西沢の携帯が鳴った時、その無神経な呼び出し音に輝は少なからず腹を立てた。
また…あいつなの? お邪魔虫…。
珍しく自分から逢いに来てくれた紫苑のために夕食を作り始めたところだった。
しかし…西沢の表情から何かとんでもないことが起きたと察した。
滝川と話しながら…亮とノエルが拉致された…と輝に伝えた。
「輝…すぐに西沢の本家へ向かってくれ。 直行がそこに運ばれる。
怪我をしているようだ。 僕はこのままふたりを捜しに行く。 」
携帯を切った西沢はすぐ脇に来て聞き耳を立てていた輝に言った。
「分かったわ。 紫苑…気をつけてね…。 」
輝もすぐにバッグを取り、西沢と一緒に玄関まで出た。
靴を履くのももどかしそうにしていながら西沢は急に振り返り、輝と唇を重ねた。
「輝…結婚しようか…。 」
輝は一瞬戸惑った…が…すぐに切ない笑みを浮かべた。
「馬鹿ね…こんな時に…。 冗談言ってる場合じゃないのよ…。 」
西沢はちょっと寂しげな目をしたがすぐに笑顔を見せた。
じゃあな…と輝に声をかけてそのまま振り返りもしないで出かけていった。
何言ってるんだか…。
そう呟きながら輝は玄関に鍵をかけて自分も家を後にした。
何もない空間…眼を覚まして辺りを見回した亮はそう感じた。
上を見ても下を見ても茫洋とした白い景色が続くだけ…まるで巨大な白いボールか箱の中心にでも居るような気分だ。
すぐ傍にノエルの姿があった。怪我などしている様子はなさそうだ。
揺り起こすとすぐに目覚めた。
ノエルも不思議そうに白い空間を見回した。
「何処だろう…? 」
亮は微かに覚えがあるような感じもしていた。
暑くも寒くもなく…ほんのりと温かい…。
白く見えるのは何か力が働いているせいで…亮が知っているそこはもっと暗い世界だったような気がする…。
人の気配はまったくしないのに何かが傍にいることは確かで、その視線を痛いほど浴びていた。
不意に何者かがノエルに触れた。
姿も形もないがノエルの全身を隈なく探っている。
くすぐったさに耐え切れずノエルが可笑しくもないのに笑い転げた。
「やめてくれ! 気持ち悪いから触んな! 」
見えない相手に向かってそう叫んだ。
相手は誰かと相談するかのように少し間をおいてからノエルに話しかけた。
『おまえが…産め…。 』
はぁ…? 産めって何を…? ノエルと亮は顔を見合わせた。
『新しい気…を産みだせ…。 』
気…を産む? ノエルにはそれが何のことか理解できなかったが自分が産む性と識別されたことだけはなんとなく分かった。
どうやら先程ノエルの身体を探りまくったのは、ノエルの性別を確かめるためだったようだ。
冗談じゃない…と思った。 産めるわけないじゃないか…。
『おまえが新しい生命の気を産み出せば…我々はそれをもとに大きな気を育むことができる…。
失われたものがあまりにも大きく我々が元から産んでいては時が掛かり過ぎる。
おまえが元気を産み出せ…。 』
できるわけないよ…。 無理だよ…。 そんなのどうしていいか分からない…。
ノエルは難題を押し付けられて困惑した。
何かがノエルの腕を引っ張って引き摺り倒し押さえつけた。
亮がその見えない敵からノエルの身体を取り返そうとするといきなり両腕を摑まれて突き倒され後ろ手に押さえつけられた。
『おまえがそうしなければ…この男から生命の気を抜き取る…。 』
何をされたのか分からないが亮は一瞬身体からふっと何かが抜けたのを感じた。
「何をした? 」
亮が訊くと見えない敵は可笑しげに笑った。
『少しだけ気を抜いてやったのだ…。 おまえから徐々に気を奪い取ってやる。
すべての気を失えば…おまえは死ぬ…。 』
ノエルが悲痛な声をあげた。どうしよう…どうしよう…亮が死んじゃう…。
だけど…僕…どうしたらいいのか分からない…。
「ノエル! できないものはできないんだ! おまえのせいじゃない…。 」
再び何かが亮の中から抜けた。貧血にでもなったかのように少しくらっとした。
それを見てノエルがまた叫び声をあげた。 だめ! 亮を殺さないで!
『さあ…産みだせ…新しい生命の気を…。 』
亮とノエルが連れ去られたと連絡を受けた西沢本家は俄かに騒然となった。
亮は紫苑の実弟であり西沢家にとっては近い親戚でもある。
ノエルの方は英武の若い恋人千春の兄であり何れは親戚になる可能性もあった。
谷川から直行を受け取った後、英武が直行の怪我の手当てをしながら詳しい状況を読み取った。
旭の顔を借りたエナジーの化身が襲撃した者たちの中に潜んでいたことから、今までのような能力者同士による洗脳のための誘拐とは違う…と感じ取った。
かつて亮が狙われた時と同じ気配がした。
事態がより緊迫した状態にあると考えた英武は、急ぎ一族の情報網を使ってふたりの行方の手がかりを捜した。
とにかく身内だけは集めておいた方がいいだろう…と怜雄が有や相庭、ノエルの父高木智哉に連絡を取った。
有と相庭は仕事らしく出かけていたが智哉は千春を連れてすぐに現れた。
輝もその後から駆けつけた。
紅村旭や花木桂も少し遅れて本家の門を叩いた。
とにかく今は紫苑か恭介からの連絡を待つしかない。
何もすることのできないもどかしい時間だけが刻々と過ぎていった。
亮がまだあのチェーンを身につけていてくれることを西沢は願った。
あのチェーンにはまだ西沢自身の思念が残っている。
彼らの居場所に強力な結界が張られていたとしても上手くすれば抜けられる。
亮の気配…ノエルの気配…西沢はふたりが連れ去られた現場からそれだけを頼りに追跡を始め、今…おそらくふたりが閉じ込められているだろう場所をようやく探りあてた。
亮たちの大学の構内…以前に滝川とふたりで講演をしながら何かが潜んでいると確信した場所…。
それは決して太極だけの気配ではなかったのだ。
構内に一歩踏み入れると西沢の行く手を阻むかのように暗示に掛かった能力者たちが襲い掛かってきた。
ずっと捕まらなかった夕紀もそのひとりだった。
やれやれ…お嬢さん…やっとご対面だ。
戦うのは何ほどのことでもなく、西沢はそんなことを思いながら彼等にかけられた暗示を解いた。
広大な敷地のいくつもの建物のうち太極の好んだあの校舎の近くで亮とノエルの気配が強く感じられた。
「玲人…居るんだろう? 」
西沢は背後の闇の中に向かって声をかけた。玲人の姿が闇の帳から分かれ出た。
「僕はこれから結界を越える。 何とかしてふたりを脱出させるつもりだ。
ふたりが出てきたら…おまえできる限り早急にふたりを連れてここから逃げ出せ。
僕が戻らなくても絶対入ってくるな。 入れんとは思うけど…。
逃げて…何とかみんなで生き延びる方法を探し出せ。 」
馬鹿な…と玲人は思った。西沢を護るのが役目の自分が西沢に護って貰うなどあってはならない…と。
「先生…中へは私が行くから先生こそ逃げてくださいよ…。
先生に死なれちゃ親父も商売上がったりで…。 」
玲人がそう言うと西沢は可笑しげに笑った。
「有り難いけど…この結界を破るのは…おまえには無理だよ…玲人。
相庭には…長いこと世話になった…と伝えてくれ…。
心から感謝している…。
それから…母が死んだのはあなたのせいじゃない…と…そう言っておいてくれ。」
玲人は驚いたように西沢の顔を見つめた。
「ご存知だったんで…先生? 」
西沢は微笑んだまま頷いた。
「ああ…それから…仕事部屋に…みんなに宛てたものがあるから…。
おまえから渡してくれないか…。 もし…僕が死んじまったらの話だけど…。
じゃあな…頼んだぜ…。 」
軽く手を振って西沢はふたりの気配のする校舎へと入っていった。
待って先生…玲人は後を追ったが入り口のところで結界に跳ね返されてしまった。
紫苑…紫苑…どうか…無事で…。
その場に立ち尽くすより他になす術もないまま…玲人は胸の内でそっと呟いた…。
ふたりが攫われた現場に到着した滝川は、すでにこの場所へ西沢が来たことを感じ取った。
輝や英武と違って過去を読み取ることの苦手な滝川は、西沢の気配だけで向かうべき方向を定めた。
ある程度は勘も働かせた。
以前…紫苑と感じ取ったあの気配の場所…紫苑が向かったのはそこに違いない…。
校門のところでぼんやりしている女の子を見かけた。
どうしたの…と声をかけると女の子は驚いたように滝川を見た。
門灯に照らされたその顔を見た限りではなかなかの美少女…だった。
大丈夫…? 気分でも悪いの…?
滝川にそう訊かれて女の子は首を横に振りながら軽く微笑んだ。
いいえ…大丈夫です…うっかり居眠りしてたみたいで…。
いけない…こんなに遅くなっちゃった…と時計を見ながら慌てたように言った。
気をつけて帰るんだよ…と滝川は忠告した。
女の子はまた軽く微笑んで…有難うございます…と答え、急ぎ、駅の方へと駆けて行った。
女の子の後姿を見送りながら紫苑が暗示を解いた後に違いないと感じた。
確かにここだ…と確信した滝川は暗い構内を街灯を頼りにあの校舎へと向かった。
点在する暗い校舎の所々に窓の明かりが浮かんで見える。
あの窓の向こう側にいる人たちは外で起こりつつあることに何も気付いていない。
気付かないまま死を迎えるのは幸せなのか不幸なのか…。
誰にも分からないだろうな…その答えは…。
まあ…少なくとも…知ってしまった以上は黙って消されたくはない…。
たとえ…敵わぬ相手だとしても…。
次第に強くなる紫苑の気配を感じながら滝川はそんなことを思った…。
次回へ
また…あいつなの? お邪魔虫…。
珍しく自分から逢いに来てくれた紫苑のために夕食を作り始めたところだった。
しかし…西沢の表情から何かとんでもないことが起きたと察した。
滝川と話しながら…亮とノエルが拉致された…と輝に伝えた。
「輝…すぐに西沢の本家へ向かってくれ。 直行がそこに運ばれる。
怪我をしているようだ。 僕はこのままふたりを捜しに行く。 」
携帯を切った西沢はすぐ脇に来て聞き耳を立てていた輝に言った。
「分かったわ。 紫苑…気をつけてね…。 」
輝もすぐにバッグを取り、西沢と一緒に玄関まで出た。
靴を履くのももどかしそうにしていながら西沢は急に振り返り、輝と唇を重ねた。
「輝…結婚しようか…。 」
輝は一瞬戸惑った…が…すぐに切ない笑みを浮かべた。
「馬鹿ね…こんな時に…。 冗談言ってる場合じゃないのよ…。 」
西沢はちょっと寂しげな目をしたがすぐに笑顔を見せた。
じゃあな…と輝に声をかけてそのまま振り返りもしないで出かけていった。
何言ってるんだか…。
そう呟きながら輝は玄関に鍵をかけて自分も家を後にした。
何もない空間…眼を覚まして辺りを見回した亮はそう感じた。
上を見ても下を見ても茫洋とした白い景色が続くだけ…まるで巨大な白いボールか箱の中心にでも居るような気分だ。
すぐ傍にノエルの姿があった。怪我などしている様子はなさそうだ。
揺り起こすとすぐに目覚めた。
ノエルも不思議そうに白い空間を見回した。
「何処だろう…? 」
亮は微かに覚えがあるような感じもしていた。
暑くも寒くもなく…ほんのりと温かい…。
白く見えるのは何か力が働いているせいで…亮が知っているそこはもっと暗い世界だったような気がする…。
人の気配はまったくしないのに何かが傍にいることは確かで、その視線を痛いほど浴びていた。
不意に何者かがノエルに触れた。
姿も形もないがノエルの全身を隈なく探っている。
くすぐったさに耐え切れずノエルが可笑しくもないのに笑い転げた。
「やめてくれ! 気持ち悪いから触んな! 」
見えない相手に向かってそう叫んだ。
相手は誰かと相談するかのように少し間をおいてからノエルに話しかけた。
『おまえが…産め…。 』
はぁ…? 産めって何を…? ノエルと亮は顔を見合わせた。
『新しい気…を産みだせ…。 』
気…を産む? ノエルにはそれが何のことか理解できなかったが自分が産む性と識別されたことだけはなんとなく分かった。
どうやら先程ノエルの身体を探りまくったのは、ノエルの性別を確かめるためだったようだ。
冗談じゃない…と思った。 産めるわけないじゃないか…。
『おまえが新しい生命の気を産み出せば…我々はそれをもとに大きな気を育むことができる…。
失われたものがあまりにも大きく我々が元から産んでいては時が掛かり過ぎる。
おまえが元気を産み出せ…。 』
できるわけないよ…。 無理だよ…。 そんなのどうしていいか分からない…。
ノエルは難題を押し付けられて困惑した。
何かがノエルの腕を引っ張って引き摺り倒し押さえつけた。
亮がその見えない敵からノエルの身体を取り返そうとするといきなり両腕を摑まれて突き倒され後ろ手に押さえつけられた。
『おまえがそうしなければ…この男から生命の気を抜き取る…。 』
何をされたのか分からないが亮は一瞬身体からふっと何かが抜けたのを感じた。
「何をした? 」
亮が訊くと見えない敵は可笑しげに笑った。
『少しだけ気を抜いてやったのだ…。 おまえから徐々に気を奪い取ってやる。
すべての気を失えば…おまえは死ぬ…。 』
ノエルが悲痛な声をあげた。どうしよう…どうしよう…亮が死んじゃう…。
だけど…僕…どうしたらいいのか分からない…。
「ノエル! できないものはできないんだ! おまえのせいじゃない…。 」
再び何かが亮の中から抜けた。貧血にでもなったかのように少しくらっとした。
それを見てノエルがまた叫び声をあげた。 だめ! 亮を殺さないで!
『さあ…産みだせ…新しい生命の気を…。 』
亮とノエルが連れ去られたと連絡を受けた西沢本家は俄かに騒然となった。
亮は紫苑の実弟であり西沢家にとっては近い親戚でもある。
ノエルの方は英武の若い恋人千春の兄であり何れは親戚になる可能性もあった。
谷川から直行を受け取った後、英武が直行の怪我の手当てをしながら詳しい状況を読み取った。
旭の顔を借りたエナジーの化身が襲撃した者たちの中に潜んでいたことから、今までのような能力者同士による洗脳のための誘拐とは違う…と感じ取った。
かつて亮が狙われた時と同じ気配がした。
事態がより緊迫した状態にあると考えた英武は、急ぎ一族の情報網を使ってふたりの行方の手がかりを捜した。
とにかく身内だけは集めておいた方がいいだろう…と怜雄が有や相庭、ノエルの父高木智哉に連絡を取った。
有と相庭は仕事らしく出かけていたが智哉は千春を連れてすぐに現れた。
輝もその後から駆けつけた。
紅村旭や花木桂も少し遅れて本家の門を叩いた。
とにかく今は紫苑か恭介からの連絡を待つしかない。
何もすることのできないもどかしい時間だけが刻々と過ぎていった。
亮がまだあのチェーンを身につけていてくれることを西沢は願った。
あのチェーンにはまだ西沢自身の思念が残っている。
彼らの居場所に強力な結界が張られていたとしても上手くすれば抜けられる。
亮の気配…ノエルの気配…西沢はふたりが連れ去られた現場からそれだけを頼りに追跡を始め、今…おそらくふたりが閉じ込められているだろう場所をようやく探りあてた。
亮たちの大学の構内…以前に滝川とふたりで講演をしながら何かが潜んでいると確信した場所…。
それは決して太極だけの気配ではなかったのだ。
構内に一歩踏み入れると西沢の行く手を阻むかのように暗示に掛かった能力者たちが襲い掛かってきた。
ずっと捕まらなかった夕紀もそのひとりだった。
やれやれ…お嬢さん…やっとご対面だ。
戦うのは何ほどのことでもなく、西沢はそんなことを思いながら彼等にかけられた暗示を解いた。
広大な敷地のいくつもの建物のうち太極の好んだあの校舎の近くで亮とノエルの気配が強く感じられた。
「玲人…居るんだろう? 」
西沢は背後の闇の中に向かって声をかけた。玲人の姿が闇の帳から分かれ出た。
「僕はこれから結界を越える。 何とかしてふたりを脱出させるつもりだ。
ふたりが出てきたら…おまえできる限り早急にふたりを連れてここから逃げ出せ。
僕が戻らなくても絶対入ってくるな。 入れんとは思うけど…。
逃げて…何とかみんなで生き延びる方法を探し出せ。 」
馬鹿な…と玲人は思った。西沢を護るのが役目の自分が西沢に護って貰うなどあってはならない…と。
「先生…中へは私が行くから先生こそ逃げてくださいよ…。
先生に死なれちゃ親父も商売上がったりで…。 」
玲人がそう言うと西沢は可笑しげに笑った。
「有り難いけど…この結界を破るのは…おまえには無理だよ…玲人。
相庭には…長いこと世話になった…と伝えてくれ…。
心から感謝している…。
それから…母が死んだのはあなたのせいじゃない…と…そう言っておいてくれ。」
玲人は驚いたように西沢の顔を見つめた。
「ご存知だったんで…先生? 」
西沢は微笑んだまま頷いた。
「ああ…それから…仕事部屋に…みんなに宛てたものがあるから…。
おまえから渡してくれないか…。 もし…僕が死んじまったらの話だけど…。
じゃあな…頼んだぜ…。 」
軽く手を振って西沢はふたりの気配のする校舎へと入っていった。
待って先生…玲人は後を追ったが入り口のところで結界に跳ね返されてしまった。
紫苑…紫苑…どうか…無事で…。
その場に立ち尽くすより他になす術もないまま…玲人は胸の内でそっと呟いた…。
ふたりが攫われた現場に到着した滝川は、すでにこの場所へ西沢が来たことを感じ取った。
輝や英武と違って過去を読み取ることの苦手な滝川は、西沢の気配だけで向かうべき方向を定めた。
ある程度は勘も働かせた。
以前…紫苑と感じ取ったあの気配の場所…紫苑が向かったのはそこに違いない…。
校門のところでぼんやりしている女の子を見かけた。
どうしたの…と声をかけると女の子は驚いたように滝川を見た。
門灯に照らされたその顔を見た限りではなかなかの美少女…だった。
大丈夫…? 気分でも悪いの…?
滝川にそう訊かれて女の子は首を横に振りながら軽く微笑んだ。
いいえ…大丈夫です…うっかり居眠りしてたみたいで…。
いけない…こんなに遅くなっちゃった…と時計を見ながら慌てたように言った。
気をつけて帰るんだよ…と滝川は忠告した。
女の子はまた軽く微笑んで…有難うございます…と答え、急ぎ、駅の方へと駆けて行った。
女の子の後姿を見送りながら紫苑が暗示を解いた後に違いないと感じた。
確かにここだ…と確信した滝川は暗い構内を街灯を頼りにあの校舎へと向かった。
点在する暗い校舎の所々に窓の明かりが浮かんで見える。
あの窓の向こう側にいる人たちは外で起こりつつあることに何も気付いていない。
気付かないまま死を迎えるのは幸せなのか不幸なのか…。
誰にも分からないだろうな…その答えは…。
まあ…少なくとも…知ってしまった以上は黙って消されたくはない…。
たとえ…敵わぬ相手だとしても…。
次第に強くなる紫苑の気配を感じながら滝川はそんなことを思った…。
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