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昭和39・40年レッテルを貼られた新入社員

おはようございます。

神奈川県愛甲郡愛川町は雲の様子がすっかり梅雨空です。

脳卒中片麻痺歴6年,前立腺ガン全摘出術後歴1年半片麻痺自助具の楽々歯磨きコップを開発したロマンシニアの原田太郎が元気印で今日も脳卒中障害者や高齢者のご本人はもとより、ご家族の悩み、苦しみを和らげ、明日への希望、未来への活力となっていくようなお話をします。

2009年5月22日より新連載「原田太郎の義と仁」の子供の時代からの人生小さな武勇伝と小さなロマンスから大人のロマンスまでも交えながら「ケンカ太郎」の記憶をたどり多少ランダムな綴り方出来事などの部です。

【ガキの武勇伝Vol.17】

<上司の目はごまかせない>
昭和39・40年さぼりのレッテルを貼られた新入社員は先輩とサボった事が元で以後何かに付けて、目っこつけられていたのはうすうす背中に感じていました。

教育係りとして今度は営業主任につくことになり、前の免許のない先輩と違って
主任のほうは会社の営業周り専用の乗用車(ダットサンブルーバード)に同乗する事ができて楽でした。

当時この車はオートマなんてない時代ですからクラッチガちょくちょく噛んでボンネットを開けてプライヤーでガチャガチャやって治したものです。

もう一人の営業主任は家が裕福で自家用車としてクラウンのドアが観音開きの高級車に乗っていました。

新入社員にとっては車など遠い遠いはるかかなたの夢でしたから~。
田舎っぺとしては世の中お金持ちがいるんだ~と。

昭和39年ごろ初任給19,000円ぐらいで映画館入場料は350円、コーヒー1杯は60円ぐらいでした。

現在の初任給は20万ぐらいですから45年前はの給料は10分の一ってとこですかね。

ショートピースが40円ゴールデンバット30円、コーヒーが60~70円。

都はるみ、三波春夫、マヒナスターズ。

19,000の月給は羽が生えてるがごとく目次第・タバコ代で消えていき給料日に近くの中華屋さんに一回だけのみに行くのがせいぜいの楽しみでした。

やがて年が開け昭和40年に、、、、。

また明日、、、、です。

さ~さ~今日も片麻痺なんかに負けないで
一つの動作でも自分で出来るように
無理せず日々コツコツと一つ上のちょうど良か爺・良か婆の生活リハビリを頑張りましょう
心と身体のバランスが大切です。
健康維持の為には「食べる事が生きること」です。
美味しく食べる為には口腔ケアを疎かにできませんね。

歯磨きはしっかり続けましょう。

片手で楽々片麻痺専用歯磨きパラリンコップParalymcup

脳内出血や脳梗塞による片麻痺障害において大事な事は自分の出来ることをひとつずつ自立をするという強い意志を持つことです。

リハビリテーション病院入院中の急性期回復期は改善も顕著ですが退院後の慢性期に入ると改善するスピードは畳みの目を数えるほどですが必ず改善はします。

あきらめずに日々強い意志と希望を持って努力を積み重ねましょう。

脳卒中片麻痺としっかりと向き合って日々を楽しめるようになるともうしめたものですよ。

そこに行き着くまでがこの病気の大変さでrといえるでしょうね。
片麻痺で戦ってるかた、原田太郎の体験がお役に立つのであれば左のメ~ル相談室をご利用下さい。

福祉ものづくり集団【NPO法人たくみ21の店】もオープンしましたよ~。

【ブログポリシー】
■前立腺ガン全摘出の経過発信と片麻痺に関する元気情報の執筆を心がけます。
■守秘義務がある情報は一切執筆いたしません。

【片麻痺ゲンさんのあとがき】

昭和39年にクラウンを乗り回している営業の先輩主任に銀座で一杯350円の
コーヒーをご馳走になったことが今でも記憶に残っています。

当時のコーヒー70円の5倍の値段でしたね。
値段というのは味も変えるんでしょうかね?

今の時代500円として2500円のコーヒーなんてあるんでしょうかね~

し~ゆ~
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