そもそも、プロテニス史上恐らく最もタフな時代の現チャンピオンが、普通なら最も重要な「企業秘密」とするだろう部分をここまで公開してしまうというのは本当に驚きだ。
観客の「感情的な部分」に訴えやすい要素を多く持っているフェデラーやナダルと比べ、コミカルで故障しがちなロボットのようなプレイ中の動き、清潔そうではあるがフックの少ないルックスのジョコビッチは、まさに「ジョーカー」的な役割を何年も演じさせられてきた。この本は「開眼」後の大躍進の秘密を(全てではないが)紹介している。
メインの「素材」である食生活の大幅な見直しについては、個人的には実はあまり大きな驚きはなかった。類書がないわけではないし、乳製品はじめ経験的に体に合わない食品を(幼少時からの習慣や環境に打ち勝って)排除することは多くの人同様僕もしてきたからだ。一方で、「常識」(と僕が思っていたこと)と違うアプローチがなされていて驚いたこともある。ひとつ具体的に言うと、各栄養素を摂取するタイミングで、一日中練習や筋トレをしている日のランチは「糖質とタンパク質を避け」「炭水化物だけを摂取」している。午後半ばにやっと「フィジオ特製の医療用の豆製プロテインドリンク」を飲み、ディナーは「高タンパク質で、サラダ付き、炭水化物とデザートはなし」という具合だ。比率はその都度違えど極力万遍なく、とか、筋肉や関節を酷使した直前直後の修復云々という話からはかなり遠い印象だ。この本では今挙げたことの裏付けとする理論についてもしっかり書かれている。
一方で、ジョコビッチの躍進のもう一つの象徴とも言える、絶体絶命の場面からの「悪魔的な」大逆転(全米でフェデラーにマッチポイントから逆転勝ちした時は凄かった)や、試合中調子の振れ幅が大きく、危なっかしく見えながら勝ってしまう、独特なメンタルの「楽屋裏」の部分については、まだまだ「企業秘密」があると語っている。それでも瞑想やちょっと「神秘的な」思想などそれなりに書かれていてそれも興味深い。
この本を最も簡単に紹介すると、思考法、食事、エクササイズ、睡眠、つまり根本的な生き方の改善について、興味深いケーススタディの形でまとめられた紛れもない良書、ということになる。