「そう言えば…口伝だけじゃなくて…樹という名前に直接関係している家があります。」
修たちの部屋から西野と子どもたちを呼び、魔物退治にいざ出発という時になって、突然孝太が思い出したように言った。
修たちは思わず孝太を振り返った。
「初代、二代の存命中に鬼面川への疑いが晴れたことを知らせるため、実際に村を訪ねて来てくれたのは樹の孫にあたる人で、しばらく村に滞在する間に二代目の娘と懇ろになりました。
樹の孫は、身ごもった時のためにと証拠の品をおいて帰りましたが、娘は祖父や父には言えぬままで、兄である時平が気付いて妹の子どもを引き取ったのです。
その子どもが隆弘の一族の祖となりました。
隆弘の実家には樹を祀る習慣があります。 今の今まで考えてもみなかった。
俺の母親は隆弘の姉ですから隆平には紫峰の血が入っています。」
皆がいっせいに隆平を見た。隆平は視線を浴びて気恥ずかしそうな顔をした。
「マジ~! 僕たち血繋がってたんだ!」
透が嬉しそうな声を上げた。 隆平がちょっと照れたように笑った。
彰久が修の方を向いて何かを促した。修は分かったというように頷いた。
「孝太さん。 紫峰の血を引く者は鬼面川式では巧く戦えません。
天地の力に頼るのではなく、自らの持つ力を引き出すのです。」
「自らの力を…。 」
修は思わせぶりににやっと笑った。
「やってみましょう…実践で…。 口で説明できるものじゃないし…。 」
西野が慌てた。宗主の悪い癖だ…。
「宗主! 無茶です。 ここは紫峰の修練場じゃないんですよ。
孝太さんも隆平さんも戦いの経験などないはずです。 史朗さんだって…。
命いくつあっても足りませんよ!」
修はチラッと西野の方を見たが何も言わなかった。
彰久がくすっと笑った。
「隆平。 こういう時の修さんは冷酷なくらい厳しいよ。 覚悟しときな。
相当危なくなるまでは絶対手をださないから。」
雅人がこっそり隆平に耳打ちした。隆平は頷いた。
その時、透が警鐘を感じた。
「鍵が開いた! 信じらんない! 紫峰の鍵だぜぇ?」
「隆弘の埋めた嬰児は紫峰の血を引いている。 この世に誕生できなかった者の持つ力は嬰児だからといって侮れないんだよ。
雅人…魔物の位置が分かるか? 塚の近くとは限らないぞ。」
修が訊くと、雅人は目を閉じて全身をソナーのように働かせた。
「まだ…それほどの数ではないけれど村中に分散しているといっていいね。」
「彰久さん。 僕等も手分けして戦うことにしましょう。
狙われているのは村長と弁護士だが、魔物は出会った者に手当たり次第攻撃する可能性がある。
この時間にこの村でそう出歩いている人もないだろうが…。
透と雅人は二人で組んで…。 僕は隆平と孝太さんを連れて行く。
慶太郎…彰久さんと史朗ちゃんについていけ。
集合場所は鬼の頭の塚。 それでいいですね?」
確認するように修が訊いた。
「いいでしょう。 史朗くん…やれますか?」
彰久が史朗を振り返った。
「多分…いけるでしょう。」
西野が『マジかよ。』と言うような顔をした。
暗闇の中でひとつ、またひとつ異形の物が塚から産まれ出でた。鬼面川の封印はすでにすべてが破られ、餓鬼のような魔物があたりを這いまわっていた。
鬼面川の封印が解かれたことで魔物化した嬰児が紫峰の封印をも食い破った。
藤宮の封印を用いた鬼の頭の塚は今のところさすがに無事だった。
真夜中の村はさながら魔物のテーマパークといった感じで、そこ、ここに妙な生き物たちがうろついていた。
異形の者たちとの戦いの経験のない隆平と孝太はさすがにその様相を気味悪く感じていた。
鬼遣らいの季節とはいえ、これほど多くの魔物が出現するとは思っても見なかった。
誰かが隆平の足首を掴んだ。隆平は振りほどこうともがいたが振り解けない。
手は隆平をずるずると引きずって往こうとする。引かれていく先に魔物の大きな牙があった。どうしよう…。自分が知っているのは…。使える力は…。
『砕けよ!』
隆平の脳裏に魔物の粉砕されるイメージが浮かんだ。牙が隆平の足を食いちぎろうとするその瞬間、魔物の方が砕け散った。
修の口元が少し緩んだ。『イメージ…ねえ…。 悪くはないが…。』
孝太は襲い掛かってくる魔物に霊波のパンチを食らわしながら進んでいった。
『こっちは格闘系か…。 力の入れ過ぎだ…。』
どちらにせよ一体ずつ片付けていたんでは埒があかない。
などと思っている間に、修をめがけて魔物たちがいっせいに飛び掛ってきた。
「うるさいよ!」
修の身体に触れることもできず魔物はいっぺんに消し飛んだ。
隆平も孝太も目の前で起こったことが現実とは思えなかった。
「ほら余所見をしない! …って言ってる傍から…。」
隆平が魔物の集団に押さえ込まれた。助けに行った孝太も次々と飛び掛ってくる小猿のような魔物に行く手を阻まれた。
修がちょっと微笑んだ。『さて…どうする? 今までのやり方じゃ、簡単には抜けられないぞ。』
隆平を救いたい孝太は全身に力を籠め一気に霊波を放出した。周りの魔物が吹っ飛んだ。
『一歩前進…。 いま少しセーブして欲しいな。 息切れするよ。』
隆平は…隆平は魔物の中で隆弘の暴力に怯える自分を思い出してしまった。
隆平には隆弘を殺せるだけの力がある。それだけに歯止めが利かなくなることを怖れていた。絶え間ない暴力に抵抗できない自分…。
なぜ僕を殴るの…? なぜ僕を苦しめる…? 僕が悪い子だから…?
僕が父さんの子じゃないから…?
「おまえは悪くないよ…。 悪いのは相手のほうさ…。」
僕は悪くない…。 僕のせいじゃない…。悪いのは…悪いのは…悪いのは…。
「おまえらだ!」
その叫び声とともに隆平に纏わり憑いていた魔物が次々と消滅した。煽りを食った孝太が投げ技を喰らったように吹っ飛んだ。
隆平の身体が焔を纏った。手当たり次第魔物を消していく。その力は歯止めが利かず、怒りに取り付かれた隆平は狂ったように攻撃を続ける。
辺り一体の魔物を消し去ってなお怒りの炎は止まらない。
「なぜだ! なぜ黙って見ているんだ! なぜ助けてくれないんだ!
誰も信じない! 誰も頼りにならない! 誰も…誰も…誰も。」
孝太が隆平を止めようとした。
「隆平…。 もう分かった…俺が悪かったんだ…。 俺のせいだ…。 」
隆平は抑えようとする孝太を突き飛ばした。
完全に切れて自分のしていることが分かっていない。
孝太をさえ消してしまいそうだ。
修は隆平と孝太の間に割って入ると隆平の額に触れた。焔が消えて隆平ははっと我に返った。
「隆平…。 怒りにまかせた攻撃は味方をも傷つけることになる。
おまえには孝太さんよりはるかに大きな力があるのだから、気をつけないと大事な人を殺してしまうぞ。」
修がそう窘めた。
「ご…ごめんなさい…。 孝太兄ちゃん。 怪我しなかった? 」
隆平は慌てて孝太を抱え起こした。
「大丈夫だて…。 心配するな…。」
隆平を見ていると否応なしに子どもの頃の自分を思い出してしまう。
最も修の場合はもっと感情のコントロールが巧かった。
だから、抑えに入った笙子を突き飛ばすようなことにはならなかったが…。
心に受けた傷は一生消えることはない。巧く感情をセーブしてそういう自分と向き合い、折り合いをつけるしかないのだ。心に巣喰う鬼と戦いながら…。
「さて…おふたりさん。 少し慣れてきたところで次へ往きますか…。」
修はそう言って一歩踏み出した。
隆平と孝太は後に従った。二人とも緊張と不安でがちがちになっていた。
その気配を察してか、ふたりを振り返った修はにっこりと笑った。
「先に魔物を退治しとけば、鬼遣らいも成功間違いなしですよ。
儀式の時間までに間に合わせないと…ね…。」
命懸けの状況なのにまるでゲームを楽しんでいるかのようなその笑顔にふたりは唖然とした。
いかに戦い慣れているとはいえ魔物も小物ばかりとは限らない。
どちらかと言えば肝の据わっている方だと自負していた孝太も修の肝の太さには脱帽だった。
次回へ
修たちの部屋から西野と子どもたちを呼び、魔物退治にいざ出発という時になって、突然孝太が思い出したように言った。
修たちは思わず孝太を振り返った。
「初代、二代の存命中に鬼面川への疑いが晴れたことを知らせるため、実際に村を訪ねて来てくれたのは樹の孫にあたる人で、しばらく村に滞在する間に二代目の娘と懇ろになりました。
樹の孫は、身ごもった時のためにと証拠の品をおいて帰りましたが、娘は祖父や父には言えぬままで、兄である時平が気付いて妹の子どもを引き取ったのです。
その子どもが隆弘の一族の祖となりました。
隆弘の実家には樹を祀る習慣があります。 今の今まで考えてもみなかった。
俺の母親は隆弘の姉ですから隆平には紫峰の血が入っています。」
皆がいっせいに隆平を見た。隆平は視線を浴びて気恥ずかしそうな顔をした。
「マジ~! 僕たち血繋がってたんだ!」
透が嬉しそうな声を上げた。 隆平がちょっと照れたように笑った。
彰久が修の方を向いて何かを促した。修は分かったというように頷いた。
「孝太さん。 紫峰の血を引く者は鬼面川式では巧く戦えません。
天地の力に頼るのではなく、自らの持つ力を引き出すのです。」
「自らの力を…。 」
修は思わせぶりににやっと笑った。
「やってみましょう…実践で…。 口で説明できるものじゃないし…。 」
西野が慌てた。宗主の悪い癖だ…。
「宗主! 無茶です。 ここは紫峰の修練場じゃないんですよ。
孝太さんも隆平さんも戦いの経験などないはずです。 史朗さんだって…。
命いくつあっても足りませんよ!」
修はチラッと西野の方を見たが何も言わなかった。
彰久がくすっと笑った。
「隆平。 こういう時の修さんは冷酷なくらい厳しいよ。 覚悟しときな。
相当危なくなるまでは絶対手をださないから。」
雅人がこっそり隆平に耳打ちした。隆平は頷いた。
その時、透が警鐘を感じた。
「鍵が開いた! 信じらんない! 紫峰の鍵だぜぇ?」
「隆弘の埋めた嬰児は紫峰の血を引いている。 この世に誕生できなかった者の持つ力は嬰児だからといって侮れないんだよ。
雅人…魔物の位置が分かるか? 塚の近くとは限らないぞ。」
修が訊くと、雅人は目を閉じて全身をソナーのように働かせた。
「まだ…それほどの数ではないけれど村中に分散しているといっていいね。」
「彰久さん。 僕等も手分けして戦うことにしましょう。
狙われているのは村長と弁護士だが、魔物は出会った者に手当たり次第攻撃する可能性がある。
この時間にこの村でそう出歩いている人もないだろうが…。
透と雅人は二人で組んで…。 僕は隆平と孝太さんを連れて行く。
慶太郎…彰久さんと史朗ちゃんについていけ。
集合場所は鬼の頭の塚。 それでいいですね?」
確認するように修が訊いた。
「いいでしょう。 史朗くん…やれますか?」
彰久が史朗を振り返った。
「多分…いけるでしょう。」
西野が『マジかよ。』と言うような顔をした。
暗闇の中でひとつ、またひとつ異形の物が塚から産まれ出でた。鬼面川の封印はすでにすべてが破られ、餓鬼のような魔物があたりを這いまわっていた。
鬼面川の封印が解かれたことで魔物化した嬰児が紫峰の封印をも食い破った。
藤宮の封印を用いた鬼の頭の塚は今のところさすがに無事だった。
真夜中の村はさながら魔物のテーマパークといった感じで、そこ、ここに妙な生き物たちがうろついていた。
異形の者たちとの戦いの経験のない隆平と孝太はさすがにその様相を気味悪く感じていた。
鬼遣らいの季節とはいえ、これほど多くの魔物が出現するとは思っても見なかった。
誰かが隆平の足首を掴んだ。隆平は振りほどこうともがいたが振り解けない。
手は隆平をずるずると引きずって往こうとする。引かれていく先に魔物の大きな牙があった。どうしよう…。自分が知っているのは…。使える力は…。
『砕けよ!』
隆平の脳裏に魔物の粉砕されるイメージが浮かんだ。牙が隆平の足を食いちぎろうとするその瞬間、魔物の方が砕け散った。
修の口元が少し緩んだ。『イメージ…ねえ…。 悪くはないが…。』
孝太は襲い掛かってくる魔物に霊波のパンチを食らわしながら進んでいった。
『こっちは格闘系か…。 力の入れ過ぎだ…。』
どちらにせよ一体ずつ片付けていたんでは埒があかない。
などと思っている間に、修をめがけて魔物たちがいっせいに飛び掛ってきた。
「うるさいよ!」
修の身体に触れることもできず魔物はいっぺんに消し飛んだ。
隆平も孝太も目の前で起こったことが現実とは思えなかった。
「ほら余所見をしない! …って言ってる傍から…。」
隆平が魔物の集団に押さえ込まれた。助けに行った孝太も次々と飛び掛ってくる小猿のような魔物に行く手を阻まれた。
修がちょっと微笑んだ。『さて…どうする? 今までのやり方じゃ、簡単には抜けられないぞ。』
隆平を救いたい孝太は全身に力を籠め一気に霊波を放出した。周りの魔物が吹っ飛んだ。
『一歩前進…。 いま少しセーブして欲しいな。 息切れするよ。』
隆平は…隆平は魔物の中で隆弘の暴力に怯える自分を思い出してしまった。
隆平には隆弘を殺せるだけの力がある。それだけに歯止めが利かなくなることを怖れていた。絶え間ない暴力に抵抗できない自分…。
なぜ僕を殴るの…? なぜ僕を苦しめる…? 僕が悪い子だから…?
僕が父さんの子じゃないから…?
「おまえは悪くないよ…。 悪いのは相手のほうさ…。」
僕は悪くない…。 僕のせいじゃない…。悪いのは…悪いのは…悪いのは…。
「おまえらだ!」
その叫び声とともに隆平に纏わり憑いていた魔物が次々と消滅した。煽りを食った孝太が投げ技を喰らったように吹っ飛んだ。
隆平の身体が焔を纏った。手当たり次第魔物を消していく。その力は歯止めが利かず、怒りに取り付かれた隆平は狂ったように攻撃を続ける。
辺り一体の魔物を消し去ってなお怒りの炎は止まらない。
「なぜだ! なぜ黙って見ているんだ! なぜ助けてくれないんだ!
誰も信じない! 誰も頼りにならない! 誰も…誰も…誰も。」
孝太が隆平を止めようとした。
「隆平…。 もう分かった…俺が悪かったんだ…。 俺のせいだ…。 」
隆平は抑えようとする孝太を突き飛ばした。
完全に切れて自分のしていることが分かっていない。
孝太をさえ消してしまいそうだ。
修は隆平と孝太の間に割って入ると隆平の額に触れた。焔が消えて隆平ははっと我に返った。
「隆平…。 怒りにまかせた攻撃は味方をも傷つけることになる。
おまえには孝太さんよりはるかに大きな力があるのだから、気をつけないと大事な人を殺してしまうぞ。」
修がそう窘めた。
「ご…ごめんなさい…。 孝太兄ちゃん。 怪我しなかった? 」
隆平は慌てて孝太を抱え起こした。
「大丈夫だて…。 心配するな…。」
隆平を見ていると否応なしに子どもの頃の自分を思い出してしまう。
最も修の場合はもっと感情のコントロールが巧かった。
だから、抑えに入った笙子を突き飛ばすようなことにはならなかったが…。
心に受けた傷は一生消えることはない。巧く感情をセーブしてそういう自分と向き合い、折り合いをつけるしかないのだ。心に巣喰う鬼と戦いながら…。
「さて…おふたりさん。 少し慣れてきたところで次へ往きますか…。」
修はそう言って一歩踏み出した。
隆平と孝太は後に従った。二人とも緊張と不安でがちがちになっていた。
その気配を察してか、ふたりを振り返った修はにっこりと笑った。
「先に魔物を退治しとけば、鬼遣らいも成功間違いなしですよ。
儀式の時間までに間に合わせないと…ね…。」
命懸けの状況なのにまるでゲームを楽しんでいるかのようなその笑顔にふたりは唖然とした。
いかに戦い慣れているとはいえ魔物も小物ばかりとは限らない。
どちらかと言えば肝の据わっている方だと自負していた孝太も修の肝の太さには脱帽だった。
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