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西南戦争までは日本国内の戦でしたが、そこからわずか四半世紀でこの国は他国への侵略を始めることになるのです。経済的発展によって「先進国」になるということは、日本に限らず、帝国主義化して植民地を収奪し、植民地分割戦争を行なったことと同義なのではと考えざるを得ないのです。
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日清戦争に勝利したものの三国干渉で遼東半島の権利を失い、ロシアの南下が始まります。シベリア鉄道の延伸で一機に韓国まで手中にしようとしていたロシアとの交渉が上手くいかず、已む無く開戦に至るというのが「坂の上の雲」に描かれている時代の流れです。ここにも韓国という国が絡んでいるのです。当時は李氏朝鮮と呼ばれていました。
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1894年の日清戦争後に結ばれた下関条約によって李氏朝鮮は清王朝を中心とした冊封体制から離脱し、形式的な独立や独立国家の実質的な地位を得ることになります。これにより李氏朝鮮は1897年に国号を大韓帝国、君主の号を皇帝と改め、以後中国大陸の影響下から離れるのですが、李氏朝鮮は露館播遷などロシア帝国の影響下に入ることを選んだため、南下政策を危惧してロシアと対立していた英米の日本支持が強まる結果をもたらしたのは確かでしょう。ただ、韓国を巡る問題に関して「坂の上の雲」は必ずしも史実に忠実とはいえないようです。
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日清戦争によって韓国の独立という目的は果たされたかに見えたのですが、今度はロシアに接近し、結局、日露戦争後に日本は韓国を併合してしまうのです。西郷隆盛の征韓論が通っていたら韓国という国はどうなっていたのでしょう。韓国の釜山は対馬からわずか50㎞という距離にあります。江戸時代までは遠い国でしたが、明治という時代になり蒸気船が建造されると、あっという間にその距離が縮まってしまったのです。現在、日清・日露戦争は日韓併合と満州進出を目的としたものと考えるのが多くの歴史家の見解になっています。これは明治政府による侵略戦争と断じる歴史家もいるのです。そうした視点が「坂の上の雲」には欠けているのは事実でしょう。司馬遼太郎はあくまで「国土防衛のための戦い」として日露戦争を描いているのですから。
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