「ねえ…きみ。 」
講義が終わって帰り支度をしている時に、面識のない学生から突然声をかけられて真貴は少々驚いた。
栗イガの髪型から城崎だということが分かった。周りにはまだ大勢人がいる。
真貴はすぐに障壁を張った。
「きみ五人組の男の子たちの仲間だろ? 紫峰透くんのさ。 」
城崎は親しげに語りかけた。
「仲間ってか…いとこだけど…。 」
何だこの子も一族か…と城崎は思った。
「きみさ。 人助けしない? せっかくすごい力を持ってんだからさ。
有効に使おうよ…。 」
「何だ。 ナンパじゃないの? いい男なのにな。 」
真貴は笑いながら言った。
「ナンパ? そんな軽いことはしないけど…勧誘してるわけよ。 」
「あ~あ。 あんたかマジシャンを探している妙な兄ちゃんて。
老人ホーム巡りが好きなんだってね。 やっぱハトとかウサギとか使う系? 」
城崎はまた目が点になった。
いとこ同士でよくまあ同じ冗談を言ってくれるじゃないの…。
「だからそれは誤解だって。 僕が探しているのは超能力者。 」
真貴は訝しげな顔をした。
「超能力? スプーンとか曲げるやつ? そんなのほんとにできんの? 」
城崎はやれやれというように肩をすくめた。
透の一族はみんな役者だと思った。
「きみの張った障壁に気付かない僕じゃないんだけど…。
スプーン曲げよりは障壁の方が格段に難しいと思うんだけどねえ。
ま…いいでしょ。 それが返事ってことで…。 それじゃ気が向いたらまたね。」
手を振りながら城崎はその場を立ち去った。
あたりに張り巡らせた障壁を解くと真貴は急いでみんなにメールした。
城崎の姿が連日雑誌やテレビで紹介され、それに伴って城崎の取り巻き連中も何人かテレビなどに姿を現すようになった。
西野が調べた限りでは未だ紫峰の若手でそのような番組に姿を晒したものはいないが今後のことは分からない。
透たちは自重しているし、長老衆や世話人も末端まで目を光らせている。
藤宮では笙子の配下の者たちが監視を怠らない。
西野が感心するのは家庭生活ではハチャメチャな悪妻として名高い笙子が藤宮の中枢部では優れた智将振りを発揮しているということだ。
さすがに藤宮の長だけのことはあり、在学中に会社を立ち上げた力量も頷ける。
そう言えば人一倍作法やしきたりにうるさいはずの伯母はるが何故かこの奥さまを気に入っていて、まるで修に仕えるように笙子にも礼を尽くしている。
伯母には何か通じたり感じたりするところがあるのかもしれない。
紫峰内部のことばかりを調査していても埒があかないので、取り敢えず末端のことは長老衆に任せるとして、西野は内密に城崎の実家を調べてみることにした。
年寄りではあっても元気いっぱいの一左の世話は、することといってお茶を入れるくらいしかなく、鈴(れい)にとってはここ紫峰の暮らしは退屈なものだった。
本を読んだり、習い事に行ったりもしているが、ひとり疎外されている身ではなにをしても楽しいとは思えず、虚しいほうが先にたった。
長老衆に命令されて未だ留まっているものの、修の気を引くことすらできず、かえって怒らせるばかりで、自分がここにいる意味はないのではないかと思い始めていた。
長老衆の思惑が知れる前は、宗主も気軽に話かけてくれたし、機嫌が悪くなることもなかったのに、今はまるで人が変わってしまったようだ。
そんなことを考えては溜息をついていた。
離れにあてがわれた自分の部屋の縁側で、何をするともなしにぼんやりと夜空を眺めていた。
外灯の明かりで、庭の敷石の上を雅人がゆっくりこちらの方に歩いてくるのが見えた。
空の星を眺めながら時折背伸びみたいなことをしている。
雅人は部屋の近くまで来るとチラッと鈴の方を見た。
「何してんの? 明かり消したままでさ。 」
ひとりで寂しそうにしている鈴に雅人は何気なく問いかけた。
「星。 何となく星見てた…。 雅人くんは散歩? 」
「まあね…。 身体冷やしに…。 」
縁側の鈴の隣に腰を下ろして雅人はそう答えた。
それほど背の高くない鈴にとっては巨人に見える修よりも、雅人の身長はさらに大きい。縁側に座っていても鈴より雅人の方が大人に見えるくらいだ。
「ねえ。 あなたにこんなことを訊くのはおかしいけれど…宗主は本当にそっちの趣味の人? 」
えっ?と雅人は思いながら自分の姿をチラッと見た。
カーゴパンツに首からスポーツタオルを引っ掛けただけの格好でほとんど上半身を晒している。
いままでのような男所帯なら別段問題にもならないが、鈴の前に出るにはちょっとまずかったかなと思った。
「まあ…僕ともうひとりいるわけだから…そっちの趣味がまったくないとは言えないけど…どちらかと言えば女好きかなあ。
子どもの頃は豊穂さんに惚れてたらしいし…今は笙子さん命だし。
結婚前には付き合ってた女性も何人かいたしさ。
あんな態度に出てるけど、鈴さんのことも本当は好きなんだからね。」
鈴は信じられないというような顔でまじまじと雅人を見た。
「嘘じゃないよ。 好きだから鈴さんを不幸にしたくないんだ。
幸せになってもらいたいんだよ。 ここに居ちゃだめなんだ。
長老衆が選んだ日陰の生活なんて捨てて、自分で自由に自分の人生を選びなよ。」
雅人は修が鈴に言ってやりたくても言えないことを代わりに伝えた。
鈴が下唇を噛み締めた。鈴の眼から大粒の涙が零れ落ちた。
「長老衆は宗主の子どもを産めと言うし宗主はここを出て自由に生きろと言う。
板ばさみになった私はどうしたらいいのかしら…? 」
「ごめん。 言わなきゃよかったね。
鈴さんが修さんの真意を量りかねて悩んでるんじゃないかと思ったから…。
いらぬお節介だったよね。 」
突然鈴に泣かれて戸惑った雅人は思わず鈴の肩を抱いた。
長老衆のことが知れて半年余り、居心地の悪さと心細さに耐えてきた鈴は我慢も限界に来ていたと見えて泣き出したら止まらなかった。
雅人は鈴を抱きしめてやった。
真貴とはまた異なる柔らかい香りが雅人を包んだ。
城崎の実家を目の当たりにした時、西野は鬼母川の本家を思い浮かべた。
鬼母川ほど田舎ではないが、いかにも旧家という雰囲気に変わりは無い。
但しその歴史は数百年程度の比較的新しいもので、宗教性はあまり見受けられない。
西野はそっと外から窺うだけのつもりだったが、西野が門の外に立ったとき、その家の主と思しき人が声をかけてきた。
恰幅のいい白髪の男で上品な和服がよく似合った。
髪は白いが顔などの様子から見るとまだ50代手前のようにも思えた。
「紫峰家のお使いの方ですな。今日あたりおいでになるような気がしていました。
まあ中へどうぞ。 ご予定にはないことではありましょうが…。 」
正体を知られていることは軽い驚きであったが、城崎の一族も能力者だからそういう力があってもおかしくはない。
主と思しき男は西野を案内して屋敷の中へと招き入れた。
奥から男の妻らしい品のいい夫人が現れて丁寧に挨拶をした。
応接間に通されて茶や茶菓子などを勧められてもどうも落ち着かなかった。
「驚かせて申し訳なかったですな。 ご存知のとおり、城崎家は特殊能力者を持つ一族でして…私も先のことがある程度予測できるのです。 」
城崎は西野の顔色を探っているようにも見えた。
「紫峰家については詳しくは存じませんが、表も裏も相当なお家柄と拝察致しました。
その紫峰家にうちの馬鹿息子がご面倒をおかけしておるようで本当に心苦しい限りです。 」
城崎はそう言うと深々と頭を下げた。
「お顔をお上げ下さい。 私はただの使用人ですからそのような丁寧なお心遣いは無用です。 」
西野は恐縮した。
「いいえ…あなたが宗主の側近であられることは分かります。
宗主の代わりに動いていらっしゃることも…。
マスコミを騒がせている愚かな男の実家の様子を調べに来られたのでしょう?
息子瀾は決して悪い男ではありません。
ただ青臭い正義感にのめり込むあまり、あのように考えなしに行動するところがあって、私どもとしても頭痛の種なのです。 」
城崎は本当に困ったものだというように大きく溜息をついた。
「取り敢えず紫峰家の皆さまはあいつの申し出を全部断ってください。
そうすれば紫峰一族の名前を世間に出したりはしないはずです。 」
「だといいのですが…。」
西野は呟くように行った。
父親がどれほど太鼓判を押そうと、はいそうですか…とは言えない。
何しろ相手は子どもに毛が生えたようなものだ。
その時次第気分次第でどうなるか分かったものじゃない。
溜息つきたいのは西野の方だった。
次回へ
講義が終わって帰り支度をしている時に、面識のない学生から突然声をかけられて真貴は少々驚いた。
栗イガの髪型から城崎だということが分かった。周りにはまだ大勢人がいる。
真貴はすぐに障壁を張った。
「きみ五人組の男の子たちの仲間だろ? 紫峰透くんのさ。 」
城崎は親しげに語りかけた。
「仲間ってか…いとこだけど…。 」
何だこの子も一族か…と城崎は思った。
「きみさ。 人助けしない? せっかくすごい力を持ってんだからさ。
有効に使おうよ…。 」
「何だ。 ナンパじゃないの? いい男なのにな。 」
真貴は笑いながら言った。
「ナンパ? そんな軽いことはしないけど…勧誘してるわけよ。 」
「あ~あ。 あんたかマジシャンを探している妙な兄ちゃんて。
老人ホーム巡りが好きなんだってね。 やっぱハトとかウサギとか使う系? 」
城崎はまた目が点になった。
いとこ同士でよくまあ同じ冗談を言ってくれるじゃないの…。
「だからそれは誤解だって。 僕が探しているのは超能力者。 」
真貴は訝しげな顔をした。
「超能力? スプーンとか曲げるやつ? そんなのほんとにできんの? 」
城崎はやれやれというように肩をすくめた。
透の一族はみんな役者だと思った。
「きみの張った障壁に気付かない僕じゃないんだけど…。
スプーン曲げよりは障壁の方が格段に難しいと思うんだけどねえ。
ま…いいでしょ。 それが返事ってことで…。 それじゃ気が向いたらまたね。」
手を振りながら城崎はその場を立ち去った。
あたりに張り巡らせた障壁を解くと真貴は急いでみんなにメールした。
城崎の姿が連日雑誌やテレビで紹介され、それに伴って城崎の取り巻き連中も何人かテレビなどに姿を現すようになった。
西野が調べた限りでは未だ紫峰の若手でそのような番組に姿を晒したものはいないが今後のことは分からない。
透たちは自重しているし、長老衆や世話人も末端まで目を光らせている。
藤宮では笙子の配下の者たちが監視を怠らない。
西野が感心するのは家庭生活ではハチャメチャな悪妻として名高い笙子が藤宮の中枢部では優れた智将振りを発揮しているということだ。
さすがに藤宮の長だけのことはあり、在学中に会社を立ち上げた力量も頷ける。
そう言えば人一倍作法やしきたりにうるさいはずの伯母はるが何故かこの奥さまを気に入っていて、まるで修に仕えるように笙子にも礼を尽くしている。
伯母には何か通じたり感じたりするところがあるのかもしれない。
紫峰内部のことばかりを調査していても埒があかないので、取り敢えず末端のことは長老衆に任せるとして、西野は内密に城崎の実家を調べてみることにした。
年寄りではあっても元気いっぱいの一左の世話は、することといってお茶を入れるくらいしかなく、鈴(れい)にとってはここ紫峰の暮らしは退屈なものだった。
本を読んだり、習い事に行ったりもしているが、ひとり疎外されている身ではなにをしても楽しいとは思えず、虚しいほうが先にたった。
長老衆に命令されて未だ留まっているものの、修の気を引くことすらできず、かえって怒らせるばかりで、自分がここにいる意味はないのではないかと思い始めていた。
長老衆の思惑が知れる前は、宗主も気軽に話かけてくれたし、機嫌が悪くなることもなかったのに、今はまるで人が変わってしまったようだ。
そんなことを考えては溜息をついていた。
離れにあてがわれた自分の部屋の縁側で、何をするともなしにぼんやりと夜空を眺めていた。
外灯の明かりで、庭の敷石の上を雅人がゆっくりこちらの方に歩いてくるのが見えた。
空の星を眺めながら時折背伸びみたいなことをしている。
雅人は部屋の近くまで来るとチラッと鈴の方を見た。
「何してんの? 明かり消したままでさ。 」
ひとりで寂しそうにしている鈴に雅人は何気なく問いかけた。
「星。 何となく星見てた…。 雅人くんは散歩? 」
「まあね…。 身体冷やしに…。 」
縁側の鈴の隣に腰を下ろして雅人はそう答えた。
それほど背の高くない鈴にとっては巨人に見える修よりも、雅人の身長はさらに大きい。縁側に座っていても鈴より雅人の方が大人に見えるくらいだ。
「ねえ。 あなたにこんなことを訊くのはおかしいけれど…宗主は本当にそっちの趣味の人? 」
えっ?と雅人は思いながら自分の姿をチラッと見た。
カーゴパンツに首からスポーツタオルを引っ掛けただけの格好でほとんど上半身を晒している。
いままでのような男所帯なら別段問題にもならないが、鈴の前に出るにはちょっとまずかったかなと思った。
「まあ…僕ともうひとりいるわけだから…そっちの趣味がまったくないとは言えないけど…どちらかと言えば女好きかなあ。
子どもの頃は豊穂さんに惚れてたらしいし…今は笙子さん命だし。
結婚前には付き合ってた女性も何人かいたしさ。
あんな態度に出てるけど、鈴さんのことも本当は好きなんだからね。」
鈴は信じられないというような顔でまじまじと雅人を見た。
「嘘じゃないよ。 好きだから鈴さんを不幸にしたくないんだ。
幸せになってもらいたいんだよ。 ここに居ちゃだめなんだ。
長老衆が選んだ日陰の生活なんて捨てて、自分で自由に自分の人生を選びなよ。」
雅人は修が鈴に言ってやりたくても言えないことを代わりに伝えた。
鈴が下唇を噛み締めた。鈴の眼から大粒の涙が零れ落ちた。
「長老衆は宗主の子どもを産めと言うし宗主はここを出て自由に生きろと言う。
板ばさみになった私はどうしたらいいのかしら…? 」
「ごめん。 言わなきゃよかったね。
鈴さんが修さんの真意を量りかねて悩んでるんじゃないかと思ったから…。
いらぬお節介だったよね。 」
突然鈴に泣かれて戸惑った雅人は思わず鈴の肩を抱いた。
長老衆のことが知れて半年余り、居心地の悪さと心細さに耐えてきた鈴は我慢も限界に来ていたと見えて泣き出したら止まらなかった。
雅人は鈴を抱きしめてやった。
真貴とはまた異なる柔らかい香りが雅人を包んだ。
城崎の実家を目の当たりにした時、西野は鬼母川の本家を思い浮かべた。
鬼母川ほど田舎ではないが、いかにも旧家という雰囲気に変わりは無い。
但しその歴史は数百年程度の比較的新しいもので、宗教性はあまり見受けられない。
西野はそっと外から窺うだけのつもりだったが、西野が門の外に立ったとき、その家の主と思しき人が声をかけてきた。
恰幅のいい白髪の男で上品な和服がよく似合った。
髪は白いが顔などの様子から見るとまだ50代手前のようにも思えた。
「紫峰家のお使いの方ですな。今日あたりおいでになるような気がしていました。
まあ中へどうぞ。 ご予定にはないことではありましょうが…。 」
正体を知られていることは軽い驚きであったが、城崎の一族も能力者だからそういう力があってもおかしくはない。
主と思しき男は西野を案内して屋敷の中へと招き入れた。
奥から男の妻らしい品のいい夫人が現れて丁寧に挨拶をした。
応接間に通されて茶や茶菓子などを勧められてもどうも落ち着かなかった。
「驚かせて申し訳なかったですな。 ご存知のとおり、城崎家は特殊能力者を持つ一族でして…私も先のことがある程度予測できるのです。 」
城崎は西野の顔色を探っているようにも見えた。
「紫峰家については詳しくは存じませんが、表も裏も相当なお家柄と拝察致しました。
その紫峰家にうちの馬鹿息子がご面倒をおかけしておるようで本当に心苦しい限りです。 」
城崎はそう言うと深々と頭を下げた。
「お顔をお上げ下さい。 私はただの使用人ですからそのような丁寧なお心遣いは無用です。 」
西野は恐縮した。
「いいえ…あなたが宗主の側近であられることは分かります。
宗主の代わりに動いていらっしゃることも…。
マスコミを騒がせている愚かな男の実家の様子を調べに来られたのでしょう?
息子瀾は決して悪い男ではありません。
ただ青臭い正義感にのめり込むあまり、あのように考えなしに行動するところがあって、私どもとしても頭痛の種なのです。 」
城崎は本当に困ったものだというように大きく溜息をついた。
「取り敢えず紫峰家の皆さまはあいつの申し出を全部断ってください。
そうすれば紫峰一族の名前を世間に出したりはしないはずです。 」
「だといいのですが…。」
西野は呟くように行った。
父親がどれほど太鼓判を押そうと、はいそうですか…とは言えない。
何しろ相手は子どもに毛が生えたようなものだ。
その時次第気分次第でどうなるか分かったものじゃない。
溜息つきたいのは西野の方だった。
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