100日で習慣を変え、マインドセットを書き換える

迷いがなくなり、行動を加速させるマインドセットで新たな人生脚本を描く。

噴出したトラウマ【6】

2014-02-28 18:28:42 | お袋の認知症日記

ついにお袋を怒鳴ってしまった・・

 

 

彼女の言葉も酷かったが、別なことに反応した。

私が小学生低学年の頃に受けたお袋の弱い暴力。
今のDVまでいかないが、私は、女手ひとつで子育てをする
ヒステリックな母親の唯一の捌け口だったのだろう。

これはつい最近まで私自身も解らなかったが、
パートナーからコーチングを受けて気付いたこと。
その時はこのトラウマに「恐怖」があるところまで深く
感じていなかった。

お袋の怒りの後の優しさだけが、私の幼い記憶に残り、
優しいお袋として、インプットされていた。

認知症になったお袋の怒りに、何か不自然な恐怖を
感じていたところへ、幼い頃、罵倒された口調が、
私の中のトラウマが目覚め、恐怖で胸が締め付けられた。

 

電話を切った後も手の震えが止まらなかった。

携帯電話の電源を切りたい。 

いつまで、こんなことが続くのだろうか・・

 

これを書いていることで、かろうじて自分を維持できる。

 

なぁ神よ

これは本当に私が乗り越えることが可能な試練なのか

可能なら、どんな方法でこれを乗り越えればいい。

私はどんなに険しくても、先が見えれば進める。

 

 

 

 

 

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息子に裏切られた怒り!【5】

2014-02-27 11:18:47 | お袋の認知症日記

昨日の夜、電話した時には「お金がない・・どうしたらええ?」
と弱気なお袋だったが、 

今朝、電話すると、のっけから
「私の年金通帳を盗んで全部使って私に死ねと言うことか!」
と強い口調で言われた。別人格のお袋に変容していた。

認知症は「怒り」や物がなくなると「盗まれた」などという
言動が頻繁になると聴いてはいたが・・

これ程、辛いことはない。 お袋が辛いのではない、
私が辛いのだ。まったく自分のことしか考えられなくなって
いる自分に嫌悪を感じるが、 これが今の正直な気持ち。

例え妄想であっても、彼女からすれば信頼していた息子に
裏切られたのだから無理はない。
私がそれを否定すれば、彼女を否定することになる。
肯定すれば、私が盗んだ事実が彼女の中に残る。

 

取り敢えず、電話では話にならないから、帰って話をする
ことにしたが、今の気持ちのままで帰りたくないし、
彼女に電話することが恐くなった。

私がお袋を受け入れていないのだ。

 

「どんなかたちでもいいから、お袋に入院してほしい・・」
「私の観えないところに行ってほしい・・」
こんなことを囁く鬼が私の中にいる。

「このまま逃げてしまえ!」と鬼は、度々私を誘惑する。

 

 

私に乗り越えろと試練を与えてくれるのはいいが、
「私はそれほど強くない!」などと考えると 

すぅ~っと気力が失われていく・・

 

気を持ち直して

U理論の実践とセルフコーチングをしてみた。

現状の自分を素直に受け入れ、他者の目玉で私を
観て、感じるように務めた。何も湧き出てくるものはないが、
私自身を応援することはできた。

 

もう少し踏ん張ってみるか・・

 

 

 

 

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新たなお袋の変化【4】

2014-02-25 07:48:53 | お袋の認知症日記

いつものようにお袋に電話すると・・

「あんたに聴きたいことがあるんじゃけど・・」と怪訝な声で
私に問いかけてきた。

何を言うのかと思えば、

「あんた35万も借金をしてから、私は心配で頭がいてぇ」
と言われ、何のことが分からないまま、私は
「心配せんでええよ。借金なんかしてへんから」と答え、
お袋を落ち着かせ、この話題を「保留」にした。 

もちろん、私に借金はないが、もしかすると私が若い頃、
借金で車を買った時のことを思い出しているのかも
知れない。 だとしたら、その頃は気が付かなかったが
彼女にしてみれば、若い頃の私の行動や考え方は
相当なストレスで心に残っていたのだろう。 

こんな出来事も、

他者から観ると不可解な言動かも知れないが、彼女なりに
ちゃんとした理由があるだけに辛いものがある。

彼女の言動に少し慣れたと思うと、日々、変容していく
ので、こちらが追いつかない。
身体は正直なもので、ここ数日の私の血圧は右肩上がりだ。

お袋が元気な時は友達がよく訪れる家だったが、病気の
気配を察すると、途端、誰も来なくなった。
これなら、始めから隣の住人の顔も知らない都会暮らしの
方がマシに思える。 

それほど「認知症」は特別なものだろうか・・

独居でも、認知症の方が普通に暮らしていけていると
聴くが、それぞれ条件や環境、状態などで異なるだろうな。 

 

 

今は一歩下がって、あるがままを観て感じることにしよう。

 

 

 

 

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「自」から「他」に変わった【3】

2014-02-22 11:10:20 | お袋の認知症日記

増えた毎日のルーチン・・

朝夕、お袋の投薬の管理は大変だ。
彼女は、飲んだことを忘れ、飲むことも忘れる。
先日、前からの習慣で服用している心臓の薬を飲んだ
ことを忘れ、私の電話で二重に飲んだことがあった。
私が電話するのも良し悪しである(笑)

せっかく電話するので、お袋に簡単なコーチングを行なう。
楽しかったことは何か?腹がたったことは何か?
それらは何が原因だったのか?どうしてそう感じたのか? 
などなど、答えは同じことを繰り返すが、時々、彼女は、
「あれ、さっき私はどう答えた?本当はこうじゃったわ(笑)」
などと自分が答えたことを訂正することがあり、
観察していると実に面白い(^^)

私が行なうお袋コーチングは、彼女の気持ちを引き出し
傾聴できるので、実体の生活を感じ取ることができる。 

 

 

しかし、このところの私は、

普段、他人事のように考えていた認知症は、私にとって
「自然災害のように降って湧いたこと」と思っていると
毎日、上げていたブログも気が滅入って書けなくなった。
何もかも解ったように気負った状態で書きたくなかった
のかも知れない。どこか自分に嘘があるような気がしてた。

 

この数日、自分を俯瞰して観るように務めていると、
昨日、ふと、こんなことが浮かんできた・・

これは自然災害でもなければ、予見できない事故でもない。
高齢者にとって、いつ発症しても不思議ではないのに、
私は現実から逃れようとしているだけではないか。
ただ、準備が足りなかっただけではないだろうか・・

 

私は、お袋の生活習慣をどれほど把握していたのか。
彼女が住んでいる地域性はどうなのか。
彼女の近所付合いを含め、人間関係はどうなのか。
彼女の言動や行動を注意して観ていたのか。 

これらのほとんどを、私は注視していなかった。

そう思うと別居暮らしを理由に、私がお座成りにして
いた問題が、お袋が認知症になったことで浮かび
上がってきただけのことなのだ。

今更、気付いたタイミングを後悔したところで始まらない
ので、今の時点で出来る事を探して行動するだけだが、

言うほど、認知症を受け入れるのは簡単ではない。
認知症は過去のデータにより、予防法、対処法、それに
伴う考え方や接し方が、世間には有り余るほどある。

過去に培ってきた経験や知識のデータをダウンロードする
ことは間違いではないが、本当に大切なことは、私が
どうするかではなく、彼女の未来を、どうすれば楽しく
過ごせるようにできるかではないだろうか。

受け入れるということは、
「自分が」から「相手が」に変わった時かも知れない。


 

 

 

 

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共に認知症を迎え入れる【2】

2014-02-19 19:07:27 | お袋の認知症日記

 2014年2月17日 16時40分

お袋が初期の認知症と診断された。

 

 

お袋には内緒で随分前から、クリニックを予約していたが、
電話でする話でもなく、帰郷してから話そうと思っていた。
あれこれと、お袋の自尊心を傷つけないような理由を
考えていたが、結局、こう言った。

「最近、物忘れが激しいことがあるけど、何か思い
当たることがあるか?」と聴いたところ、

お袋は「この間、内の猫が近所の人に虐められて怪我
をしたから、それが不安でしょうがない」というので、

私は「それが原因で心が傷ついているのかも知れない
ので一度、クリニックで診てもらうか?」と言うと、

お袋は快く承諾した。

しかし、いつ心変わりするかと不安な中、案の定、
「私はしっかりしているので行かない!」と言い出したの
で、私は当日までクリニックに行く話をしないことにした。

余程、不安なのか、お袋がテーブルの上に頭を伏せる
ことが多くなった。 そんなお袋を観ていると不憫で仕方
がなかった。もうこのまま、連れて行かないでおこうかと
私は当日まで迷っていた。

気のせいかも知れないが、お袋の物忘れは日々、進行
しているように感じる。

そんなお袋が、突然
「私はもう外を歩かん方がええかなぁ?」
と言うので返事に困った・・ 

クリニックに行く当日の朝、お袋が味噌汁を作ってくれた。
いつもなら、私の身体を気遣って塩分をひかえているはず
の味噌汁は、この日は塩っぱかった・・
塩っぱいなりに、お袋手作りの味噌汁が飲めるのは、
これが最後かも知れないなどと思うと胸が熱くなった。 

 

予約時間前にタクシーはクリニックに着いた。
待合室で待っている時間、お袋に話かけていたが、
不安からか口数は少なかった。

待っている時間、余程、不安なのだろう。
「頭を直接診るのか?」とか「胸を開くのか?」とか何度
も私に聴いていた。 

診察はお袋と私で症状を先生に説明し、その後、お袋は
ひとりで認知症のテストを受けていた。
結果は30点満点のところ、20点で認知症の初期との
診断結果だった。

テスト用紙を見ると、まるで低学年の小学生が書いた
字と絵が書かれ、達筆だったお袋の文字はどこにもない。

先生から介護保険の申請手続きの説明を聞き、
お袋とタクシー乗り場まで歩いた。

お袋は安心したのか口数も多くなり、「あんたと歩くのは
何十年振りかなぁ。楽しい時間をありがとうな」 と何度も
何度も言っていた。 

少し買物をして自宅に帰り、お袋に薬のことを説明したが、
「これは何の薬?」と言う始末。

その夜、お袋が「寂しいからもう一日居ってくれんか?」
いくら寂しくても、こんなことを一度も言ったことがなく、
普段、小さなお袋が、より丸まって小さく観えた。

つい、「仕事があるのでそうはいかない!」と冷たく
突き放してしまったことをすぐに後悔した。
私の心の奥に鬼が居座っているようで後ろめたかった。

 

翌日、私が京都に帰る日、

お袋が自分が言ったことが、近所の人に信じてもらえない
ということを話し始めた。例え妄想であっても、お袋の中
では真実である。しかし、それを相手に話すと、相手は
お袋の言うことを否定する。それも又、間違いではない。 

私はほぼ無意識にお袋にこう言った。

「お袋が本当のことを言っているのに、否定されたら
そら辛いよなぁ」

私の言葉に涙ぐみ、「息子が信じてくれたらそれでええ」と
かすれ声でお袋は言っていた。

つい、一ヶ月前までは、通常通りに出来ていたことが
できない歯痒さは本人が一番、あるようだ。 

この5日間、私自身も、お袋の物忘れに付き合っていると
あたかも、私の方が、どうにかなってしまったように
思えるくらい錯覚してしまう。 

京都に帰る直前、予定になかったが、すぐに市役所に
行き、介護保険の手続きとケアの相談をした。
それほどにも、お袋の身には不安と危機感があった。

京都に帰ってから、お袋の預金と支払いの流れを把握し、
処方された薬の数もこちらから電話で確認できるようにした。

 

今、こうして私が平常心で居れるのは、相談にのって
くれているパートナーと友人の心強い応援のおかげ
であり、お袋に起こった現実を伝えることも、私に与え
られた役割りのように思う。

 

 

 

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