発達障がい・こころのやまい

専門外ながら相談を受けることがあり、その際に読んだ本や集めた情報を書き留めました(本棚9)。

ツムラの冊子【精神科領域と漢方医学】より

2015-12-23 12:43:24 | 
 ネットでダウンロード可能な冊子です。
 著者は杵渕彰先生(青山杵渕クリニック)。
 精神科疾患への漢方薬の適応を今一度確認する目的で一読しました。

 ポイントは、

・向精神薬や抗不安薬などの服用が困難な場合などに漢方治療を試みる意義がある。
・精神科領域では、向精神薬、抗うつ薬、抗不安薬の副作用を軽減する意味で、漢方薬を用いるのが現実的である。

 とし、第一選択薬にはなり得ず、西洋薬の補助薬と位置づけています。
 具体的な適応は以下の通り;

統合失調症:基本的に不適応
気分障害:双極性障害は基本的に不適応、軽症のうつ病は場合により有効
不安障害:パニック障害の軽症例は適応になる
身体表現性障害:現代医学でも漢方医学でも治療困難
不眠症:適応になる


 統合失調症や双極性障害は適応にならないと明確に記しています。
 ただ、慢性期の統合失調症や遷延化したうつ病で意欲障害だけが残っている場合には、現代医薬ではなかなか効果が現れず、それまでの症状が増悪していることがあり、この場合は柴胡加竜骨牡蛎湯(12)、補中益気湯(41)、加味帰脾湯(137)などが有効なことがあると記されています。
 漢方医学では、精神疾患の病態を漢方のものさしである「気血水」で捉えます。

気の異常
・気うつ:呼吸困難感、抑うつ気分、咽喉頭異物感
・気の上衡:頭痛、めまい、のぼせ感
・気虚:意欲障害、食欲不振
血の異常
・瘀血:頭痛、うつ状態、健忘
・血虚:健忘、不安感
・血熱:不安・焦燥感、易怒性
水の異常
・水毒:めまい、頭痛、動悸、不安感


 実際には以下のような方剤が用いられます。
 なかでも柴胡剤は不安や意欲障害など広範囲に用いられます。柴胡剤には気うつ、瘀血、水毒を改善する生薬が組み合わされており、それぞれの病態に応じて処方を選択します。

柴胡剤:柴胡加竜骨牡蛎湯(12)、柴胡桂枝乾姜湯(11)
気剤:半夏厚朴湯(16)、香蘇散(70)、平胃散(79)、四君子湯(75)、桂枝湯(45)
駆瘀血剤:桃核承気湯(61)、桂枝茯苓丸(25)
補血剤:人参養栄湯(108)、四物湯(71)
利水剤:苓桂朮甘湯(39)、五苓散(17)


■ 不眠症
 不眠症には薬物依存が少ない漢方薬の有用性は評価されています。不眠の種類と漢方薬の適応については以下の通り;

精神病性不眠 ・・・統合失調症、躁病、うつ病 → △
神経症性不眠 ・・・ 不安障害など → ○
神経質性不眠 ・・・ 神経質    → ◎
身体因性不眠 ・・・ 体の痛みやかゆみなど → △
本態性不眠  ・・・ 原因不明   → ○


 逆に、漢方医学的分類から見た不眠と適応処方は以下の通り;

心熱(興奮) ・・・ 入眠障害など → 黄連解毒湯(15)、黄連湯(120)、半夏瀉心湯(14)、大柴胡湯(8)、四逆散(35)、抑肝散(54)
胆虚(不安) ・・・ 中途覚醒、熟眠障害 → 竹筎温胆湯(91)、帰脾湯(65)、柴胡加竜骨牡蛎湯(12)、柴胡桂枝乾姜湯(11)
虚労(心身の過労) ・・・ 入眠障害、中途覚醒 → 酸棗仁湯(103)


■ うつ病
 うつ病では、現代医学治療からの脱落例、遷延例に適応があり、その症状から「抑うつ気分」「不安・焦燥感」「意欲障害」のいずれかが主体となっているかを考えて処方を選択します。
 うつ病以外の気分障害(躁病、双極II型障害、ラピッドサイクラーなど)は漢方治療が困難です。

抑うつ気分(気うつ)・・・ 不安・焦燥感や意欲障害が目立たない → 初期は半夏厚朴湯(16)、遷延例は柴胡加竜骨牡蛎湯(12)や柴胡桂枝乾姜湯(11)、虚証/高齢者には香蘇散(70)
不安・焦燥感(煩躁)・・・ 全般性不安障害、気分変調症と鑑別が必要 → 陽証には黄連解毒湯(15)、柴胡加竜骨牡蛎湯(12)、大柴胡湯(8)、大承気湯(133)。陰証でも熱がある「真寒仮熱」の場合は柴胡桂枝乾姜湯(11)、抑肝散(54)、加味逍遥散(24)
意欲障害(気虚・血虚)・・・ 慢性化した統合失調症、気分変調症と鑑別が必要 → 気虚には補気剤(四君子湯、補中益気湯、帰脾湯)、血虚には補血剤(四物湯、七物降下湯)、気血両虚には気血両補剤(十全大補湯、人参養栄湯)


■ 不安
 不安とは「対象が特定できない漠然とした恐れ」と定義されます。
 不安障害にはパニック障害、広場恐怖、全般性不安障害、社会恐怖(社会不安障害)、特定の恐怖症、強迫性障害、外傷後ストレス障害(PTSD)を含む概念です。
 漢方治療の適応は、抗うつ薬や抗不安薬が副作用のために使用できない場合や、それらの服用に抵抗感がある場合と記されています。つまり、補助薬・第二選択薬という位置づけですね。
 不安に伴う症状は以下の通り;

・自律神経症状:動悸、発汗、震え、口渇、赤面など
・胸腹部症状:呼吸困難感/窒息感、胸腹部の痛みや不快感、排便や排尿の切迫感、吐き気や嘔吐の恐れなど
・精神症状:めまい感、気が遠くなる感じ、離人体験、気が狂いそうになる恐怖、死ぬのではないかという恐怖など
・全身症状:悪寒、熱感、しびれなど


 治療として、西洋医学ではSSRIなどの抗うつ薬、ベンゾジアゼピン系抗不安薬などを用います。
 漢方医学では、これらの症状を気うつ、気虚、血虚、水毒などに分類して対応します。長期に経過した例は瘀血と捉え、また、不安障害の患者さんは虚証が多い傾向があります。適用される方剤は、柴胡加竜骨牡蛎湯(12)、柴胡桂枝乾姜湯(11)、半夏厚朴湯(16)、抑肝散(54)、加味逍遥散(24)、加味帰脾湯(137)など。症状別に対応が必要な場合は以下の通り;

・動悸:柴胡加竜骨牡蛎湯(12)、柴胡桂枝乾姜湯(11)、炙甘草湯(64)など
・発汗:桂枝加竜骨牡蛎湯(26)などの桂枝湯類、柴胡剤
・吐き気:小半夏加茯苓湯(21)、乾姜人参半夏丸など
・呼吸困難/窒息感:半夏厚朴湯(16)、香蘇散(70)
・めまい感:苓桂朮甘湯(39)、半夏白朮天麻湯(37)
・胸腹部の緊張:桂枝加芍薬湯、平胃散(79)など


 不安障害の分類に基づくと以下の通り;

パニック障害:不安発作時やあるいは予期不安がある場合には甘麦大棗湯(72)や半夏厚朴湯(16)を用いる。発作が始まってしまうと服薬困難になるので、少しでも怪しいと思ったら服用するよう指導。
全般性不安障害:漢方では治療困難
社会恐怖(社会不安障害):気の上衡、血熱の上衡と解釈でき、桂枝加竜骨牡蛎湯(26)や黄連解毒湯(15)などが有効。
強迫性障害:漢方では治療困難。SSRIの副作用である消化器症状を軽減する手段として半夏瀉心湯(14)や五苓散(17)などを用いることがある。
PTSD:治療困難。

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「躁うつ病とつきあう」(加藤忠史著)

2015-12-20 11:20:38 | 
 日本評論社。
 1998年第1版、2008年第2版、2013年第3版発行。

 精神科専門医が経験してきた双極性障害(従来「躁うつ病」と呼ばれてきました)患者さんの闘病記です。
 この本ではあえて一般的な「躁うつ病」という単語を使用しています。
 そこには病気と闘い、かつ精神疾患への世間の偏見と闘わざるを得ない人々の喜怒哀楽が描かれています。

 一読すると、うつ病とは異なる、この病気の特徴が浮かび上がってきました。

 うつ病は「こころの風邪」とも呼ばれ、回復が期待できる病気。
 しかし本人は風邪どころではないつらい状態に陥ります。
 なにせ、あまりにつらくて自ら命を絶つという選択をすることもあるくらいですから。
 うつ病の原因としては環境要因が強く、治療と環境整備で抜け出せる病気。

 一方、躁うつ病はうつと躁のコントロールがうまくいかなくなる病気で、基本的に一生続き、治療もやめられません。
 うつ状態では本人がつらく(うつ病のうつ状態と量・質には違いはないようです)、躁状態では周囲の人が大変。
 うつ状態で発症すると正確な診断に至るまでに時間がかかることも。
 抗うつ薬を使用し、躁転して初めて確定診断に至る例も少なからずあるようです。
 「治療がやめられない」ことをなかなか受け入れられず、患者さんは悩み苦しみます。

 ある程度遺伝性はあるものの、その頻度は低くメンデルの法則では説明できません。
 文中では「一卵性双生児の一致率は70-80%、親が躁うつ病の場合子どもの発症率は10%」とありました。

 解決への糸口は、正しい理解と正しい治療に尽きます。
 中島らもの「躁うつ病はガンに比べればちゃちな病気。命を取られるわけではないし、薬を飲んでいさえすれば普通に生活できる」という言葉が全てを象徴していると思います。
 この本の中では以下のように記されています;
「躁うつ病に罹ったとはいっても2-3ヶ月に1回、クリニックで薬をもらって、1日1回服用する、たったそれだけのことで、健康な人と変わらない生活が送れるようになる方が多いのです。」


<メモ>
 自分自身のための備忘録。

■ 病識のない躁状態の大変さ
 躁状態で日常生活ができなくなったら入院治療が必要です。
 しかし、本人の病識がない場合は「俺は絶好調だ、病気じゃない!」と病院へ行こうとさえしません。
 限界に達すると、家族が力尽くで病院へ連れて行くことになります。
 その際に本人には、
 「あなたのために連れて行くんだ」
 という言葉を繰り返してください、騙して連れてくることは極力しないでください、とありました。

■ 躁状態再発の時、一番最初に現れる症状に注意
 躁うつ病は、たった1回の再発で社会的生命が脅かされることもあるという点では難しい病気でもあります。
 そのうえ、躁状態になってしまったら、自分が病気であることが分からなくなります。
 その一歩手前で自覚して、再発を予防しなければなりません。
 そこがスタート地点です。
 例としての患者さんは、
・酒の量が増える
・夜寝ないで遅くまで書き物をする
・家族にやたら説教する
 というものでした。

■ 治療薬「リチウム」
 100年以上前に発見された躁うつ病薬。
 躁状態、うつ状態を予防する力は強いが、軽いうつ状態、軽い躁状態は出てくることがある。
 軽躁は本人・周囲ともに困らないので見過ごされることが多いが、軽うつの方はやはり楽なものではない。
 躁うつ病では、この「軽うつ」のコントロールが難しい。

 抗うつ薬を健康な人(著者)が飲むと、目の焦点が合わない、ぼうっとする、歩くのもおぼつかないほどで、仕事にならなくなったが、リチウムを飲んでも何も変化がなかった。
 リチウムは治療に用いる量と中毒量が他の薬に比べてかなり近寄っているので注意が必要である。
 血中濃度が十分にもかかわらず効果が出ない患者さんでは、脳内リチウム濃度が低いこと、副作用の中では、手の震えが脳内濃度と関係しているらしいことなどがわかってきた。

■ 治療薬「テグレトール」
 リチウムは、気分の壮快な典型的な躁状態の人にはよく効くが、幻覚・妄想があったり、不機嫌さが目立ったりするひとでは効果が弱く、その場合テグレトールやバルプロ酸といった、他の気分安定薬の方が効果があると言われている。
 テグレトールはもともとてんかんの薬であったが、躁病に効果があることが日本で発見され、今では世界中で躁うつ病の治療に用いられている。リチウムやテグレトールのように、躁にもうつにも効果があり、しかもこれらの予防効果があるという薬は、最近では気分安定薬と呼ばれており、躁うつ病の治療の中心となるものである。

■ 治療が難しい「ラピッドサイクラー」
 1年に4回以上も躁・うつを繰り返す状態を「ラピッドサイクリング」(急速交代型)と呼び、リチウムが効きにくく治りにくい傾向がある。
 急速交代型では甲状腺の機能低下が多いことなどから、この種の患者さんは躁うつ病の中でも心因よりも体の病気としての要素が強い特別の一群であるというのが定説である。
 急速交代型は女性に多いのも特徴。
 急速交代型のカルテを見直すと、ストレスの欄に「家庭内の問題」と書いてあることが非常に多かった。

■ 躁うつ病は遺伝病?
 いわゆる遺伝病ではないが、糖尿病や高血圧などの成人病と同じように、遺伝の要素も少なくない。家族の中に多くの患者さんがいることが多い。しかも、世代が後になるに従って、だんだん発症年齢が若くなるともいわれている。
 躁うつ病の遺伝子が見つからないのは、結局、躁うつ病が遺伝病ではないからだ。「躁うつ病になりやすい体質」は遺伝するかもしれないが、躁うつ病そのものは遺伝するわけではない。
 そもそも遺伝病にしては病気の頻度が多すぎる。
 「躁うつ病になりやすい体質」に、むしろよい面があるからこそ、こんなに躁うつ病が人が多いのだ。

■ 抗うつ薬による躁転はあるのか、ないのか?
 抗うつ薬に躁転という副作用があるわけではない。抗うつ薬を飲んで躁状態になるのは、双極性障害の人だけであるということが、様々な研究から明らかにされている。
 躁転、すなわちうつから躁への急激な変化は、遅い人では1-2週間、速い人では数時間で起こってしまう。このように、全く正反対の現象が急激に入れ替わって出現することが躁うつ病の特徴なのである。
 
■ 境界型パーソナリティ障害(BPD)
 大好きだった相手に対して、手のひらを返したように突然攻撃したりするなど、対人関係がひどく不安定で、リストカットなどを繰り返したりする障害。リストカットは、死にたいという気持ちと、自分の体に傷をつけることで周囲の関心を引きたいという気持ちが入り混じっているようだ。周りの人は最終的に自分を愛してくれるはず、という安心感が持てないために、常に周囲の人を試さずにはいられない。
 双極性障害の患者がBPDと誤診されることは少なくない。しかし、双極II型障害とBPDの両方に当てはまるという診断がなされることがある。精神療法を中心に治療しようとする医師はBPDと診断し、薬物療法を中心に治療しようとする医師は双極II型障害と診断する、というのが実情ではないだろうか。

■ 躁状態の患者さんの激しい言葉は、実のところ内容が真実ばかり、だから周囲はつらい。
 当たらずとも遠からず、しかしそこまで言うことはないでしょう?と言いたくなるような内容ばかりで、反論のしようがない。
 現実とかけ離れた幻聴や妄想なら、病気と割り切って聞き流すことができるかもしれない。
 しかし、たとえ病気と分かっていても、毎日耳の痛いことで家族から責められるのは耐えがたく、「たとえ病気のせいだと言われても許せない」となってしまう。
 これが双極性障害のために離婚に至ってしまう夫婦が少なくない理由である。


 付録の「躁うつ病を知ろう」も役立ちました。
 躁うつ病では幻覚や妄想が起こりえること、躁転・うつ転の過度期に発生する「混合状態」が最も自殺のリスクが高いこと、等々。

・躁うつ病の発症頻度は100人に一人。発症年齢は20-30代(中学生から老年期まで幅広い)。

・うつ病相で発症するか、躁病相で発症するかは半々。躁状態を一度経験した人が再発するリスクは95%以上。

・最初の病相から次の病相の間には5年くらいの間隔があるのが普通。しかし繰り返すたびに次第に間隔が短くなっていき、ついには年に4回以上も病相を繰り返す「急速交代型」と呼ばれる状態になり、ここまで進むと予防治療の効果が現れにくくなります。

・最初のうちは、ストレスをきっかけにしてうつ状態になることも多いのですが、繰り返しているうちに、次第にストレスとは関係なく、再発するようになっていきます。

・躁うつ病は歳を取れば自然に治るというものではなく、双極I型障害では生涯にわたって予防治療が必要となります。一方、双極II型障害では予防治療開始のタイミング、続ける期間とともにケースバイケースですが、やはり長期の予防療法が必要と考えた方がよいでしょう。

・躁状態になると、気分が壮快となり自分がとても偉くなって何でもできるように感じます。眠らなくても平気で、一晩中活動し続け、周りの誰もが友達のように思えて誰にでも親しげに声をかけます。頭の回転も速くなり、いろいろな考えが競い合うように浮かんでくるため、最初は生産的になる事もありますが、だんだんと気が散って一つのことに集中できなくなり、すべてが中途半端になってしまうため、結局キチンと仕事をすることはできません。

・躁状態の人の言うことは、幻覚や妄想に基づく事実と反する内容ではなく、思っていても普通そこまでは言わないだろう、というような内容なので、周囲の人たちにとっては大変つらいもの。

・躁状態が悪化すると、「未来が予知できる」などの現実離れした誇大妄想や、場合によっては神の声が聞こえるという幻聴が出てくることも希ではありません。

・うつ状態になると、朝早く暗いうちから目が覚めて、重苦しくうっとうしい気分に襲われます。それまで関心を持っていたあらゆることに関心が持てなくなり、喜びや楽しみという感情が全く感じられなくなるのです。それどころか、家族に対する愛情や気遣いなどの自然な感情も湧いてこなくなってしまうので、家族から見ると、自然な感情の交流ができず、急に冷たくなったように感じられることもあります。何をするのも億劫で、すぐに疲れてしまい、それまでの人生には何の意味もなかった、と考え込んでしまいます。じっくり物事を考えることができなくなり、決断もできません。

・うつ状態が重くなると、現実とは違うことを信じてしまう妄想(破産した、医者も診断できないような大変な病気に罹っている、大変な罪を犯した、等)にとらわれたり、こうした内容に関連した幻聴が出てくることもあります。さらに、体が固まったようになり、話しかけても全く反応がない「昏迷状態」や、逆に一時もじっとしていられず、どうしよう、どうしよう、とオロオロ動き回り、ひどく興奮する「焦燥状態」になる事もあります。

・躁状態とうつ状態は独立して現れることよりも、うつから躁へ変わる「躁転」、躁からうつへ変わる「うつ転」など、急速に移行して、どちらかだけでは終わらないことの方が普通です。

・「躁転」「うつ転」の経過中には、躁とうつの症状が混ざって現れる「混合状態」となる場合もあります。混合状態では、死にたい気持ちが強いのに、行動が多くなる場合があり、自殺の危険が最も高くなります。

・1980年にアメリカ精神医学会が作ったDSM-IIIという診断基準の中で「双極性障害」という病名が使われるようになり、「躁うつ病」という病名は医学界ではなくなりました。1994年のDSM-IVから、双極性障害の中に「双極II型障害」という新しい分類ができました。これは躁状態が入院するほど重症ではない場合(軽躁状態)を指し、従来の入院するほど重症の躁状態がある場合を「双極I型障害」と呼ぶようになりました。

・双極I型障害の患者さん家族にはI型が多く、総局II型障害の患者さん家族にはII型が多い傾向があります。

・双極II型障害の軽躁状態は、躁状態の特徴を持ちながら、本人が困ったり社会的に問題を起こしたりするほどには重症でなく、期間も躁状態が1週間上とされているのに対し、軽躁状態は4日以上でよいとされています。このように軽躁状態の診断基準が広くなったため、アメリカでは総局II型障害と診断される患者さんが急増し、双極性障害全体の有病率が人口の3-4%と報告されるようになりました。双極II型障害がパーソナリティ障害や不安障害を併発しやすいことも注目されてきました。

・躁うつ病の発症しやすさに関わるような、多くの人が持っている遺伝子の個人差(遺伝子多型)は、最も強い影響を持つものでも、躁うつ病の発症しやすさをたかだか1.5倍に増やす程度らしいことが分かってきました。一つ一つの遺伝子の影響は非常に小さいけれど、それが多数集まると発症しやすくなる、と考えられます。

・躁うつ病の再発予防療法に有効で、躁状態・うつ状態の全てに対しても効果があり、両方に対して予防効果を持つ薬を気分安定薬と呼び、代表的なリチウムの他、バルプロ酸(デパケン®/バレリン®)、カルバマゼピン(テグレトール®)、ラモトリギン(ラミクタール®)などがあります。細菌では非定型抗精神病薬であるオランザピン(ジプレキサ®)、クエチアピン、アリピプラゾールなども、抗躁作用に加え、再発予防作用や抗うつ作用が報告されています。リチウムを中心に、その他の気分安定薬を上手く使えば、多くの患者さんでは病相をコントロールすることができます。

リチウム
 細胞内の情報伝達(イノシトール系)に働くことがわかっています。その後、リチウムが神経細胞を死から守る作用、あるいは神経細胞の突起の先端を広げるような作用、そして新しくできる神経細胞を増やすような作用があることなどが分かってきました。
 リチウムは有用な薬ですが、最大の問題点は、安全な量の範囲が他の多くの薬に比べて狭いことです。中毒症状には、ふらついて歩けない、手足がガクガクとひどく震える、さらにひどくなると意識がもうろうとする、といった症状があります。こうしたことを避けるために、リチウム服用中は、定期的に血中濃度を測定して、安全な濃度になっていることを確認しながら治療します。
 服用を中断する場合、急激な中止は再発のリスクを高めます。リスクを最小限にするためには、数週間以上かけてゆっくり減量してから中止すべきでしょう。
 多くの副作用:飲みはじめに一番出やすい副作用としては、のどの渇き、多尿、下痢、吐き気などがあり、治療がうまくいっている状態でも人によっては避けられない副作用として手の震えがあります。

バルプロ酸
 躁状態の中でも、不機嫌な躁病や混合状態に有効です。その他、躁状態・うつ状態を予防する効果もあると考えられています(現時点ではデータ不十分)。

カルバマゼピン
 躁状態に対する有効性が日本で発見された薬。予防効果もある可能性もあります。

ラモトリギン
 双極性障害における維持療法の保険適応を持つ日本で唯一の薬として再発予防療法に広く用いられるようになりました。躁状態に対する予防効果もありますが、うつ状態に対する予防効果の方が強いのが特徴です。また、うつ状態に対する効果もある可能性があります。薬疹の副作用に要注意。

非定型向精神病薬
 オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールの3剤には、躁状態に対する治療効果と予防効果が報告されています。リスペリドンも躁状態への効果が報告されています。また、オランザピン、クエチアピンはうつ状態にも有効性が証明されています。オランザピンは双極性障害の躁症状・うつ症状に保険適応があり、アリピプラゾールは躁症状に対して保険適応があります。副作用は、オランザピン、クエチアピンでは、鎮静作用、体重増加、糖尿病を誘発する作用など、アリピプラゾールではアカシジア(じっとしていられない感覚)や不眠があります。

自殺の予防
 世間には自殺を「自らの意志で死を選ぶものだ」と考えている人もいるかもしれませんが、躁うつ病により自殺したくなるのは病気の症状以外の何物でもありません

うつ状態の過ごし方
 躁状態になっても、治療が軌道に乗りさえすれば、1ヶ月のうちにはだいたい治まります。また、リチウムなどを服用していれば、ひどい躁、ひどいうつはなくなっていきます。しかし、リチウムによる予防治療をしているにもかかわらず軽いうつ状態になってしまったという場合は、他のあまりよい治療法がないため、リチウムを飲みながら回復を待つことになります。うつ状態にどう付き合うかは、躁うつ病の方にとって大きな課題の一つです。
 うつ状態に陥った時の生活上のポイント:
 ①早めに休みを取る
 ②生活のリズムを守る ・・・徹夜だけは避けましょう。
 ③陽の光を浴びる
 ④スケジュールを考える ・・・できることから始めましょう。
 ⑤好みの音楽を聴く
 ⑥食生活に気をつける
 ⑦香りを利用する ・・・(例)うつ状態にレモン、不眠にローズ、パイン、ペパーミント、ラベンダーなど

認知療法
 うつ状態で起きている脳内の変化そのものや、なんとも言えない嫌な気分そのものを薬以外の方法ですっかり治すことは簡単ではありませんが、それに伴って雪だるま式に深まる悩みは、うまく対処すれば防ぐことができます。その方法をまとめたのが認知療法です。
 うつになると、なにをしていてもとにかく嫌な考えばかりが自然と頭に浮かんできます。こうした嫌な考えを「否定的自動思考」と呼んでいます。これは、うつ状態による脳内の変化に対応して出てくるもので、これが浮かんでくること自体を止めるのは容易なことではありません。しかし、こうした考えが浮かんできた時、「これはうつ病のせいで出てきた『否定的自動思考』だ」と認識して、もっと合理的な考え方で反論することは、練習をすればできるようになります。その方法が認知療法です。

・うつ病については、一般医や心療内科医も診療する場合がありますが、躁うつ病の治療ができるのは精神科専門医だけです。躁うつ病はカウンセリングなどの心理療法だけで治る病気ではありませんが、心理教育、家族療法、対人関係社会リズム療法、認知行動療法などの心理社会的治療と薬物療法は、車の両輪のようなものです。

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「双極性障害と闘う」(熱海芳弘著)

2015-12-13 22:00:37 | 
 無明舎出版、2014年発行

 新聞記者で双極性障害患者でもある著者が「カミングアウト」した貴重な内容。
 中島らもの「心が雨漏りする日には」と同じ分野の書ですね。

 病気に振り回された半生記がリアルに綴られています。
 入院を繰り返す「闘病記」に終わることなく、「読み物」としても受け入れられるように結婚/離婚生活や新聞記者の仕事も書かれています。
 躁状態の時は周囲や上司とぶつかるエピソードが起こりがち・・・ただ、私にとってその細かい描写は冗長な印象が否めませんでした。
 でも、彼のあきらめない七転び八起き人生には敬意を表します。

 この本を一読しての感想です;
 昔から躁うつの気質を持つ人はいたはずですが、日の出と共に活動し日が沈むと休むという本来の動物的生活サイクルの中では普通に生活できていたものが、限られた時間内にノルマをこなすとか日没後に眠い体に鞭打って働くとか、不自然な生活サイクルの中で体と心が悲鳴を上げて発症している「現代人のSOS」ではないでしょうか。

 目にとまった箇所を記しておきます;

□ 双極性障害だった著名人
 北杜夫(芥川賞作家)、絲山秋子(芥川賞作家)、夏目漱石、宮澤賢治、シューマン、チャイコフスキー、ゲーテ

□ 精神病棟の公衆電話
 「宇都宮病院事件」を契機に改正された「精神保健法」(1987年)によって設置が義務づけられた。現在、「精神保健福祉法」(1995年)により、病棟の公衆電話の周囲には、精神保健福祉センターなどの電話番号を記した張り紙がしてある。患者が人権侵害を受けた際に訴えられる措置だ。

□ 双極性障害の遺伝性
 双極性障害は遺伝病とは言い切れない。しかし、双極性障害の一卵性双生児での発病の一致率は70-80%前後ときわめて高い。また、二卵性双生児の一致率は15%程度である。統合失調症の一卵性双生児での発病一致率は60%だから、それより遺伝の要素が強いと云える。

□ 「劇うつ」経験
 何の意欲もなくなり、ベッドからやっとの思いでトイレに行く。顔を洗うことも歯磨きもできない。風呂などとても入る気がしない。食事は喉を通らなかった。
 このしんどさは筆舌に尽くしがたい。
 「躁」状態とは違ったイライラ感が湧いてくる。いくら寝ても疲労感が取れない。考えが進まず、集中力や決断力が極度に落ちる。
 そして「自分はどうしようもない人間だ」とか、「迷惑をかける悪い人間だ」とマイナスの方向へ思い詰めてしまう。
 不眠も進行した。早朝や深夜に目が覚めてしまい、以後眠られなくなる。「うつ」の不眠の苦しさは通常の不眠よりもはるかに強い。
 わたしはこの時、「うつ病」や「うつ状態」の患者がもがき苦しみ、その果てに自殺に走って行く気持ちを初めて共感した。

□ 双極性障害に「アルコール」「たばこ」「カフェイン」は忌避である。

□ 双極性障害は命に関わるような重篤な病気ではない。自殺を除いたら死亡者はほんの一握りに過ぎない。病気を受け入れ、向き合い、上手に付き合っていくしかない。 


 患者さんにとって、一番参考になるところは付録「わたし流の再発予防のコツ」ではないでしょうか。

・この病気はとにもかくにも、きちんと診察を受け、適正な薬を主治医の指示通りに飲むのが大原則。これなしには何も始まらない。
・精神障害者はマイノリティーだ。だから横の繋がりがないと生きづらい。わたしがSOSを出せば助け船が来るような友人が何人か居る。こうした相互扶助は、この病気の再発防止に繋がるばかりか、セーフティーネットの役割を果たす。
・わたし個人としては「うつ」より「躁」の方が怖い。失うものが多すぎるからだ。「躁」の最中は金銭感覚が欠けるようになるので、携帯電話やクレジットカードの請求明細書を「躁転」したかどうかのバロメーターとして活用している。
生活の乱れや徹夜はもってのほか。徹夜を1回するだけで「躁転」する人もいる。
朝の日光は積極的に浴びるべし。脳によい刺激を与え、ひいては再発防止効果が望める。わたしは寝る前に寝室のカーテンをわざと開けておく。ベッドのすぐそばが窓なので、日光により目が覚めることが少なくない。
・「ストレス」が高じると「躁」や「うつ」を引き起こすことも稀ではない。だが、どういう仕事でも懸命に取り組まなければよい評価は得られない。手抜き仕事をすれば、健常者・当事者を問わず、リストラの対象にさえなり得る。
・再発防止、あるいは再発を軽く抑えるために不可欠なのは、「躁」「うつ」の「前兆」を把握し、早めに手を打つことにある。具体的には、早期の診察・服薬開始だろう。わたしには「躁」「うつ」を治療するそれぞれの薬を処方されており、ストックしてある。
「うつ」はよくある落ち込みと判別することは難しい。わたしは落ち込む要因がなく、それが3日以上続くようだと「うつ」と疑ってかかることにしている。
・双極性障害は寛解状態がたとえ何十年続いても、再び発症する可能性はゼロにはならない。


 わたしにとっては「資料編」が役に立ちました。

「新型うつ」について
 「うつ病」患者の病前性格は基本的に真面目で几帳面。
 しかし新型うつ病患者は違う。仕事には行けないが、旅行や遊びには行ける。しかし、その人の生き方を巻き込んでいる分、治りにくい。
 抗うつ剤も効かない。唯一の治療法は「精神療法」のひとつ「認知行動療法」くらいだろう。
 自分を責める傾向が強い従来型のうつ病とは異なり、新型うつでは他人を責める。
 十年ほど前から増加しているが、その背景には、過剰に自己愛を膨らませる日本社会がある。他者のために何をしていくかを考えることが、解決の第一歩といえる

双極性障害の発症原因
 特定されていない。
 セロトニンなどの神経伝達物質の枯渇が「うつ」病相の背景として考えられている。逆に「躁」病相の背景としては、グルタミン酸、ドーパミンなどの神経伝達物質の異常亢進や、イオン輸送系やイノシトール系の異常その他、「ミトコンドリア機能障害説」も想定されている。
 脳科学的、薬理学的見地からアプローチしてもきわめて複雑でわかりにくいのが現状。双極性障害は遺伝的要素が強いとされているが、はっきりしたことは分かっていない。ただし、なりやすい遺伝子や体質を持っていたとしても、必ず発症するとは限らず、成育過程の問題や、ストレスなども誘因になる。

双極性障害の病型
 極端な躁とうつを繰り返すのがI型、軽躁とうつを繰り返すのがII型。
 I型とII型の違いは「躁」にある。I型の方がII型より自殺率は高い。
 生涯有病率はI型で0.4-1.6%、II型で0.5%。
 しかし欧米の調査では3-5%と高い数値であり、日本の1%という数値は過少申告されている可能性がある。

うつ病との比較(有病率、発症年齢、病前性格)
 うつ病の生涯有病率は女性で10-25%、男性で5-12%であるのに対し、双極性障害は男女比がほとんど変わらない。
 うつ病の発症年齢は30歳代後半と60歳代後半にピークがあり、平均すると40歳前後である。
 これに対して双極性障害の発症年齢は平均30歳前後である。躁の場合は診断が早いが、うつから始まるケースはうつ病との鑑別が難しく最終診断が遅れる傾向がある。
 双極性障害者の病前性格は、対人関係は良好で、面倒見が良く、朗らかで社交的と言える(いわゆる「循環気質」)。これに対し、うつ病の患者の多くは、真面目で几帳面、義理堅い性格で「メランコリー親和型性格」だ。

双極性障害になりやすい人の多くが、職場で決められて時間内で結果を出すよう頑張りすぎる。
 その反動で「躁転」しやすい。双極性障害の躁状態の患者の多くは、周りの人を困らせる一方、本人はとても調子が良いと思っている。このギャップが問題だ。病状が安定してみて、取り返しのつかないことをしたという思考パターンに陥ることが多い。

治療薬
 気分安定剤のリチウム(リーマス®)が6割に有効。リチウムは自殺予防にも有効。手の震えなどリチウムの副作用が強かったり効きにくかったりした場合には、ほかの気分安定剤としてカルバマゼピン(テグレトール®)やバルプロ酸ナトリウム(デパケン®/バレリン®)などもある。
 近年、新しいタイプの抗精神病薬としてオランザピン(ジプレキサ®)、アリピプラゾール(エビリファイ®)なども脚光を浴び使われるようになった。オランザピンは体重増加の副作用に注意すべし。
 「うつ転」時にはリチウムと新しい気分安定薬であるラミクタールを組み合わせることもある。
 双極性障害の経過として、病気を繰り返していく間に、良好な期間がだんだん短くなっていくことが以前から知られている。
 年に4回以上躁とうつを繰り返すタイプを「ラピッドサイクラー」と呼ぶ。


 最後に、解説を担当した精神科医の高 卓士(こう たくさ)氏の言葉を;
 「精神科の患者であるということは、病気と闘わねばならないと同時に、無理解な社会とも戦わなければなりません
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