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昭和35年大学生と材木屋さんのアルバイトそしてモテない奴

おはようございます。

神奈川県愛甲郡愛川町は深夜2時です。久しぶりに夜中まで仕事してました。
脳卒中片麻痺歴6年,前立腺ガン全摘出術後歴1年半片麻痺自助具の楽々歯磨きコップを開発したロマンシニアの原田太郎が元気印で今日も脳卒中障害者や高齢者のご本人はもとより、ご家族の悩み、苦しみを和らげ、明日への希望、未来への活力となっていくようなお話をします。

2009年5月22日より掲載原田太郎の義と仁の人生小さな武勇伝と出来事などの部です。

【ガキの武勇伝Vol.12】

昭和35年4月一浪のあと福岡のの私立F大学商学部に。
下宿は大濠公園の近くに。

そして父親の戦前の部下だった人の比恵の材木屋さんにてアルバイトをさせてもらって大学生と材木屋さんの二束のわらじといっても自分の都合のいいときだけ行くという勝手なアルバイトで食事つきで大変助かりました。

一日のアルバイト代が多分200円か350円ぐらいでした

ここの大将にはほんとに面倒見てもらいましたしその娘さんには今でもメールをもらいます。

7月の終わりに東京に出てくるとかで会うのを楽しみにしています。

百貨店でのアルバイトは最上階の食堂の厨房に行き、好きなものを昼食でした。
男らしさとは程遠い軟弱な青年でしたが、ま、そこそこモテましたよ。ヽ(^。^)ノ

大学一年のときに日本育英会の奨学金を申し込みましたが高校二年三年のドンジリの成績ではね~。
落ちましたよ。

で、奮起しましたと~。

一年生の成績はもうちょいで特待生というところまでがむしゃらに成績を取りました。

二年にあがって同じく奨学金を申請、一発合格秋には増額OK.

この頃の日本育英会の奨学金は月にに3000円でした。

助かりましたよ~。

就職後翌年から毎年返済しました。17年ぐらいかかりましたかね。

貧乏学生にとってはほんとに助かりましたから、コレだけはキッチリ返しましたよ。

恋もしましたけど振られるばかりで情けない4年間でした~。(-_-;)

さ~さ~今日も片麻痺なんかに負けないで
一つの動作でも自分で出来るように
無理せず日々コツコツと一つ上のちょうど良か爺・良か婆の生活リハビリを頑張りましょう
心と身体のバランスが大切です。
健康維持の為には「食べる事が生きること」です。
美味しく食べる為には口腔ケアを疎かにできませんね。

歯磨きはしっかり続けましょう。

片手で楽々片麻痺専用歯磨きパラリンコップParalymcup

脳内出血や脳梗塞による片麻痺障害において大事な事は自分の出来ることをひとつずつ自立をするという強い意志を持つことです。

リハビリテーション病院入院中の急性期回復期は改善も顕著ですが退院後の慢性期に入ると改善するスピードは畳みの目を数えるほどですが必ず改善はします。

あきらめずに日々強い意志と希望を持って努力を積み重ねましょう。

脳卒中片麻痺としっかりと向き合って日々を楽しめるようになるともうしめたものですよ。

そこに行き着くまでがこの病気の大変さでrといえるでしょうね。
片麻痺で戦ってるかた、原田太郎の体験がお役に立つのであれば左のメ~ル相談室をご利用下さい。

福祉ものづくり集団【NPO法人たくみ21の店】もオープンしましたよ~。

【ブログポリシー】
■前立腺ガン全摘出の経過発信と片麻痺に関する元気情報の執筆を心がけます。
■守秘義務がある情報は一切執筆いたしません。

【編集後記】

明日はちょいと早起きしなければ~もう直ぐ3時ですね。

ひと眠りしま~す。

グナッイト  し~ゆ~


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