10年前。
僕は隣の市の住宅街の古い戸建ての貸家で本格的にこもっていた。今は亡きチェリーと専業主夫をしつつ。
夏のある夜、近くの公園で夏祭りが開かれていた。
散歩がてらこいけと見に行ったのだが、
そこでつるっとこけたのだった。
なんてことないゆるやかな斜面で。
高校時代サッカーでならしたこの僕があんなとこで転ぶなんて・・・
何年もほとんど家での生活だったからきっと足が萎えてしまったんだ・・・
と、相当ショックだった。
それで・・・
皆でお弁当を持って南房総の山歩きをするようになった。
そのことが、この田舎に越してくることにもつながってくるのだけれど、その最初に登った記念すべき山がこの大日山。
実に10年ぶりかな。
前置きが長くなってしまった。
入り口到着
増間七滝の一つ。坊滝。落差23m。
きれいに整備された道を登り、頂上到着。
標高333.3m。
向こうにふたこぶになっている山が富山(とみさん)→ここも登ったことあり。
ここでお昼。いつもの卵焼きとウィンナーとおにぎりね。
10年前はチェリーも一緒だったんだよなぁ。ちょっと寂しかった。
なんのかんの自分でタイヤを交換するのは初めて。
右下が今回購入したフロア(ガレージ)ジャッキとクロスレンチ。
このジャッキは小さいけど油圧式で、一度に2輪持ち上げることができるすぐれもの。(2tまで。2500円くらい)
前輪を持ち上げたとこ。
このあと近くのスタンドへ乗って行って空気圧をチェック。
帰宅後もう一度ボルトを締め直して、ホイールキャップを取り付けて終了。
4ヶ月間お世話になりました。今年はホントにこのタイヤのおかげで助かった。感謝してタイヤワックスを塗って収納。
写真を撮ったりしながら、ゆっくりやったので、2時間もかかってしまったけれど、やってみたら割とかんたんだった。
夕方からは集落の寄り合い+軽い飲み会。
役員交代の時期なので。
ま、なんとか無事に終了。
それにしても・・・
生徒が少ないのがばれたらどうしようとかドキドキしながら行ったわけですが、
ペリカンみたいな鳥が池の魚を全部さらっていったとか、
猿軍団が家の中のみかんを取って行ったとか、
(ま、その猿たちはうちの屋根にも上がって行ったわけですが)
そんな話題で盛り上がりました。
すごいところに越してきたものです。
お疲れさまでした。ふぅ。
僕ら、20歳以後の加入記録しか考えてなかったが、こいけが思い出した。
高校を出て一年ほど家具屋さんで働いたのだけど(これは僕も知っていること)その時社会保険に加入したはずと。
あ、そうか、きっとそれだ。
やっとこいけがねんきんダイヤルへ電話。
本人確認の末、確かにその頃の厚生年金の加入記録が未統合になって宙に浮いていた。ちょうど1年分。30数年ぶりの再会?(苦笑)
こいけ、最初の年金手帳きっとなくしたのね。
正式には確認葉書(記録照会票)みたいのを送って、半年後くらいに統合されるそうだ。
で、例の空白の4年間の方だが・・・
こちらはやはりカラ期間のようだった。旧姓でも該当なし。
入籍時に夫の社会保険の方に入ると勘違いして、国民年金を脱退してしまったのかな?(当時のサラリーマンの妻は国民年金に任意加入だったのだが。)
それにしても、こいけだけじゃなく、前夫も当時の市役所担当者も気が付かなかったのかなぁ。
まぁでもこれですっきりしそうです。
こいけに聞いてみると、その空白の4年間の最初の日が(前夫と)入籍した日だと言う。
色々調べてみると・・・
昭和61年以前のサラリーマンの専業主婦は、国民年金には任意加入であり(その後強制加入となった)、その時期に加入していなかった専業主婦が、その後年金をもらえる年齢になったときに年金受給資格期間(25年)を満たさない恐れが生じた。
この方々を救済するために、この期間を年金受給資格期間と合算して計算されることとなった。(いわゆるカラ期間)
あくまで25年を満たすためだけの期間であって、もちろん年金額には反映されない。
こいけもこれなのかなぁと思ったけれど、こいけの場合、空白期間をのぞいても、なんだかんだですでに25年(300ヶ月)はぎりぎり満たしているんだよなぁ。カラ期間が今更あってもなくても関係ない。
と言うか、僕の学生時代も当時は学生は任意加入であり、僕にも7年くらいのカラ期間がある。それを知らせるだけならば、僕にだってねんきん特別便が送られて来るはずじゃないのかなぁ。
やはり何か空白があるのかも知れない。
5千万件の空白の一つが埋まるかどうか。