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3月11日は・・・東北大震災から1年。石碑から先人の想いを読む

2012年03月11日 14時13分46秒 | □私の気になる記事
今日は、東北大震災(東日本大震災)から1年。
多くの方々がお亡くなりになり、大変な災害と悲しみが
起きた日です。。。


改めて、ご冥福をお祈りいたします。


私は、東北大震災の報道を見ていて「言い伝え」というのは、
おとぎ話や夢物語ではないのだなぁと、実感させられました。


「先人は、言い残してくれている」


読売新聞の記事ですが、

(2011年3月30日07時22分 読売新聞)

「此処(ここ)より下に家を建てるな」――。

 東日本巨大地震で沿岸部が津波にのみこまれた岩手県宮古市
にあって、重茂半島東端の姉吉地区(12世帯約40人)では
全ての家屋が被害を免れた。1933年の昭和三陸大津波の後、

海抜約60メートルの場所に建てられた石碑の警告を守り、
坂の上で暮らしてきた住民たちは、改めて先人の教えに感謝し
ていた。



「高き住居は児孫(じそん)の和楽(わらく) 想(おも)へ
                惨禍の大津浪(おおつなみ)」



1896年の明治、1933年の昭和と2度の三陸大津波
に襲われ、生存者がそれぞれ2人と4人という壊滅的な被害
を受けた。昭和大津波の直後、住民らが石碑を建立。
その後は全ての住民が石碑より高い場所で暮らすようになった。

地震の起きた11日、港にいた住民たちは大津波警報が発令され
ると、高台にある家を目指して、曲がりくねった約800メートル
の坂道を駆け上がった。巨大な波が濁流となり、漁船もろとも
押し寄せてきたが、その勢いは石碑の約50メートル手前で
止まった。

地区自治会長の木村民茂さん(65)「幼いころから『石碑の
教えを破るな』と言い聞かされてきた。

先人の教訓のおかげで集落は生き残った」と話す。

・・・

人というものは、随分と古い話になりますと、たとえ体験者が
生きておられて、警告したとしても、なかなか素直に聞き入れる
ことができない面もあるかと思います。

特に何十年も前、100年以上も前のことになりますと、この科学が
進歩した世の中で、防災に関してもあれこれと指示を受けて
いますので、


「今の時代に、そんなことがあるものか」と思って
しまいがちになるでしょう。


映像で残っているわけでもなく、言い伝え=誇大されていると受け
止められてしまう面もありますよね。

科学の進歩・発展だけでなく、国内の整備も行き届いて平和な
世の中ですので、とくに、古びた言い伝えなどに耳を貸さない者
も多いと思います。

そのような中、
上記の村落は、100年以上前の先人の言葉を守り続けてきた、その
結果、自分の命が、そして家族が、住まいや財産が助かったという
大きな災いを避けることが出来たというのには、教えの尊さという
ものを改めて感じさせられました。


群馬大学の図書ライブラリーで、
昔に建てられた大津波を警告した石碑一覧を見ることができます。
http://tsunami.dbms.cs.gunma-u.ac.jp/TSUNAMI/JAVASCRIPT/iwate/miyako.html


この地域に「大津波は来るもの」「来てもおかしくないもの」
だったことがよく分かります。

また、あまりの石碑の多さに、逆に驚かされました。



その石碑に刻まれた言葉。
それは、先人の方々が、後世に、「同じ苦しみをして欲しく
ない」「辛い思いをしてほしくない」その一心だったのでは
ないでしょうか。

写真の石碑は、群馬大学のライブラリーの資料では、ナンバー
85にある宮古市重茂姉吉のようです。

・・・

大震災に伴い、今さまざまな問題や補償の話が報道されています。

これは天災ではなく、人災だとか。

確かに、生きるために「お金(オカネ)」は必要なことです。
お金が無いと何も出来ませんから。

しかし、人災というのであれば、まずこれだけ多く点在する石碑
の言葉に目を向け耳を傾けたのか、自らが判断して耳を傾けなか
ったのか、こんな大災害になるとまでは思わず想定外のことだっ
たのか、この石碑を見て教訓としたのか、しなかったのか、その
一番の出発点に天災・人災の分かれ道があるように私は感じました。


便利なところに住む、目的に近いところに住む。
それは、それぞれの損得も含めての「考え方」であり
「自由な選択枝」だと思います。
そして、今日の状態がある。それも現実の話です。

私は、まずは生き残れたことに感謝すべきであり、そして亡く
なった方々のご冥福を祈り上げることがやるべきことだと思います。

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2 コメント

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Unknown (なな)
2012-03-11 16:27:12
先人の教えは大切ですよね。石碑もそうですが、その教えや資料、経験をもとに、亡き村長が造った絶壁の防波堤、水門で浸水被害ゼロだった普代村ご存知ですか。先人の教えに守られ助かった村が実際にあったということ、考えさせられますね。
返信する
Unknown (管理人)
2012-03-11 20:20:02
ななさん、コメントありがとうございます。

見ました!見ました!
震災後のTV報道で異様なまでの防波堤の映像を見ました。

風景を遮断した、津波が来ないのであれば、景観を阻害するだけのコンクリートの壁ですが、その巨壁によって、津波の被害を免れたわけですから、やはり先人の言葉を素直に受け入れた村民、そして、当時理解を得るために尽力された村長の多大なる努力があってのことですね。

すでに亡くなられている村長も、あの世でホッとしているに違いありません。

故人の死後に、その方が行ったことが正しかったと分かった村民の感謝の念は、きっと亡き村長さんに届いていることと思います。

古い教えは、昔話で今は関係ないというわけではない。

最新家電を購入して、気に入った自動車を持ち、夢だったマイホームを持ったとしても、結局のところは「命あっての物種(ものだね」なのは、今も昔も変わらないこと。

私は、あの世の存在を信じて生きていますが、この世にいる間は、欲しいモノ・ものは、やはり欲しいですし、「欲」はあります。
また、自身が生きている間は、手に入れたものを失いたくないです。それまでの努力も。

しかし、そのためには「他人(先人や周りの人)の言葉にも、耳を傾ける」ということも、大事なことだと痛感しました。

過去の教えの大切さを、震災を通して学ばせてもらったように思いますね。

コメントありがとうございました。
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