寒い日が続いており、まだ春の予感も程遠い。しかしそれでも春は少しずつ近付いているのだろう、かつての凍て付く寒さ程ではないような気がする。春恋しい故の妄想なのかもしれない。
ふと車で流してみたくなった。イグニッションを回し、エンジンをスタートさせる。冷え切ったエンジンが回転数を高めに維持している。野太いエグゾーストが眠った住宅地に響いている。セレクトレバーをドライブにセットすると、一瞬リアを沈ませ、ぐっと前に飛び出そうとするが、手綱を引くかのごとくブレーキングで調整しいきり立つ車を落ち着かせる。
ウィンカーランプが眩しく感じる。深夜の街道に出ると思ったほど交通量が少なくない。水温計はまだ下を向いたままだ。あまりエンジンの回転数を上げずに流れに乗る。FMのラジオからはサクソフォンの鳴きが響くジャズが流れていた。
宛てなんてない。ただ街道を西へ向っている。米軍の空軍基地を過ぎると交通量も一気に減る。すっかり冷えてしまったブラックの缶コーヒーを一口すする。買ったときは熱くて口も付けられなかった。大型トラックが背後にぴったり付いて来る。多少あおられているのだろうが気にしない。痺れを切らしたトラックは車線を変更し一気に追い越しをかけてきた。ボクもその瞬間を待ってたかのようにアクセルを開く。かすかにターボチャージャの加給音が聞こえ、背中がシートに押し付けられる。レブカウンターは一気に跳ね上がった。右のドアミラーにはさっきのトラックが小さく写っていた。
ある種の満足感を感じ、来た道を引き返す。同じ道のはずなのに帰りは短く感じた。深夜なのに独りで歩くミニスカートの少女がいた。ふとその反対側にはゆっくりと歩く男性もいる。何か一緒に歩けない訳があるのだろう。イグニッションからキーを抜き、静かにドアを締めて自宅へ戻る。ビールを飲んで寝ることにしよう。