うみにおふねをうかばせて

四十路 田舎嫁 あれやこれや。

行くぜ フライトゥーザ・ムーン その2

2021-02-08 23:20:00 | 日記

レジにさ。
ゴーグルして、マスクして
フルフェイスシールドした
完全装備のお客さんが来たの。
五十過ぎくらいのおじさんかな。

そんで、
商品に触らないで!って先ず言うわけ。
もう私の、いらっしゃいませの言葉に
被り気味で制すわけ。

そんで、
商品のバーコード部分を指して、
触らないでスキャンして、ていうから、
(かざしながらスキャンするタイプ)
その勢いにちょっとムカッてしながらも
まあ今のご時世じゃ
そうなる人も居るよなあって、
かしこまりましたってスキャンしたのね。

そんで、
あ、もしかして手が触れる
可能性があるのも嫌なのかもって
思って、それじゃあ、
お釣りはレジ皿に置きますねぇ
って笑顔付きで置いたわけよ。
どうよ、気が利く対応っしょ?

でも、そしたら、
おじさんはちょっと悲しげな顔したわけよ。
だから、あ、これは正解じゃないの?って
私、少し動揺したのね。

そんで、
動揺しながら
財布にお金をしまうおじさんを
見守っていたんだけどさ。それで気づいたの。
そのおじさん、手袋もしてたの。


完全防備だな。

そう言うと、
旦那さんは竿を背後にそらして
ヒュッン!と小気味良い音を出しながら、
釣り糸を海に投げ入れた。

うん。手袋をしてたの。

うん。完璧、だな。

旦那さんはそれから、
ヒュンヒュンと竿を上下させて
イカを誘うモーションを始めた。

うん。でもね、
それは布製だったの。

私はその音を聞きながら、
真実を告げた。

え?

ヒュンヒュンとさせながら、
旦那さんが私の方に顔を向けたのが
暗闇でもわかった。

うん。布製だった。
バスガイドさんがするような、
式典のテープカットに使うような、
そんなタイプの。

それは。残念、だな。

旦那さんはそこでリールを少し巻いた。

そうなんだ。少し残念だった。
ビニール製の手袋はまだ品薄気味だからね。
完全装備、の一歩手前だった。
その、おじさん。

私はホットコーヒーを飲んで、
喉を潤して、本題に入った。

でも、ここで問題なのが、
何故おじさんは悲しげな顔をしたかってこと。

もしかして本当は
悲しくなかったかもしれないけど
でもそれでも対応として
何が正解だったのかということ。

今考えれば、先に
お釣りはレジ皿に置きますか?
と聞いた方がよかったかもしれない。

そうかもしれない。

旦那さんはそう答えると、
ヒュンヒュンのモーションをやめて
回収作業に入った。

うん。そうなんだと思う。

私は暗闇で頷いた。
期待していた月は薄っぺらかったけど
けどその分、星はよく見えて、
まあまあ満足な気分でもあった。

ところで。

旦那さんは立ち上がって、
少し場所を移動しながら
話題を変えた。


うみさん、
釣り竿はもう一本あるけど?


うん。イカには興味ないです。


私は移動し始めた旦那さんの
後を追いながら、
外してたイヤホンを耳にねじ込んだ。