樽見京一郎『オルクセン王国史』2巻まで一気に読破。
かいつまんで言えば、この記事のタイトル通り「平和なエルフの国を、邪悪なオークの国がダークエルフの手引きで蹂躙する話」です。
いわゆるナーロッパ世界(ベースは日本人がイメージする中世ヨーロッパ(実際には、火薬抜きのルネサンス期かつ文化的には18世紀くらい)で、魔法やらエルフ・ドワーフ・オーク・コボルトらがいるような異世界)よりも200年分くらい技術が進歩した世界のお話。
地理的には我々の知る世界地図におけるヨーロッパが舞台で、現実のヨーロッパ大陸からスカンディナヴィア半島を消滅させたような感じでしょうか(但し、太平洋方面や南北両アメリカ大陸については匂わせる程度の記述なので、他にも違いが多々あるかもしれません。何せここは異世界ですし)。エルフの国・エルフィンドと、オークの国・オルクセン以外の各国には普通の人類が居住しています。オルクセン領内にはオークの他コボルト(二足歩行する犬っぽい亜人、彼らにとってタマネギが有害など体質も犬っぽい)、ドワーフ、大鷲族(知性のある巨大な鷲)、巨狼族(知性のある巨大なオオカミ、こちらは四足歩行)などのいわゆる魔種族が居住しています。魔法も使われていますがもはや戦闘魔法(ファイアーボールをぶつけるとか)よりも銃火器の方が強力なようで、魔法の用途はもっぱら通信と、刻印魔法による冷却・加温などの補助的な用法に移っています。
よって、例えば戦場でオークたちが振り回すのは棍棒や戦斧ではなく、11mm口径の後装式単発ライフル銃です。我々の知る銃ですと、村田銃やスナイドル銃あたりでしょうか。戦場は魔法使いが唱える強力なエリア魔法ではなく、野砲や山砲による砲撃が支配します。本編より120年ほど前にエルフィンドとオルクセンの激しい戦いがあったのですが、この時にはおおよそ七年戦争〜ナポレオン戦争くらいの技術レベル(先ごめ式マスケット銃での撃ち合い)の戦いだったようです。そこからグスタフ王が試行錯誤して富国強兵に成功した成果が現在のオルクセン王国ですが、同時代の人間諸国(キャメロット(英国相当)やグロワール(仏国相当)、ロマニア(露国相当)、センチュリースター(米国相当)などの諸国があります)よりも洗練され進歩した国家になっています。
この話の恐ろしいところは丸々2巻かけてオークの国・オルクセン(現実世界のプロイセン+北ドイツ諸国相当)がエルフの国・エルフィンド(現実世界でのデンマーク相当、但しかなりの山岳地帯がある)に全面戦争を仕掛ける、そこに至るまで国王グスタフ・ファルケンハインが120年ほどかけて富国強兵に勤しんだ結果と、入念すぎるくらい入念な戦争準備(兵站活動、情報収集、さらには国際世論の操作まで)を描いている点でしょう。
Web公開版も読みましたが、これだけ準備されてしまうとエルフィンド側も対応のしようがなかったりします。高校世界史をある程度覚えている方に向けて言えば、デンマーク相手に普仏戦争をやらかした、と思っていただければ、ビスマルクによるドイツ統一の経過をある程度詳しく知っている方にはご納得いただけるのではないでしょうか。
・国際的な大義名分:国内での部族対立を民族浄化レベルで解決しようとした、との悪名がエルフィンド側に
・外交上の失策:とある文言が不用意過ぎて(エムス電報事件のように文面を改竄するまでもなく)絶好の開戦の口実となってしまうエルフィンド女王からグスタフ王への親書
・軍正面装備の違い:クローム・モリブデン鋼を量産し鉄道を駆使、更には航空戦力まで備えたWW1レベルの装備を備えるオルクセンに対し、ナポレオン時代相当の兵器と戦術で立ち向かうエルフィンド(日清戦争当時の日本と清朝の格差以上に相当)
・重厚な兵站:WW2アメリカ並の十分過ぎる補給と、それを支える十分な食料・武器弾薬の生産能力
もちろんオルクセン(というよりグスタフ王)には彼らの道理があって、計算ずくでエルフィンドに戦争を吹っかけているわけですが、この点については本書をご一読のほど。
・・・・・・エルフたちに神の御加護を(苦笑)ネタバレ防止といっても、ここまでお膳立てを整えられてしまうとこの先の展開の大筋は大体読めてしまうわけで、作者の樽見先生が2巻の後書きで「(当初)ここまでしか書くつもりがなかった」というのも納得できます。
願わくば、現実世界で似たような話が発生しませんように・・・・・・