユース
FW
16 原口 拓人 1992.5.3 172㎝ 60㎏ G大阪ユース
17 宇佐美貴史 1992.5.6 178㎝ 68㎏ G大阪
19 宮吉 拓実 1992.8.7 170㎝ 63㎏ 京都サンガF.C.
20 杉本 健勇 1992.11.18 187㎝ 76㎏ C大阪U-18
21 宮市  亮 1992.12.14 180㎝ 66㎏ 中京大附属中京高
22 小野 裕二 1992.12.22 169㎝ 58㎏ 横浜ユース


久しぶりの遠出

2009-06-12 | Weblog
いつもはもう雨季に入っているはずのワガドゥグは6月になって2回しか雨が降っていません。

農家の人たちはこの時期になるとミレット(唐人稗)やマイース(とうもろこし)の種、そして稲作の準備をしていまして今か今かと雨季の到来を待ち望んでいるわけですが今年は少し遅れているのでやきもきしているのではないでしょうか。
 
先日私のところを訪れていますお医者さんの新藤先生と農業の専門家の木村さんと一緒にブルキナファソの南東部約200キロに位置するTENKODOGOという町に行きました。

 この町はブルキナファソでは一番多く住んでいるモシ族の5大酋長の家がある由緒のある町でもあります。
 
そしてこの町で活動されているjicaの青年協力隊の方たちにお願いして、町にある診療所の見学と隣接するブルキナファソの米所でありますBAGREという村を視察をしてきました。

 町の診療所には医師はおりませんで看護士さんが治療に当たっています。 医師の少ないブルキナファソでは看護士でもある程度の治療や処方箋を書くことができるのです。

 診療所が不足しているためか毎日多くの病人や妊産婦の人たちが訪れるそうです。
 
それから一行はBAGRE村に向かいました。

 約南に45キロほどの所に台湾のプロジェクトの看板が目に入ります。

 ここでは1200ヘクタールという大規模な耕作面積に水を供給するために大きな溜池と縦横に走る灌漑設備を施しておりました。
二期作でお米を作っていて今一期目が収穫時期で7月にまた田植えをするそうです。

また、その水を利用して発電や魚の養殖もしています。

このプロジェクトは2002年から現在まで行われ来年にはブルキナファソ政府に委譲するということでした。
 
医療のことや農業のことはまったく解りませんがこれまで井戸掘りなどでなかなか遠出ができなかった親爺にとって1泊2日でしたがとてもよい息抜きになりました。