ノアの小窓から

日々の思いを祈りとともに語りたい

テロに思う

2015年11月20日 | 聖書




    パリの同時多発テロでは、多くのイスラム教徒も「テロ反対」の声を上げています。

    これは当然の事だろうと思います。
    彼らが、テロによって自分たちの神のために、どれほど胸を痛めているかは、
    信仰をもつものにとって、容易に想像がつきます。

    自分たちへの差別や偏見が増幅されることも迷惑でしょうが、
    
    テロ行為に、「神の名」が使われることこそ、痛みでしょう。

    
    「#NotInMyName」のプラカードやタグをつけての抗議が
       世界中で起きているのはうなづけます。
       http://matome.naver.jp/odai/2144780080625894001


     もし、日本●●同盟とか、キリスト△△共和国なんて名前で、世界中でテロが起こされただけでも、
     日本人とくくられる者、キリスト教徒の中に入る者は、

     どんな気持ちになるでしょう。


     もっとも、
     混乱と恐怖を巻き起こすのが、テロリストの狙いでしょう。
     人は、潜在的におびえるものです。
     事実、
     どんな、高価な政治ショーや楽しいエンターテイメントより、彼らに注目が集まったのです。