発達障がい・こころのやまい

専門外ながら相談を受けることがあり、その際に読んだ本や集めた情報を書き留めました(本棚9)。

ASD(自閉症スペクトラム)に対する薬物療法(西洋医学)

2024-08-29 14:08:36 | ASD 自閉症スペクトラム
これは児童精神科の領域であり、小児科医の私には縁遠い世界です。
基本的に「ASDを治す薬は存在しない」ことになっています。

しかし「発達症(ASD/ADHD)の困り事に漢方を」という小文をまとめてから、
西洋医学による介入はどうなっているんだろう?
と素朴な疑問が生まれました。

検索するといくつかの記事がヒットしましたので、読み込んでみました。

まずは小児ASDに対する薬物療法の報告を。

<ポイント>
・多動性、衝動性、興奮、気質性立腹、自己または他者への攻撃性に対する介入では、リスペリドンやアリピプラゾールなどの非定型抗精神病薬が第1選択薬として用いられている。
・三環系抗うつ薬は、有効性が不確実であり、重大な有害事象が懸念されるため、使用が減少している。
・SSRI、とくにfluoxetineとセルトラリンは、反復行動(不安症状や強迫症状)や過敏性/興奮の治療に有効である可能性があり、ミルタザピンは睡眠に問題を抱える患者に役立つ可能性がある。
・精神刺激薬(程度は低いがアトモキセチン)は、ASDとADHDが合併した症例においても多動性、不注意、衝動性の軽減に効果的であるが、特発性ADHDと比較すると、有効性はやや劣り、副作用発現率は増加する。
・クロニジンとグアンファシンは、多動性や情動行動に対し、ある程度の有効性が期待できる。

攻撃性には精神疾患同様、非定型抗精神病薬が用いられている様子。
古典的な三環系抗うつ薬は効果より副作用が懸念され使われなくなってきており、
SSRIでは、fluoxetineとセルトラリンは強迫症状や過敏性/興奮に有効(かもしれない)、
ミルタザピンは睡眠障害に有効(かもしれない)

さらに報告ではこの領域の2つの大きなハードルとして、
・ASD患者では、臨床反応と副作用の感受性に個人差が大きい。
・ASDの中核症状を直接的に改善する向精神薬はなく、併存症状の軽減や間接的な改善がいくつかの薬剤で報告されているにとどまっている。
ことを挙げています。

やはりASDを治す薬が存在しないことは現在でも事実で、
症状が強い場合は精神疾患に使われる薬剤を流用するけど、
効果や副作用は個人差が大きく、手探りで行っている様子が窺えました。

■ 自閉スペクトラム症に対する小児精神薬理学~システマティックレビュー
ケアネット:2021/05/18)より一部抜粋(下線は私が引きました);
  
 自閉スペクトラム症(ASD)は、一生涯にわたる重度の神経発達障害であり、社会的費用が高く、患者やその家族のQOLに大きな負荷を及ぼす疾患である。ASDの有病率は高く、米国においては小児の54人に1人、成人の45人に1人が罹患しているといわれているが、社会的およびコミュニケーションの欠陥、反復行動、限定的な関心、感覚処理の異常を含むASDの中核症状に対する薬理学的治療は十分ではない。イタリア・メッシーナ大学のAntonio M. Persico氏らは、ASDに対するベストプラクティスの促進、今後の研究のための新たな治療戦略を整理するため、小児および青年期のASDに対し、現在利用可能な最先端の精神薬理学的治療についてレビューを行った。・・・

 主な結果は以下のとおり。

多動性、衝動性、興奮、気質性立腹、自己または他者への攻撃性に対する介入では、リスペリドンやアリピプラゾールなどの非定型抗精神病薬が第1選択薬として用いられている
三環系抗うつ薬は、有効性が不確実であり、重大な有害事象が懸念されるため、使用が減少している
SSRI、とくにfluoxetineとセルトラリンは、反復行動(不安症状や強迫症状)や過敏性/興奮の治療に有効である可能性があり、ミルタザピンは睡眠に問題を抱える患者に役立つ可能性がある
・低用量のbuspironeと行動介入との併用は、限定的かつ反復的な行動に対し、ある程度の有効性が示唆されている。
精神刺激薬(程度は低いがアトモキセチン)は、ASDとADHDが合併した症例においても多動性、不注意、衝動性の軽減に効果的であるが、特発性ADHDと比較すると、有効性はやや劣り、副作用発現率は増加する
クロニジンとグアンファシンは、多動性や情動行動に対し、ある程度の有効性が期待できる
・他の薬剤については、症例報告や非盲検試験で有効性が報告されており、ランダム化比較試験は実施されていない。

 著者らは「ASDの小児精神薬理学の研究は、依然として少なく、2つの大きなハードルがあると考えられる。1つはASD患者では、臨床反応と副作用の感受性に個人差が大きい点があり、この低レベルの予測には、薬剤選択をサポートするうえで、症状固有の治療アルゴリズムやバイオマーカーが寄与する可能性がある。もう1つは、ASDの中核症状を直接的に改善する向精神薬はなく、併存症状の軽減や間接的な改善がいくつかの薬剤で報告されているにとどまっている点である」としている。

<原著論文>


次にASDのADHD症状に対する薬物療法についての報告を。

<ポイント>
・メチルフェニデートは、多動、易怒性、不注意などの症状に対し、プラセボと比較し有効であることが示唆された。定型的症状に対する影響は認められず、メチルフェニデート誘発性の副作用による脱落率が大きな影響を及ぼしている。
・アトモキセチンは、プラセボと比較し、多動および不注意症状に対し有効であることが示唆されたが、定型的症状または易怒性には影響を及ぼさなかった。
・グアンファシン、クロニジン、bupropion、モダフィニルなどの薬剤に関する情報は、限定的であった。

 → メチルフェニデートは、多動、不注意、易怒性に有効であるが、安全性に懸念がある。一方、アトモキセチンは、多動および不注意に緩やかな有効性を示し、副作用プロファイルは比較的良好であった。

当然というか、ADHDに使用されている薬物(メチルフェニデート、アトモキセチン)が適用されており、
効果はメチルフェニデート、安全性はアトモキセチン有利、という内容でした。


■ 自閉スペクトラム症のADHD症状に対する薬理学的介入〜メタ解析
ケアネット:2024/08/08)より一部抜粋(下線は私が引きました);
  
 自閉スペクトラム症(ASD)患者における注意欠如多動症(ADHD)症状の治療に対する薬理学的介入の有効性に関するエビデンスを明らかにするため、ブラジル・Public Health School Visconde de SaboiaのPaulo Levi Bezerra Martins氏らは、安全性および有効性を考慮した研究のシステマティックレビューを行った。・・・
 ASDおよびADHDまたはADHD症状を伴うASDの治療に対する薬理学的介入の有効性および/または安全性プロファイルを評価したランダム化比較試験を、PubMed、Cochrane Library、Embaseのデータベースより検索した。主要アウトカムは、臨床尺度で測定したADHD症状とした。追加のアウトカムは、異常行動チェックリスト(ABC)で測定された他の症状、治療の満足度、ピア満足度とした。
 主な結果は以下のとおり。

・システマティックレビューの包括基準を満たした22件のうち、8件をメタ解析に含めた。
・メチルフェニデートと比較した、クロニジン、モダフィニル、bupropionによる治療に関する研究が、いくつか見つかった。
・メタ解析では、メチルフェニデートは、多動、易怒性、不注意などの症状に対し、プラセボと比較し、有効であることが示唆された。しかし、定型的症状に対する影響は認められず、メチルフェニデート誘発性の副作用による脱落率が大きな影響を及ぼしていることが、データ定量分析より明らかとなった。
アトモキセチンは、プラセボと比較し、多動および不注意症状に対し有効であることが示唆されたが、定型的症状または易怒性には影響を及ぼさなかった
・さらに、研究からの脱落原因となった副作用に、アトモキセチンは影響を及ぼさないことが明らかとなった。

 著者らは「メチルフェニデートは、多動、不注意、易怒性に有効であるが、安全性に懸念がある。一方、アトモキセチンは、多動および不注意に緩やかな有効性を示し、副作用プロファイルは比較的良好であった。グアンファシン、クロニジン、bupropion、モダフィニルなどの薬剤に関する情報は、限定的であった」としている。

<原著論文>
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「依存症」は「孤独な自己治療」

2024-08-24 16:58:04 | 精神科医療
「依存症は治療可能な病気である」ことが最近指摘され、
実践されるようになりました。

万引きや痴漢を繰り返すヒトを“犯罪者”として扱うのではなく、
“治療が必要な病人”と考えるのです。

そんな私の感覚の中で、
表題にあるような、興味ある記事が目に留まりましたので紹介します。
読んでいて、

「従来の依存症診療は治療というより説教に終始し効果がなかった、
 説教でうつ病がよくならないのと同じ」
「根底にある「孤独」に向き合い癒やさなければ解決しない」

という文言には大いにうなづきました。

我々は時々、よかれと思ってやったことなのに、
間違いを犯していることがあります。

例えば、いじめ問題。
いじめる側を悪、と捉えて対処します。
例えば、虐待。
虐待した側を悪、と捉えて対処します。

もちろん、いじめも虐待も、
その行為に対する罰は受けるべきです。

しかしいじめも虐待も増える一方で、
全然解決されていません。

私は片手落ちだと思うのです。
「いじめる側の事情」
「虐待する側の事情」
を理解し、寄り添う行為がなければ解決しないのではないか?
日本ではその視点による対応が後手後手です。

<ポイント>
・法令違反として罰しても依存症という疾患は良くならないことから、依存性物質をやめさせようと強いるのではなく、依存症患者の人格を尊重して困りごとに対応し、物質使用による害を減じることがハームリダクションの理念。
・日本では、「ダメ、ゼッタイ!」というキャッチコピーに代表される、厳罰主義に基づいた施策が実施されている。依存症診療においても、依存症は無理やりでもやめさせることが大切であり、それが治療の基本と考えられていた。
・自分の力ではやめられないのが依存症という病気。そのような患者さんに医療者が「使うんじゃない!」と言うのは、説教であって治療とはいえない。説教でうつ病がよくならないのと同じ。
・精神科の診療の基本は「患者が何に困っていて、どうしたいか?」を聞き、そこを支援すること。どうやったらやめられるかを一緒に考える、というスタンスでなければ治療は進まない。
・依存症患者さんの困りごとを一緒に解決するため、まず、依存症に至る背景を理解する必要がある。すると皆、虐待などの大変つらい過去を持ち、人間不信と自信喪失を抱えて生きていることが判明した。
・依存症患者は「人に癒されず生きづらさを抱えた人の孤独な自己治療」として依存性物質を使用している。
・そのような状況の方に対して、無理に依存性物質をやめさせようとしても無理。根底にある「生きづらさ」「孤独」を癒さなければ、眼前の依存性物質から引き離しても、別の依存性物質に依存先を変えるだけ。
・依存性物質を使用する理由についてアンケートを取ると、6割が「苦しさを紛らわすため」と回答しており、「楽しいから」というのは3割弱にとどまった。
・意思の力でやめられないのが依存症であり、使用するのは病状であると説明している。依存症患者に「味方」と思ってもらわなければ、本音で話してもらえない。医療者は味方であること、困りごとに一緒に対応したいという思いを伝えて関わっていくだけで、いつしか信頼関係が築けて、その信頼関係に癒されるようになり、患者さんは依存症から回復していく。
・本人ができることは本人にやってもらい、本人ができないことを支援する。人を信頼できるようになり、人に癒されることで、依存症は回復していく。
・やめさせることができなくても、関わり続けることで、事故や自殺を防げる可能性がある。

■ 依存症は“孤独な自己治療”
 依存せざるを得ない背景の理解を埼玉県立精神医療センター副病院長の成瀬暢也氏に聞く
聞き手:小板橋律子=日経メディカル
2023/08/22:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

 ハームリダクションと呼ばれる薬物施策を「薬物汚染が深刻な国が、取り締まることができないためにやむなく採用した施策」と誤解していないだろうか。法令違反として罰しても、依存症という疾患は良くならないことから、依存性物質をやめさせようと強いるのではなく、依存症患者の人格を尊重して、困りごとに対応し、物質使用による害を減じることがハームリダクションの理念だ。違法薬物の依存症患者に対しても、ハームリダクションの理念に沿う患者中心の診療を実践している埼玉県立精神医療センターの成瀬暢也氏に、その実際を聞いた。

──成瀬先生は、ハームリダクションという概念が国内で注目されるようになる前から、依存症患者への関わりにおいて「やめさせようとしない治療」を続けていたそうですね。

成瀬 日本では、「ダメ。ゼッタイ。」というキャッチコピーに代表される、厳罰主義に基づいた施策が実施されています依存症診療においても、長らく、依存症は無理やりでもやめさせることが大切であり、それが治療の基本と考えられていました。私自身、そう教育を受け実践していた時期がありましたが、この方法が有効であるとする科学的根拠はありません。厳しいことを言うと患者さんは受診しなくなるだけです。

 そもそも、自分の力ではやめられないのが依存症という病気です。そのような患者さんに医療者が「使うんじゃない!」と言うのは、説教であって治療とはいえない。説教でうつ病がよくならないのと同じです。本人はやめられないから困っているのですから、どうやったらやめられるかを一緒に考える、というスタンスでなければ治療は進まないと考えるようになりました。

 実際、精神科の診療の基本は、「患者が何に困っていて、どうしたいか?」を聞き、そこを支援することです。しかし、なぜか依存症診療はその基本から外れていたのです。私の診療は、本来の精神科の診療を依存症にも適応させているだけです。

 依存症患者さんの困りごとを一緒に解決するため、まず、私は、依存症に至る背景を理解する必要があると考え、患者さんにご自身のことを教えてもらいました。そして分かったことは、皆、虐待などの大変つらい過去を持ち、人間不信と自信喪失を抱えて生きているということです。以下に示すような共通する特徴があるのです。

<依存症患者に共通した特徴>(成瀬氏による)
1. 自己評価が低く自分に自信を持てない
2. 人を信じられない
3. 本音を言えない
4. 見捨てられる不安が強い
5. 孤独でさみしい
6. 自分を大切にできない

 依存症患者さんは、「人に癒されず生きづらさを抱えた人の孤独な自己治療」として依存性物質を使用しているのです。そのような状況の方に対して、無理に依存性物質をやめさせようとしても、無理というものです。根底にある「生きづらさ」「孤独」を癒さなければ、眼前の依存性物質から引き離しても、別の依存性物質に依存先を変えるだけです。

──「孤独な自己治療」とは胸に刺さる言葉です。先生は、覚醒剤のような違法薬物を使用している場合でも、初診時に依存症患者さんを「ようこそ!」と迎えるそうですね。

成瀬 覚醒剤も含めて依存性物質を始めるきっかけは、好奇心や快感希求です。しかし、それだけの目的で使う人は依存症には至らず、依存性物質から卒業していきます。一方、やめられなくなるのは、「孤独な自己治療」として用いる方々です。

 実際、私の患者さんの多くは「生きているのがつらい」と言います。依存性物質を使用する理由についてアンケートを取ったことがあるのですが、6割が「苦しさを紛らわすため」と回答しており、「楽しいから」というのは3割弱でした。加えて、自殺未遂歴がある方が6割もいました。孤独で追い詰められている方が最後の命綱のように薬物に依存しているのです。
・・・
 医療につながっていてもらうことが大切ですから、初診が勝負だと思っています。初診時に「来てよかった」と思ってもらわないと2回目以降につながりません。初診では、受診したことを褒め、困りごとをうかがって一緒に対応していくこと。また、覚醒剤には通報の義務はありません薬物を使用している場合、逮捕されると治療が継続できないという弊害が生じるので、決して通報しないと保証しています。ただし、治療に影響するので、使用した際は正直に教えてほしいとお願いしています。その際、意思の力でやめられないのが依存症であり、使用するのは病状であるとも伝えています。

 違法薬物の場合、逮捕されること自体を阻止するつもりはありませんが、治療の中断につながるため、「逮捕されてほしくない」という思いを伝えています。また、自身の生命の安全を確保するという意味で、使用時の注意点を教えています。例えば、誰かと一緒にもしくは誰かに連絡した上で使用する、使用した後は出歩かない、お酒と併用しない、睡眠を確保する、などです。

 がまんできずに使って、来院する方もいますが、そのような方にも、「よく来たね」と伝えています。使用後に来院するのはとてもたいへんなことですし、もし来院できなければ、孤立を深め、状態が悪化し、死か逮捕かとなるわけで、そう考えるとやはり、「よく来たね」という言葉が心から出てきます。
 とはいえ、外来治療中に逮捕される方は珍しくありません。そのような方には、「出所したらすぐにおいでね」と伝えています。

 依存症患者さんに「味方」と思ってもらわなければ、本音で話してもらえません。本音で話せる場所がなかった方々の「安心できる居場所」になる、これが治療を行う上で何よりも大切だと思っています。

──患者さんにそこまで親身に接していると、先生に依存する患者さんが出てくるのではと危惧しますが、それは大丈夫なのでしょうか。

成瀬 依存症診療で長らく言われていたことの1つに、「共依存になるので、熱心に関わるべきではない」というものがあります。巻き込まれてはダメ、甘やかしてはダメ、手を貸してはダメ、というものです。
 
 もちろん、医師一人で対応すべきではなく、救世主になってはいけません。多職種と一緒にチームで関わります。その際の基本的な考え方として、「本人ができることは本人にやってもらい、本人ができないことを支援する」です。本人ができることまでやってしまうのはよい支援ではないですし、本人ができないことを放置してしまったら、悪化してしまいます。また、治療にマイナスになることははっきり断るなど、線引きは心掛けています。ただし、巻き込まれないと見えないものがたくさんあるとも思うのです。関わった上で、適切な距離感を見つけていく、というプロセスが必要ではないかと思います。

 医療者は味方であること、困りごとに一緒に対応したいという思いを伝えて関わっていくだけで、いつしか信頼関係が築けて、その信頼関係に癒されるようになり、患者さんは依存症から回復していきます。「やめなさい」と一度も言っていないのに、ある時、「先生、やめれたよ」という報告を受けるという経験を数多くしてきました。無理にやめさせようとせず、関わり続けるだけで回復は生まれるのです。まさにこれは、ハームリダクションの理念に沿うもので、図らずも、実践の場で実感しているという状況です。

──まさに「北風と太陽」の寓話のようで、心温まるお話です。

成瀬 依存症は回復します。しかし、そのためには、人を信頼できるようになり、人に癒されることが不可欠だと私は考えています。

──ところで、欧米のような、無償の注射針提供などのハームリダクション施策は日本に必要とお考えでしょうか。

成瀬 海外と日本では、主に使用される薬物や社会状況が異なることから、必要な施策も異なると思います。欧米など海外で問題となっているヘロインは、大量使用時に呼吸抑制で死亡するリスクが高く、強い離脱症状も出ます。そのため、より安全な代替麻薬に置換する治療が実施されています。また、注射針の回し打ちによるHIV感染が激増したため、注射針の無償提供が行われていますが、日本では回し打ちでのHIV感染は少ないというのが現状です。日本で使用されることが多い覚醒剤は、興奮系の薬物で、呼吸抑制リスクがなく、離脱症状もあまりなく、代替療法はありません。

 ただ心配なのが、違法薬物に対する社会の目が厳しく、違法薬物依存者の回復の道を閉ざしかねない風潮が強いことです。通報のリスクから受診のハードルもとても高い。実は、覚醒剤による逮捕者は年々減っていますが、再犯率がとても高く、逮捕者の高齢化が進んでいます。

 加えて、「違法薬物でなければ使って問題ない」という社会風潮が強い点も心配です。「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」の最新データでは、睡眠薬・抗不安薬が、覚醒剤をわずかに抜いて、やめられない薬物として初めて1位になりました(図3)。市販薬の乱用も急増しています。法による厳罰主義だけでは、薬物依存の問題は解決できないと感じています。


図3 1年以内に使用あり症例の「主たる薬物」の比率に関する経年的推移(出典:令和4年度厚生労働行政推進調査事業費補助金による「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」2022年)

 私は、違法薬物も含めて薬物への依存症は、一般の精神科外来で診ることができないかと考えています。これまで紹介したように、覚醒剤であっても私は基本的に外来で診療していますので、病床のない精神科診療所でも実践できます。

 特に、処方薬や市販薬の乱用は、今後ますます増える可能性があり、依存症の専門医療機関だけで全ての患者に対応するのは不可能です。そもそも、処方薬の場合、処方している医師がいるわけですから、その責任もあります。

 処方薬や市販薬への依存症に対してどうアプローチすべきかの具体的な指針は現状ありませんが、依存症患者さんの背景は皆、同じです。人間不信と自信喪失を抱えて生きづらい人たちです。無理にやめさせようとせずに、患者さんと関わり続けていただきたいです。やめさせることができなくても、関わり続けることで、事故や自殺を防げる可能性があります。悪い方向にはいかないでしょう。
 
 アルコール依存症には、内科などの、かかりつけ医に関わっていただきたいと思っています。国内には、アルコール依存症患者は107万人存在すると推定されています。一方、診断が付いているのは5万~8万人程度で、その多くは重症化した後です。軽症患者さんは自覚がなく、治療も受けていませんが、本来、軽症の段階で関与して重症化を予防するのが医療でしょう。
・・・

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