とんと歴史小説や時代小説と呼ばれるジャンルのフィクションにはご無沙汰だったのだが、著者のロングインタビューを偶然ポッドキャストで聴いて興味を持ったので、読んでみた。といっても、これは宣伝していた最新刊の次に読んでみたもの。
戦国時代の歴史に思い入れのない者には何のことやらである、「伊賀越え」をクライマックスにもってきた本作、武田勝頼死去から、徳川家康が京都・堺見物中に本能寺の変を知り、本拠地の三河に帰りつくまでの話である。この、マニアでもなければ気にも留めない、受験勉強の範疇からは完全に逸脱(笑)した地味な粗筋、のどかなタイトルとカバーデザインに騙されてはいけない。中身は謀略と暴力の限りを尽くした血みどろの抗争、遺伝子レベルの生存競争がてんこ盛りだ。
家康の回想による複数のエピソードが挿入された前半を読んでいてすぐに連想したのは、ハメットの『血の収穫』を始めとする、ギャングの抗争を扱ったハードボイルド小説*、京都・堺見物から三河に帰りつくまでのパートは特に馳星周の『不夜城』だった。『不夜城』の主人公は本作での家康と色々似たところが多く、それはそれで興味深いのだが、とにかく特徴的なのは、連想した諸作品を凌駕する密度とハードさ(もちろん、これは小説としての優劣を示唆するものではない。)。力を持つ者も持たぬ者もそれぞれが危ういバランスの上で辛うじて命をつないでいる世界、情緒も情愛も薄皮一枚の厚ささえ許さぬ状況を、情緒も情愛も薄皮一枚の厚ささえ許さず描いた「リアル」な作品だ。
*後世になっていくら偉人とか血筋云々とか持ち上げようが、古代から現代までサイズ問わず「権力者」のやってることはつまるところ暴力による略奪と支配なので、当たり前ではある。
幼い頃からパワーゲームに翻弄され、所帯を持てる年齢まで生きていたのが奇跡としか思えない徳川家康。それからも圧倒的なカリスマ性と知恵を持つ織田信長の掌の上でいいように転がされ続け、あまつさえ己れを越える資質を備えた息子さえ理不尽な理由で死に追いやられる経験までしながら、さらに知恵と経験に勝る部下たちに支えられ時には半分馬鹿にされながら、とにかく生き延びるために、必死に考え、決断し、動く。
何だか、主人公が格好悪くて全然面白そうじゃないような…?ところが読んでみるとすげえ面白いんだこれが。
切った張ったは死ぬほど(笑)出てくるが、血沸き肉踊るなどという甘っちょろい?表現とは程遠い、お約束がしばしばお約束でない世界。が、現在と共通する「本質」が確かに「そこ」にはある。だから、「大人」の読者にとっては、苦さと、もしかしたら奥行きのある旨味も感じつつ、自らの道程を振り返り、そしてまだいつ果てるともなく続くこれからの「峠越え」を意識させられる物語。本能寺の変の「真相」の部分も興味深く、強いて難点を挙げるとすれば、服部半蔵が凄すぎる(ちなみに忍術や武術の描写は全くない)ことぐらいか。
IBMから独立してコンサル、作家としてプロデビューしてからはまだ10年ちょいという著者の作品を読んだのは、冒頭に書いたポッドキャストで紹介していた『天地雷動』が最初で、長篠の戦いを中心にオムニバス形式で描いたこの作品の方は、ドラマの『24』を参考にしたという複数エピソードの平行進行スタイルがあまり効果的とは言えなかったものの、興味深い話ではあったので、歴史的には続編に近く、著者が高く評価する家康を主人公にした『峠越え』を試したのだが、当たりだった。ちなみに『24』にテイストが近いのもこちらの方で、特に絶体絶命と危機一髪が延々続くクライマックスなどは「まさにそれ」ではある。一方『天地雷動』の方は、各エピソードの特性に関係なく、次のセクションに興味を持たせるためのつなぎ方があまりうまくないので、やや平板で散漫な印象になってしまっている。それでも新作を楽しみにできる作家をまた一人見つけたのは確かだ。