東京裁判におけるレーリンク判事の意見で最も注目すべきは、平和に対する罪に関する考え方である、東京裁判の多数派判決では 侵攻戦争の計画、準備、開始、遂行、およびそのための共同謀議への参加が平和に対する罪の構成要件とされ、この罪状に基づいていわゆるA級戦犯が訴追された。しかし、東京裁判当時まで、平和に対する罪なるものは、国際法において存在が認めていなかった。国際法では伝統的に戦争は合法的制度とみなされ、国家は基本権として戦争権(開戦と交戦権)を有するものとされ、自衛戦争と侵攻戦争とを区別しない無差別戦争観が一般的で、戦争権たる交戦権の行使は犯罪とされていなかった。各国軍隊は戦闘に際して 交戦法規 の遵守を義務付けされていて、その違反行為のみが戦争犯罪とされ、個人責任が追及されていた。多数派判決が、平和に対する罪 の法的根拠として挙げた1928年の不戦条約は、コインの表裏の関係にある侵攻戦争(侵略戦争はWar of aggression,aggressive war の誤訳)とを自衛戦争(War of self-defense)とを初めて区別して、侵攻戦争の遂行を国際法上の不法行為としたが(否定説もある)、それを犯罪として確立したものではなく、さらに米国務長官ケロッグが言明したように、自国の戦争が自衛か侵攻かは交戦国自身が自己解釈権を行使してみずから決定すべきものとされていた。つまり、第二次世界大戦ないし東京裁判の当時に至るまで、侵攻戦争は国際法上の犯罪ではなく、個人の責任を追及できる犯罪とは認められていなかったのである。しかるに、東京裁判の基本法ともいうべき極東国際軍事裁判条例には、平和に対する罪の審理と処罰に関する規定が設けられていた。現行の実定国際法と戦勝連合国の政治的要請とのこの明白な矛盾に直面して、レーリンク判事はどのように対処されたか。伝統的に、戦争というものは国家と国家との間の事態であって、個人には責任がないというのが従来の国際法の考え方であって、第二次大戦後の軍事裁判で戦争それ自体について指導者の個人責任を追及するということは、既存の国際法秩序に対する重大な挑戦であった。
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