セツの 日々つれづれ日記

猫たちの様子や感動した景色など、日々のささいな出来事をアップしています。

のらじょ来たよ~(熊野古道)

2013-03-07 17:35:47 | 猫+撮影散歩
あたたかくなってきた昨日、のらじょが久しぶりに顔を見せました。




イブちょのくーん声が聞こえると、すぐに分かります。

こっそり隣の部屋から覗くと。




バレてる。

逢瀬をなるべく邪魔したくないので、そのまま静かに見守る。





見つめ合って、イブちょはまたまた腰くだけ。




けれどやっぱりこの後、のらじょはいつものごとく網戸バンバン!!

さらに網をガブ~~~ッ!!


「これこれ、やめなさい」

これさえしなければずっと放っておいてあげるのに。

一度言ってもやめないので、仕方なく近づく。




じゃあね、って顔して、ぽってぽって去って行きました。


のらじょには、イブちょもしろちゅも警戒しないんだよなぁ。


ちなみに、他の猫が来たらこんな感じ。




二人とも、しっぽぷっくぷく。

しろちゅの背中が逆立ってますね~。

外の猫は見えませんでしたが、たぶん最近この辺をブラブラしている、上品で綺麗なグレーのトラ猫ちゃんだと思います。

あのヒョウ柄みたいな怖いヤツだとレッツバトル!ですからね


今日のお散歩で、実はそのグレーのトラ猫ちゃんに会いました。

たまたまイブちょは森でまどろみ中で、ヒモは届かないので離していたんです。

そんなときに、のんきにトラ猫ちゃん、近づいてきちゃって。

あっという間に決死の追いかけっこの始まり始まり。

ヒモをつけたまんま、イブちょはトラ猫ちゃんを追いかけて近くのおうちの庭へ消えて行きました。


ああああ、どうしよう……

猫に隠れられるとこちらはお手上げで。

ひたすら道路側からイブちょ~イブちょ~と呼びかけながらぐるりと歩いて回り。

車は通るし家の周りしかたぶん土地勘ないだろうし。

冷や汗をかきながら、とにかく迷子はいけないと声をかけ続けました。


二度、家に戻ってみました。

すると、みゃあお、と、心細げな声がして。

お隣の庭まで、イブちょ、戻ってきてました。

あまり遠くまで行かなかったのか、庭伝いに戻ってきたようです。

どこにもヒモがひっかからずに帰ってこれてよかった~~~


いろんなゴミを体にひっつけて、帰ってきました(笑)。

もう~~~、怖かった~~~。

急にどこか行っちゃわないでよ。




-ボク、猫だからそんなの無理だも~ん。

-は~ごろごろ。




-ボク、ちゃんと帰ってこれるよ。




なによ~、戻ってきたときちょっとビビってたくせに。




-そんなの知らな~い。

-猫はね、過去のささいなことはすぐに忘れるんだよ。

それはある意味うらやましいけどさ。


お願いだから脱走だけはやめてね。

それに、あっちの猫ちゃんのほうが小さいんだから、いい子みたいだし、怪我させたりしちゃだめよ。

はぁ、お散歩には危険もつきものです。



さて、久しぶりに今日の風景写真です。

熊野古道を少しだけ歩いたときの、忘れられない場所、です。





天空の茶畑です。

熊野古道の中辺路ルートのハイライトの場所です。




素晴らしい場所でした。

どこからどう行ったのか、あんまり覚えてないんですが(すみません)、ネットで改めて探してみると、どうやら伏拝王子というところの近くだったようです。

朝の連ドラ「ほんまもん」のロケ地だったとか。

たまたま茶畑の横の民家にお住まいの方がいろいろと話をしてくださり、写真まで撮ってくださいました。

杉の森の中をずっと登ってきて、とてつもなくでっかいご褒美でした。


しばらく下ってくると、こんな看板がありました。




果て無しとはすごい名前ですね。

そんな山の稜線を見ながらの古道歩きはとても気持ちよかったです。


蟻の熊野詣でと言われるほど、一時はたくさんの人が歩いたこの道。

きっとその人たちと同じ山脈を見て、歩いているんだなあと、ちょっと感慨深かったです。



すっかり下ってきて、熊野本宮大社を参拝すると、向かったのは大斎原(おおゆのはら)。




ここは、もともと熊野本宮大社があったところで、まつろわぬ民と呼ばれた朝廷に従わなかった人たちの魂を封じ込めた場所でした。

明治22年に起こった大水害で、社が流されてしまい、現在の少し高いところへ移動したのです。


大きくて黒々していて怖い迫力がある大鳥居。

その真ん中には、足が三本の八咫烏(やたがらす)の紋。

サッカー日本代表のユニフォームにもこれが付いていますね。


社跡と河原で、手を合わせて冥福を祈りました。


ちなみにこの熊野本宮大社が発行している熊野午王神符(くまのごおうふ、午は牛と書かれる場合も)は、『おからす(烏)さん』とも呼ばれています。

これには様々な厄よけ(病気平癒や火事よけなど)の力があるとされてきました。


で、本で読んだ怖い話ですが、この裏に誓った約束事を書くと、もしそれを破った場合、熊野権現様への誓いを破ったとして、八咫烏が一羽死に、破った人も血を吐いて死ぬと信じられていたそうです。

そのため、ぜったいに破らないと約束するときに、よく使われたようです。

おからすさんは、ほんとうに来たんでしょうかね。

こわやこわや。


それにしても、ここも長谷寺と同じ、牛ですね~。

そして厄よけなのも同じ。

高田崇史さんの本によると、大きな厄があった人たちを祀り上げることで、『厄除け』の加護をくれる神様とする、

神社の成り立ちのいくつかには、そんな逆のからくりがあるとの説で。

子供に恵まれなかった、もしくは出産・子育てまつわる不幸があった人(人々)を祀り、『子宝』の神としたり。

日本では古来より、自然信仰と共に『死ねばみな仏』という思想があります。

こういう考え方も、この神社の成り立ちの話とかぶるなぁと、考えます。


あれ、えらく硬い話になってしまいましたね。

今回はこのへんで。

また次回お会いしましょう~~