前回は『陰陽論』を使って、感情の性質を説明しました。
で、ネガティブな感情は「陰の氣」の性質によって、解放されるまでみぞおちの部分に何年も、何十年もずーっと蓄積され続けます。
さて、蓄積されたネガティブな感情はというと、ただ、だまって大人しく「嫌な思ひ出」として残っているわけではありません。
では、何をしているかというと、コレがねぇー。全くとんでもない曲者(クセモノ)なのよ。
もともと感情というものは、たとえば「怒り」なら「わたしは怒っているんだー」とその事実を認めると解放されます。解放されるということは、自分の中からなくなるということ。
でも、解放されずに蓄積された感情は、解放されることを望み、解放されるために一生懸命アピります(アピールします)。
怒りの感情なら、「おーい、いー加減、怒っているって認めろー」と訴えます。
その結果、何をするかというと
今よりも、さらに怒りを感じる状況を引き寄せるのです。
たとえば、満員電車に乗るときに背中を押されてイラッときたとします。
でも、怒りの感情をそのまま自分の中に押さえ込むと、そのときにイラッと感じた「怒り」さんは解放されません。そこで「怒り」さんは自分が解放されるために、もっとイラッとくる状況を引き寄せます。
たとえば、
背中を押されたくらいじゃダメなのなら、今度は足を蹴られる状況ならどうだろう?これならさすがに怒っていることを認めるだろう。
という感じ。
それでもダメなら、コレならどうだ
と、本人が「あー、わたしは怒っていますよー」と認めるまで、状況はエスカレートしながら続きます。
悲しみや寂しさ、つらいことも同じです。
ネガティブな感情をキチッと認めて解放するまで、状況はエスカレートしながら、「悲しみ」ならさらに「悲しい」出来事が引き起こされ続けるのです。
その上、そんな状況が続くものなら、わたしたちは「自分の人生ってこんなにつらいものなんだ」と思うようになってしまいます。
そうなると今度は『引き寄せの法則』が働きます。
わたしの人生ってこんなもの。これがわたしの人生なんだ。
と、思うと、『引き寄せの法則』によって、そのような出来事がさらに引き寄せられてしまいます。
ドツボにどっぷり、負のスパイラルにハマりこんでしまいました。
さぁ、どうしましょう?
続きは次回へ