発達障がい・こころのやまい

専門外ながら相談を受けることがあり、その際に読んだ本や集めた情報を書き留めました(本棚9)。

オランザピンの副作用(誘発性体重増加)のメカニズム

2017-09-13 05:20:40 | 精神科医療
 非定型抗精神病薬であるオランザピン(ジプレキサ®)は体重増加の副作用が有名な薬です。
 そのメカニズムの一端が判明したという報告を紹介します。
 「セロトニン2C受容体」への拮抗作用が原因とのこと。

■ オランザピン誘発性体重増加のメカニズム
ケアネット:2017/09/13
 オランザピンなどの非定型抗精神病薬は、過度な体重増加や2型糖尿病を誘発することがある。しかし、これらの薬物誘発性代謝異常の根底にあるメカニズムは、あまりわかっていない。米国・テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンターのCaleb C. Lord氏らは、オランザピン誘発性代謝異常のメカニズムについて、動物実験により検討を行った。The Journal of clinical investigation誌オンライン版2017年8月14日号の報告。
 本検討では、メスのC57BL/6マウスでオランザピン誘発性過食症および肥満を再現する実験モデルを用いた。
 主な結果は以下のとおり。

・オランザピンは、マウスの食物摂取量を急増させ、耐糖能異常を引き起こし、身体活動およびエネルギー消費を変化させることが明らかとなった。
・オランザピン誘発性過食症および体重増加は、セロトニン2C受容体欠損マウスにおいて鈍化した。
・選択的セロトニン2C受容体アゴニストであるlorcaserinによる治療は、オランザピン誘発性過食症および体重増加を抑制することが示された。
・lorcaserinは、オランザピン投与マウスの耐糖能を改善させた。

 著者らは「オランザピンは、セロトニン2C受容体への拮抗作用を介して、有害な代謝系副作用を発現することが示唆された」としている。


<原著論文>
Lord CC, et al. J Clin Invest. 2017 Aug 14.

<参考記事>
「オランザピン誘発性体重増加を事前に予測するには:新潟大学」ケアネット:2016/03/17
 レプチンやアディポネクチンなどのアディポサイトカインや、エネルギー恒常性に重要な役割を果たす腫瘍壊死因子(TNF)-αが、体重増加のバイオマーカーとして考えられている。新潟大学の常山 暢人氏らは、レプチン、アディポネクチン、TNF-αのベースライン血漿中濃度がOLZ治療による体重増加を予測するかを検討し「ベースラインの血漿レプチン濃度は、女性統合失調症患者におけるOLZ治療後の体重増加に影響を及ぼす」とまとめている。


「抗精神病薬による体重増加や代謝異常への有用な対処法は:慶應義塾大学」ケアネット:2014/04/03
 抗精神病薬に誘発される代謝異常の管理はしばしば困難であり、これらを軽減するうえで薬剤の併用は理にかなっているとされている。慶應義塾大学の水野 裕也氏らは、統合失調症患者における抗精神病薬誘発性の代謝異常に対する薬物療法の有効性を明らかにすることを目的とした、システマティックレビューとメタ解析を行った。その結果、各種薬剤の併用により体重増加およびその他の代謝異常の軽減が図られることが示され、なかでもメトホルミンは体重増加の軽減、インスリン抵抗性の改善、血清脂質の低下など代謝異常の是正に好ましい多彩な作用を示すことを報告した。


「オランザピンの代謝異常、原因が明らかに:京都大学」ケアネット:2013/08/30
 オランザピン服用患者の一部で認められる、体重増加を伴わない脂質異常症や糖尿病の原因について、オランザピンがインスリン分泌を制御する膵β細胞のアポトーシスを引き起こしている可能性があることを、京都大学大学院理学研究科教授・森 和俊氏らが明らかにした。
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双極性障害の治療に「光の調整」〜うつ状態には「照射」、躁状態には「遮断」

2017-09-06 12:34:13 | 双極性障害
 睡眠障害には「朝日を浴びる」ことが推奨されて久しいですが、双極性障害にも効果があるという報告を紹介します;

 単純に、
・うつ状態の時は明るい光を浴びる
・躁状態の時には光を遮る
 と効果が期待できるというもの。

■ 双極性障害の治療に「光の調整」〜うつ状態には「照射」、躁状態には「遮断」
2017年09月05日:メディカル・トリビューン
 光と気分には関係があることが科学的に解明されつつある。うつ状態の改善には光の照射が、躁状態の改善には光の遮断が効果的だという。大分大学精神神経医学講座の平川博文氏らは、双極性障害の治療に日常生活における光の調整を取り入れ、患者の気分安定化を図っている。うつ症状の強い患者には朝に太陽光を浴びることを指導、あるいは光線療法を導入躁状態の強い患者には夕方から夜間にかけてオレンジ色のサングラス着用を指導している。難治性の患者には両者を併用することもあるという。

朝に太陽光を浴びるよう指導

 晴れた日にはすっきりした気分になり、曇りや雨の日にはうっとうしい気分になるのは多くの人が自覚するところだろう。平川氏らは健常者を対象にした検討で、普段から光を多く浴びる人ほど抑うつの程度が低いこと〔Psy­chopharmacology(Berl)2011; 213: 831〕、環境光が増えると小脳虫部の機能が抑制されることを明らかにしている。小脳虫部の血流が増加すると抑うつ気分が出現するという報告もあることから(Neuro­image 1998; 7: S901)、同氏は光を浴びるとすっきりした気分になる機序として、「環境光により小脳虫部の機能が抑制されることで抑うつが予防される可能性がある」と指摘する。

 この他にも、年間の総日照時間が長い都道府県ほど自殺率が低い(Lancet 2002; 360: 1892)、午前中あるいは勤務時間内に光を多く浴びている会社員の方が抑うつの程度が低い(Sleep Health 2017; 3: 204-215)などの研究がある。

 そこで、同氏は双極性障害患者に対し、外出時間を記入させたりアクチウォッチを装着させることで、その患者が浴びている環境光を推測あるいは実測し、生活指導に役立てている。抑うつ症状が出現した際は、意識して光を多く浴びるよう指導。症状に応じて光を浴びる時間を調整することで、気分安定化を図る。妊婦や高齢者といった薬剤調整が困難な場合でも、朝に太陽光を浴びるように指導することで、抑うつ症状が改善した症例を経験しているという。

朝の時間帯に高照度または"夜明け"の人工光を照射
 光の抗うつ効果をより積極的に活用する試みが光線療法だ。その1つ、高照度光療法は2,500~1万ルクス程度の人工光を朝の時間帯に30分~2時間程度照射する治療法である。
 季節性感情障害の治療法として普及したが、最近は非季節性うつ病、双極性障害の抑うつ状態の治療にも用いられている。また、dawn stim­ulationという治療法もある。これは起床時に1~2時間をかけて、夜明けの薄暗い光に相当する2~300ルクスの人工光(wake up light)を徐々に照度を上げながら照射するものだ。
 これまでに発表されたメタ解析では、高照度光療法は季節性感情障害患者および非季節性うつ病患者のうつ症状を、dawn stimulationは季節性感情障害患者のうつ症状を有意に改善(Am J Psychiatry 2005; 162: 656-662)、さらに高照度光療法は双極性障害患者のうつ症状を有意に改善している(Eur Neuropsy­cho­pharmacol 2016; 26: 1037-1047)。

 大分大学病院では、抑うつ状態にある双極性障害患者にこれらの光線療法を試みており、症状が改善した症例を経験している。

夕方から夜間にかけて
オレンジ色のサングラスを着用

 一方、躁状態の強い患者には、夕方から夜間にかけて室内光を遮断することの有用性が指摘されている。最初に行われたのは患者を暗室に隔離するdark therapyだ。躁状態の双極性障害患者16例を午後6~8時に3日連続で暗室に隔離したところ、対照群に比べ躁状態が改善した(Bipolar Disord 2005; 7: 98-101)。

 汎用性が低いdark therapyに代わって考案されたのが、夕方から夜間にかけてオレンジ色のサングラスを着用させるvirtual darkness conditionという方法である。
 睡眠障害を有する双極性障害患者21例に午後8時から就寝時までオレンジ色のサングラスを着用させたところ、半数の患者が睡眠障害の改善を自覚。そのうちの多くがサングラスの着用を中止したところ効果が消失し、再着用により効果を再確認したという(Med Hy­poth­eses 2008; 70: 224-229)。また、双極性障害患者23例を対象に、1週間にわたり午後6時から翌日の午前8時までオレンジ色または透明のサングラスを着用させたランダム化比較試験では、オレンジ色サングラス群で躁症状の有意な改善が確認された(Bipolar Disord 2016; 18: 221-232)。

 平川氏によると、患者を隔離することなく540nmより短い波長の光(青色光を含む)を遮断することができるのがvirtual darkness conditionの特徴。青色光が網膜に届くとメラトニンの分泌が抑制されるが、オレンジ色のサングラスで青色光を遮断することでメラトニンが安定して分泌されるためよく眠れると考えられる。

 さらに同氏らは難治性双極性障害患者に対しては、高照度光療法とvir­tu­al darkness conditionの併用を試みている。薬物療法のみでは精神症状が安定しない双極性障害患者に対して、この2つの方法を併用して光の調整を行うことで、症状が安定する症例を経験。同氏らは、このような併用療法をlight mod­u­la­tion ther­apyとして提唱している。
(本記事は、第113回日本精神神経学会の発表を基に構成)

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高尾山に息づく精神障害者療養の歴史

2017-09-06 06:54:51 | 精神科医療
 高尾山は交通が便利になる以前は山奥でした。
 精神病者の療養先になったことも歴史的に頷けます。

■ 高尾山に息づく精神障害者療養の歴史
2017年06月30日:メディカル・トリビューン
 ミシュランガイドで最高ランクの3つ星観光地に選出され、多くのハイカーで賑わう高尾山(東京都八王子市)。しかし、近代医療が整備される以前、ここが精神障害者の療養の地であったことはあまり知られていない。山中の瀧の近くには精神障害者を収容する民間宿泊施設が存在し、療養の場となっていた。神奈川県立精神医療センターの伊津野拓司氏は、その1施設に伝来する明治から昭和初期にかけての宿帳の全データを分析し、第113回日本精神神経学会(6月22~24日)で発表した。当地には現在,精神科病院があり、前近代からの精神障害者療養の歴史を受け継いでいる。
2つの瀧に近接して精神障害者を受け入れる宿泊施設が存在
 伊津野氏によると、わが国では明治以前に、神社仏閣の付属施設、旅館などが精神障害者の療養の場となった例は数多く存在する。明治になって精神科病院が設立されるようになったが、病院で治療を受ける者は少なく、なお民間施設が精神障害者の受け皿となるケースが多かった。古くから山岳信仰の場であった高尾山も、山麓に精神障害者用の民間施設が点在した。
 高尾山で特徴的なのは瀧の存在だ。蛇瀧、琵琶瀧の2つが現存するが、かつてはそれぞれの瀧に近接して精神障害者を受け入れる宿泊施設が存在した。蛇瀧近くの施設は「蛇瀧茶屋」(別名、ふぢ屋新兵衛)と呼ばれたが(写真)、同氏の共同研究者である関東労災病院の金川英雄氏が1900(明治33)年から1938(昭和13)年にかけての宿帳を発見、分析を進めている。宿帳から垣間見える精神障害者療養の実態については、両氏がこれまで同学会で発表しており、「先達」「看護人」と呼ばれる人が「脳病」「精神病」などの用語を宛てられる精神障害者を引率していたこと、滞在し蛇瀧に向かう者が大半を占め、現在の解放病棟のような役割を担っていたことを明らかにしている。
 今回は、伊津野氏が宿帳の全データをエクセル入力し、宿泊者の利用状況を検討した。
20日を超える長期滞在、瀧で頸部を刺激し感情を鎮静か
 宿帳に記載された全宿泊者は3,058人、そのうち病気の療養目的であることが記載されていたのは126人。内訳は精神病が79人と最も多く、脚気23人、眼病5人、付き添い12人、その他7人であった。宿泊者の住所は東京102人、神奈川12人、埼玉4人など。精神病79人の平均年齢は32.1歳、平均宿泊日数は23.1日であった。
 宿泊者は大正期に全盛を迎え、昭和になると衰退していった。その理由について、伊津野氏は、1927(昭和2)年に大正天皇の多摩御陵がつくられ、京王線が高尾山口まで延伸したことでアクセスが容易になったことを指摘。さらに、2つの瀧の近くに精神科病院が建設され、高尾山の瀧周辺で展開された精神障害者療養の役割は精神科病院に継承されたとの見方を示した。現在、蛇瀧の近くには駒木野病院、琵琶瀧の近くには東京高尾病院が建つ。民間施設が精神科病院へ転身した事例は、京都のいわくら病院などにも認められるという。
 なお、瀧を利用した療養について、同氏は「頸部を刺激することによって、高揚する感情の鎮静効果を得ていたと考えられる」と推測した。
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「オープンダイアローグ」とは

2017-09-03 08:36:09 | 精神科医療
 TVで見たことのあるオープンダイアローグの記事が目にとまりました。

■「オープンダイアローグ」とは=対話で精神病からの回復目指す
2017/09/02:時事メディカル
 最近、フィンランド発祥の「オープンダイアローグ」と呼ばれる精神療法が注目されている。文字通り「開かれた対話」による治療で、入院や薬剤を極力使用しない点が大きな特徴だ。統合失調症やうつ病、引きこもりなどの治療に大きな成果を挙げているオープンダイアローグについて、筑波大学(茨城県つくば市)の斎藤環教授に聞いた。
◇対話による症状緩和
 オープンダイアローグは、1980年代にフィンランドの西ラップランド地方にあるケロプダス病院で始まった。患者や家族から連絡を受けた医療チームが24時間以内に訪問し、ミーティングを行いながら症状緩和を目指す療法だ。
 ミーティングの参加者は患者、家族、医師、看護師、セラピストらで、1回当たりの時間は1時間半程度。参加者全員が平等な立場で、症状が改善するまで毎日行われる。
 「ミーティングは全員が発言し、医療チームで行われる話し合いもすべて患者さんの前で行います。薬物治療や入院は極力避けますが、必要な場合には患者さんを含めたミーティングで決定します」と斎藤教授。
 オープンダイアローグを導入した西ラップランド地方では、統合失調症患者の入院治療期間が平均19日短縮され、通常治療では100%の服薬が必要な患者の割合は35%にとどまった。2年後の調査で症状の再発がない、あるいは軽いものにとどまっていた患者は82%(通常治療50%)、再発率も24%(同71%)と大きな成果があり、世界各国で導入が進んでいる。
◇日本での可能性
 患者にとっては朗報だが、保険適用外であることや、従来の薬物療法中心の精神病治療の考え方を変える必要があるなど、国内での普及には大きな壁がある。
 「24時間態勢で医療チームを組み、連日患者宅を訪問するのは困難」との声もあるが、「個々の事情に合わせて行えば可能で、幻聴などによる危機の解消まで毎日続けることも絶対条件ではありません」と、斎藤教授は話す。
 現在、国内で実施している施設はまだ数カ所だが、「研修を定期的に実施しており、実践の中でセラピストを育成することもできる」として「オープンダイアローグネットワークジャパン」を中心に普及を進めている。
 斎藤教授は「書籍などを通じて学ぶことで、家族が実践することも可能です」と、「対話」がもたらす精神病の治療の変革に大きな期待を寄せている。



■オープンダイアローグ創始者が公開「対話」
2017年08月31日:メディカル・トリビューン
 薬物治療にほとんど依存せず、在宅でのミーティングを通して統合失調症を治療する−。そんな画期的な精神療法が、国内外で大きな注目を集めている。フィンランド・西ラップランド地方のケロプダス病院で1980年代から開発と実践が続けられてきた「オープンダイアローグ(Open Dialogue)」だ。オープンダイアローグの創始者であるユヴァスキュラ大学教授のJaakko Seikkula氏と元・西ラップランド地方医療区精神科医長のBirgitta Alakare氏が来日、8月20日、東京大学安田講堂で講演を行った(主催=オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン)。会場は詰めかけた900人を超える聴衆でほぼ満席となり、オープンダイアローグに対する関心の高さをうかがわせた(関連記事「オープンダイアローグ、創始者が来日講演へ」)。
診断にあえて踏み込まず、「不確実性」に耐える
 Seikkula氏とAlakare氏の「強い希望」により、両氏の「対話」形式で進行されたこの日の講演会。まるで、日常会話の延長のようにリラックスした様子で行われた両氏の「対話」に、集まった聴衆が耳を傾けた。
 そもそも、ケロプダス病院で実践されているオープンダイアローグとは、どのような治療法なのだろうか。その概略は、以下の通りである。
 統合失調症発症直後の急性期、依頼を受けた同院では24時間以内に専門家によるチームが結成され、患者の自宅で本人や家族を交えたミーティングが開始される。その際、患者、家族、医師、看護師、心理士らが1つの部屋で車座になり、症状が落ち着くまで連日ミーティングを継続するのである。議論を導く特定の司会者を置かず、全員が対等の立場から発言を行う。
 このように、「治療」としては極めてシンプルな方法だが、Seikkula氏ら(共著)が2003年に発表した論文では、着実な成果が報告されている。統合失調症の標準的治療との比較において、オープンダイアローグによる治療では、服薬を要した例は対照群の100%に対し35%だった。2年後の予備調査においても、オープンダイアローグ群の82%は再発がないか、ごく軽微なものにとどまり(対照群50%)、障害者手当を受給したのは23%(同57%)、再発率は24%(同71%)だった(Fam Process 2003; 42: 403-418)。
 オープンダイアローグでは、医師はあえて診断に踏み込むことはせず、不安定な状態に宙づりにしたまま「対話」が継続される。これは「不確実性への耐性」と呼ばれるオープンダイアローグの大きな特徴で、「対話」の中で両氏はこの点を次のように語った。
 「すぐに決められることばかりではない中で、本人とそのご家族が安心できるような状況をつくり上げていくことが大事です。そのためにこそ、一緒のミーティングに参加することが大切なのです。何が起こったのか、そしてこれからどうするのか、みんなで考えていくのです」(Seikkula氏)
 「『これが答え』というものはありません。答えを一緒につくり上げていくことがとても大切です。そのために、最初から患者さんを診ている人たちが、最後まで一緒になって作業を続けていくことが非常に重要です。人がそこで入れ替わってしまうと、同じ理解が共有できなくなるからです」(Alakare氏)
家族療法の新たな在り方を模索した末に到達
 Seikkula氏がケロプダス病院に着任したのは、1981年のこと。当時は、同院でも統合失調症患者に対し、医師が患者や家族の意向とは関係なく治療方針を決め、それに応じて投薬を行う「通常の」精神医療が行われていたという。
 しかし、患者や家族が治療の現場から排除されていると感じた同氏は、新しい家族療法の在り方を模索。「あちらこちら、いろいろな境界線を探りながら」模索を続けた結果、1984年8月27日、現在のオープンダイアローグにつながる最初のミーティングが行われた。
 「それまでは、医師は医師の職務を果たそうと躍起になり、自分は心理士として心理テストの実施に追い立てられていました。しかし、この日を境にそれをやめて、関係者が一堂に会して同じ場所でミーティングをする、ということになりました」(Seikkula氏)
 「治療のために対話が行われるのではなく、対話の過程で治療方針が決まっていく」とも述べた同氏。主催者によると、この日の講演会には統合失調症の当事者とその家族も多数参加していたという。約2時間に及んだ両氏の公開「対話」は、精神医療に関わる人々の間に、「治療」の新しい方針と可能性を芽生えさせたのではないだろうか。
「場の力」の生成がオープンダイアローグの神髄
 講演終了後、Medical Tribuneでは会場を訪れていた精神科医の松本衣美氏に話を聞いた。同氏は、精神科医として国府台病院(千葉県市川市)と精神病患者への訪問看護を行う「ACT-J」で勤務した後、現在は東京大学大学院医学系研究科でピアスタッフに関する研究を行っている。

―松本先生がオープンダイアローグに関心を持つきっかけはなんだったのでしょうか。

 もともと私は福島県内で精神科医として働いていたのですが、医師が一定の方針を出し、それにコメディカルが従って、患者の声が届かなくなってしまうような精神医療に疑問を持っていました。そうした中で患者を入院させないACT(Assertive Community Treatment)の取り組みを知り、2010年にACTと連携している国府台病院に移りました。オープンダイアローグのことを初めて知ったのは、ACT-Jの専任医師として働いていた2014年のことです。薬のみに頼らず、対話によって症状の寛解を目指すという手法を聞き、とても魅力を感じました。

―本日の講演会を聴いて、どう感じましたか。

 「場の力」というものをすごく感じる会でした。Seikkula先生とAlakare先生のお話を聞いて、会場の皆さんも本当に楽しそうに「対話」をしていました。安心して発言できる場をつくって、いろんな話を聞きながら、自分の中に湧いてきた言葉を口に出して言う。それが、またどこからか反応が返ってくる。そういう「場の力」を感じました。

―健康保険の適用や専門スタッフの確保など、日本の精神医療の現場に取り入れるのは難しいのではないかという指摘もあります。

 オープンダイアローグであれば、治療者も当事者も家族も、同じ目線で対話に参加することになります。今日、会場にいらした方も、今までの精神医療にはないスタイルということで、可能性を感じたのではないかと思います。
 これからは、患者の方から医師に「オープンダイアローグという方法を聞いたんですけど」と質問する機会も増えるのではないでしょうか。それに対して、医師が「そんなの駄目だ」と断言してしまうのはちょっとまずいんじゃないかなと思います。治療の1つの可能性として、検討する必要はあるのではないでしょうか。

―日本の精神医療においては、薬剤の過剰投与やいまだに残る身体拘束など、さまざまな問題が指摘されています。オープンダイアローグは、こういった問題を解決する糸口になるでしょうか。

 そう思います。今の精神医療での教育では、まだ「診断・治療・薬物投与」という医学モデルが主流です。そういう中で、若い医療スタッフが「オープンダイアローグという選択肢もあるんだ」と思うようになれば、時間はかかるかもしれないけれど、ラップランド地方で実際に起きているようなことが日本でも起きるかもしれませんね。
 オープンダイアローグを日本の精神医療の現場に実際に導入するか否か。その判断を下すためには、実証データのよりいっそうの蓄積や受け入れ態勢の強化などが必要と考えられる。一方、同講演会が満席となったように、オープンダイアローグに期待する人々の熱気が存在することも確かだ。
 「対話による治療」というオープンダイアローグの「不確実性」に、日本の精神医療は応えることができるかどうか。医療関係者に大きな問いを投げる講演会となった。
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