不来庵書房 裏庭倉庫

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基本的に、小生の琴線に触れたニュースを集めただけです……
雑記・雑感も少々。

書評『オルクセン王国史』:ある日突然、平和なエルフの国を邪悪なオークの国がダークエルフの手引きで蹂躙する話

2024-10-02 | 書評
樽見京一郎『オルクセン王国史』2巻まで一気に読破。
かいつまんで言えば、この記事のタイトル通り「平和なエルフの国を、邪悪なオークの国がダークエルフの手引きで蹂躙する話」です。

いわゆるナーロッパ世界(ベースは日本人がイメージする中世ヨーロッパ(実際には、火薬抜きのルネサンス期かつ文化的には18世紀くらい)で、魔法やらエルフ・ドワーフ・オーク・コボルトらがいるような異世界)よりも200年分くらい技術が進歩した世界のお話。

地理的には我々の知る世界地図におけるヨーロッパが舞台で、現実のヨーロッパ大陸からスカンディナヴィア半島を消滅させたような感じでしょうか(但し、太平洋方面や南北両アメリカ大陸については匂わせる程度の記述なので、他にも違いが多々あるかもしれません。何せここは異世界ですし)。エルフの国・エルフィンドと、オークの国・オルクセン以外の各国には普通の人類が居住しています。オルクセン領内にはオークの他コボルト(二足歩行する犬っぽい亜人、彼らにとってタマネギが有害など体質も犬っぽい)、ドワーフ、大鷲族(知性のある巨大な鷲)、巨狼族(知性のある巨大なオオカミ、こちらは四足歩行)などのいわゆる魔種族が居住しています。魔法も使われていますがもはや戦闘魔法(ファイアーボールをぶつけるとか)よりも銃火器の方が強力なようで、魔法の用途はもっぱら通信と、刻印魔法による冷却・加温などの補助的な用法に移っています。

よって、例えば戦場でオークたちが振り回すのは棍棒や戦斧ではなく、11mm口径の後装式単発ライフル銃です。我々の知る銃ですと、村田銃やスナイドル銃あたりでしょうか。戦場は魔法使いが唱える強力なエリア魔法ではなく、野砲や山砲による砲撃が支配します。本編より120年ほど前にエルフィンドとオルクセンの激しい戦いがあったのですが、この時にはおおよそ七年戦争〜ナポレオン戦争くらいの技術レベル(先ごめ式マスケット銃での撃ち合い)の戦いだったようです。そこからグスタフ王が試行錯誤して富国強兵に成功した成果が現在のオルクセン王国ですが、同時代の人間諸国(キャメロット(英国相当)やグロワール(仏国相当)、ロマニア(露国相当)、センチュリースター(米国相当)などの諸国があります)よりも洗練され進歩した国家になっています。

この話の恐ろしいところは丸々2巻かけてオークの国・オルクセン(現実世界のプロイセン+北ドイツ諸国相当)がエルフの国・エルフィンド(現実世界でのデンマーク相当、但しかなりの山岳地帯がある)に全面戦争を仕掛ける、そこに至るまで国王グスタフ・ファルケンハインが120年ほどかけて富国強兵に勤しんだ結果と、入念すぎるくらい入念な戦争準備(兵站活動、情報収集、さらには国際世論の操作まで)を描いている点でしょう。
Web公開版も読みましたが、これだけ準備されてしまうとエルフィンド側も対応のしようがなかったりします。高校世界史をある程度覚えている方に向けて言えば、デンマーク相手に普仏戦争をやらかした、と思っていただければ、ビスマルクによるドイツ統一の経過をある程度詳しく知っている方にはご納得いただけるのではないでしょうか。

・国際的な大義名分:国内での部族対立を民族浄化レベルで解決しようとした、との悪名がエルフィンド側に
・外交上の失策:とある文言が不用意過ぎて(エムス電報事件のように文面を改竄するまでもなく)絶好の開戦の口実となってしまうエルフィンド女王からグスタフ王への親書
・軍正面装備の違い:クローム・モリブデン鋼を量産し鉄道を駆使、更には航空戦力まで備えたWW1レベルの装備を備えるオルクセンに対し、ナポレオン時代相当の兵器と戦術で立ち向かうエルフィンド(日清戦争当時の日本と清朝の格差以上に相当)
・重厚な兵站:WW2アメリカ並の十分過ぎる補給と、それを支える十分な食料・武器弾薬の生産能力

もちろんオルクセン(というよりグスタフ王)には彼らの道理があって、計算ずくでエルフィンドに戦争を吹っかけているわけですが、この点については本書をご一読のほど。

・・・・・・エルフたちに神の御加護を(苦笑)ネタバレ防止といっても、ここまでお膳立てを整えられてしまうとこの先の展開の大筋は大体読めてしまうわけで、作者の樽見先生が2巻の後書きで「(当初)ここまでしか書くつもりがなかった」というのも納得できます。

願わくば、現実世界で似たような話が発生しませんように・・・・・・

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現代世界でファンタジーを描くことは可能か

2021-10-27 | 書評
肩が凝らない系の本の紹介を。


ライトノベルの中でも転生チート主人公が無双する、いわゆるなろう小説の一つです。加えて当節はやり?の悪役令嬢もの。
タイトルだけで要約になっているのは近年のネット小説にありがちな傾向。
と、書くとそこいらへんの量産型チート主人公無双ラノベと取られそうなのですが。

本作はナーロッパ(俗に言う「なろう小説」でありがちな、中世ヨーロッパ的RPG風味の剣と魔法の世界)ではなく、大日本帝国の要素を濃厚に留めたアナザーヒストリーな90年代〜00年代日本が舞台。当然、主人公だけに見えるステータスウィンドウが開いたり、コマンド選択できたり、というわけではありません。
(作中世界の日本には華族制度がしっかり存続していて枢密院まであったり、戦艦大和がベトナムやペルシャ湾岸、ソマリアで敵性勢力を住民ごと艦砲射撃で吹き飛ばしていたり、樺太を領土とする人口2000万の社会主義国家・北日本人民共和国がかつて存在していたり・・・・・・する割には、しっかり高度経済成長とバブル経済とその崩壊があったり)

著者さんは元々、戦国時代の大友氏を題材にした作品などのネット小説を投稿していた方ですが、「転生チート主人公が史実の英雄に勝てるわけないだろ!」という立場を崩さない人なので、本作でもその立場は堅持されています。
本作での最大の敵手?の一人は史実の小泉純一郎元首相ですが、主人公は彼をバリバリに警戒していますし、逆に小泉元首相?からは主人公は子供扱いです(なお、主人公が作中で小泉元首相モデルの首相と絡んだ時はまだ主人公が小学生のお嬢様・・・・・・)。

さてまあ、なろう小説などと言えば最早テンプレート通り書いたら出来上がりそうなイメージがあるくらいに展開が似通っているのですが(以前の仮想戦記ブーム(火葬戦記と揶揄される類の)を連想させるくらいには、似たような作品が出ています)。
本作がユニークなのは、バブル崩壊後の「失われた30年」を経済戦争の敗戦と捉えた場合の「経済仮想戦記」な要素ではないかと思います。
史実では破綻した拓銀(破綻直前、拓銀に就職していた高校時代の部活仲間が「大丈夫かなぁ」とつぶやいていたのが忘れられません(早めに見切りをつけて家業を継いだ方がいいかも、と無責任にアドバイスした覚えもあります)・・・・・・尚、彼はその後地元で家業を継いでいます)やら山一證券やらそごうやらといった企業群を救済し、リストラクチャリング(首切りの意味でのリストラではない)して日本経済をいくらかでも現実世界よりマシな状態にもって行こうとする主人公と、その資金調達のために主人公がチートな手段(≒前世知識による擬似未来予知)で稼いだ莫大なマネーを狙うウォール街ヘッジファンドの暗闘、そしてあまりにも莫大な富で日本経済に影響を与えまくる主人公を危険視する国内抵抗勢力(とはいえ、まだ幼いお嬢様に危ないことはさせられない!という方向の抵抗が多いので、ひとまとめに敵と断じることもできない)との駆け引きがメインテーマと言ってよいでしょう。

設定上は、現実世界でリーマンショック以降の不況により経済状況が悪化したことから現世を去った若い女性(失業→転職先のブラック企業で体壊す→南無)が、(架空の)乙女ゲームの世界に転生し、ゲーム上の主人公のライバルとなる悪役令嬢になってしまった……という小説です。
ゲーム上の攻略キャラたるイケメン少年たちも小学校からの同級生として登場していますが、如何せん書籍版ではまだ中学生になっているかいないかくらい(ネット連載の方も、字数は増えているけれど現時点では高校にも入学していない)。恋愛のレの字くらいは出てきますが、まだまだお子様な年齢ですしね(婚約者(予定)の少年から、時々乙女心を完全無視してプロポーズされる都度、主人公が「**君のばかぁ!」と叫んだり、小学生らしいちょっとしたドキドキがあったりなかったり、奥手な中学生らしいあれこれがある程度)。

ネタバレはなるべく避けますが、主人公たるお嬢様はラノベらしくかなりのチートキャラで結構好き放題しています。地上波TVにも結構出演している設定なので、そこだけを取り上げれば末は元インドネシア大統領夫人か豊麗なセレブ風ご姉妹か、といった感があります。
本作においては、コミカルな成分をこうした芸能がらみな描写でかなり補っている感があります。

もう一つ、ウォール街のハゲタカさんたちの思考回路(及び、亜流としてのヒルズ族のそれ)がわかりやすく追えることも、本作の良い点ではないかと思います。
そして、彼らをまとめて焼き鳥にした日銀砲の威力と、それをなし得る日本国財政当局及び日本国保有の金融資産の存在が、現実世界でも未だに日本が経済大国の一角を占め続けている一因であることも納得できます。
(実際に、日銀及び財務省が総額30兆円以上という途方もない為替介入を1年以上延々と続けて、ウォール街のハゲタカファンドが次々と破綻したという史実があるわけで……)
現実世界の日本においてはあまり聞かなくなったハゲタカファンドの活動ですが、日銀砲を恐れて手出ししなくなったのか、豊葦原瑞穂国がついにハゲタカすら寄らない不毛の地と化したのかの判断は諸兄姉にお任せします。

ありきたりなファンタジー風小説や仮想戦記と異なり、経済テーマの小説を書くには相応の素養が要求されます。
ラノベでは恐らく当分の間、本作のレベルで経済を扱った作品は当面登場しないと予想しますので、ありきたりではない小説をお求めの方には一読の価値があると考えます。
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書評:日米開戦陸軍の誤算

2021-08-20 | 書評
ちょっとウォーゲーム方面で資料を漁っていて見つけた本。

三行要約
・日本陸軍は科学的・合理的判断から、インド洋方面へ陸海軍の全力を向けてイギリスの戦争経済に打撃を与え、脱落させるという戦略で第二次世界大戦に臨んだ。
・上記の、陸軍による科学的・合理的な戦略を連合艦隊(山本五十六ら)が真珠湾とガダルカナルでぶち壊した。
・陸軍に協力していた左翼的経済学者たちは自己保身からGHQのWGIPに乗じて、自分たちの提言を蒙昧な陸軍首脳(東條英機ら)が相手にしなかったと主張し、陸軍悪玉説を強化した。


冒頭からWGIPだのといったウヨク的な記述が出てきますので、人によっては序章で脱落しかねませんが(苦笑)、分析そのものには頷ける点があります。同様に、「大東亜戦争」という用語に少しでも反感を覚える人にはとても読みづらいと思いますが(かなり右っぽい自覚のある小生でも読み解くにはかなりの気力が必要だった)、一遍読んでおく価値はあると思います。
再読の価値は・・・・・・微妙。

要約:
・大東亜戦争は日本民族の自衛のための戦いであった。
・陸軍は科学的合理的判断から、対英米戦において負け難い戦略を構築していた。
・陸軍は陸軍省経理局・戦争経済研究班(主計課別班)を中心に、経済的側面から対英米戦を研究していた。
・企画院など、他の諸機関の分析では要素毎のデータしか着目せず(鉄鋼生産量他)、対米戦必敗を導き出していた。
 なおよく言われる「総力戦研究所の図上演習」は、総力戦研究所がむしろ陸海軍・各省庁の若手官僚への教育機関であることを考えると、教育・訓練目的のものであり、決して戦略立案を目的としたものではあり得ない。
・戦争経済研究班は秋丸次朗中佐を中心に、有沢広巳ら左翼的な経済学者にも協力を求め、広範な資料を収集しドイツ・英米・日本の「経済抗戦力」を総合的に導き出した。
・戦争経済研究班を中心とした日本陸軍の導き出した腹案は、日本の(ひいては枢軸国の)必勝戦略は東南アジアの資源地帯を抑えた上で、英米の海上輸送力に打撃を与えること。そして、英連邦植民地(インド、中東)に戦線を拡大して英本国の戦争経済に打撃を与えることでまず英国を脱落させることを目指した。
・初戦の段階で日本が優位に戦局を動かせる期間(約2年と見積もる)の間に東南アジア資源地帯を抑え、広域経済圏=大東亜共栄圏を構築することで、長期戦になっても容易に負け難い体制を整えられると考えた。
・独伊については独ソ戦が早期にドイツの勝利に終わらない場合極めて不利と見ていた。また、アフリカ・中東方面への作戦を強化するよう求めることで、日本側のインド・インド洋作戦と連携し、英本国の経済に重大な打撃を与えることを目指した。
・対米戦については伝統の漸減戦略(太平洋艦隊に対する迎撃を中心とする)で持久する、としていた。
・実際に、第一段作戦では上記方針に沿った作戦が遂行され、所期の作戦目標を達成した。
全てを連合艦隊(特に山本五十六)がぶち壊した。特に、真珠湾攻撃でアメリカの抗戦意思を挫くどころか最高潮にまで高めた結果アメリカの経済抗戦力は予想を上回るペースで上昇し、日本が優位に戦局を動かせる期間が1年以下にまで短くなった点と、ガダルカナル戦で最優秀のパイロットと多くの戦争資源を浪費しこれ以降積極的な攻勢作戦を取れなくなった点が決定的であり、ガダルカナル以降日本はインド洋方面で攻勢を取れなくなったことで敗戦不可避となった。
・有沢ら陸軍に協力した経済学者には多くの「進歩的な」学者が含まれており、陸軍に協力した事実を歪める方向で戦後に回想を発表し、陸軍が無謀な戦争へと暴走したというGHQのストーリーへと史実を歪曲した。
・戦後、有沢が保存していた資料や戦争経済研究班作成の資料が発見されたが、マスコミ(日経、NHK)は東條首相に無視された悲運の報告書という形で陸軍の科学性を否定する方向へと歪曲して報じた。

感想:
・「科学的、合理的」というが・・・・・・結果としての「想定される最大値」を、特にアメリカの経済抗戦力見積もり(特に船腹量見積もり)で決定的に誤っている時点で、戦争経済研究班による推論の過程にはかなりの錯誤が混じっていなかっただろうか。
・海軍の戦略決定過程についてはほぼ通説を踏襲しており、本書においては海軍の意思決定について全く等閑に付されている。
 尤も、海軍が艦隊決戦しか希求していないように見える描写は昭和30年代〜50年代に出版された各種戦記・回想録等にも頻出するところであり、海軍の高級将校が対米戦全体を大局観をもって見通したと思われる発言や記録は見出し難いのだが。
・史実では米軍が開戦後即座に開始した無制限潜水艦作戦に対する予測が全くない。あるいは、日本側の通商護衛に対する配慮が読み取れない。まあ、史実では日本陸軍上層部は南方から本土への資源輸送が途絶し始めた昭和19年、大陸打通作戦で東南アジアから大陸の鉄道路線を確保し、それを使って釜山まで鉄道輸送すれば解決!といった程度の見通ししかない組織ではあるのだが・・・・・・
・内容と意図はともかくとして、序盤と巻末に筆者の思想が赤裸々に綴られている部分がきつい。いわゆるウヨク的な人士以外にはまともな読者が得られないのではないか。

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『ベルセルク』最新話が次号掲載故・三浦建太郎さんと親交の深い作家による特別企画も

2021-08-12 | 書評
三浦先生の遺稿なのでしょうかね。

恥ずかしながら途中で挫折してしまったので(モズクズ様が殉教?されるあたりまで)、ファンと名乗るのは烏滸がましい気がしますが、まさか新話が読めるとは。
大長編となって、作者が物語の途中でこの世を去ってしまった例としては、ファンタジー小説『グイン・サーガ』を連想します。こちらは文庫130巻で作者の栗本薫先生が逝去され、131巻以降は他の作家さんたちが引き継いで話を続けています(五代ゆう先生が主に執筆)が・・・・・・やはり、別の作家さんが書くと別の物語(シェアワールドもの)になりますね。
こちらは栗本先生時代の130巻は完読しました。多分、最初の方は日本人の手になるヒロイック・ファンタジーの金字塔と言って良いと思います。

『ベルセルク』もアシスタントさんたちが引き継いで話を続ける(あるいは切りのいいところで話を畳む)展開もありでしょうけれど、作者逝去により未完、で良いのではないでしょうか。

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陳舜臣『中国の歴史 (一)』

2021-07-05 | 書評
ちょっと古い本ですが、シリーズ丸ごと電子書籍に入れて読み始めました。


最新の考古学的知見などは当然反映されていないのですが、本巻では先史時代〜殷(商)〜西周〜春秋時代くらいまでが範囲です。

著者・陳舜臣の、神戸出身の華僑(本籍は台北)という出自からくる中華文化への肌身からの理解と、日本で生まれ育って高い教育を受けた経歴(大阪外語学校で司馬遼太郎の一年先輩)からくる独特の文体が魅力的です。
この本も、概説書なので初心者でも構えずに読めると思います。興味が出てきたら専門書の沼へと漕ぎ出しましょう(笑)
中国史題材の小説を愛読している人なら、一度は通読しておくべき本の一つだと考えます。
・・・・・・白文で正史(史記、三国志や漢書)を読めるような達人なら、あえて必要はないかもしれませんが。

もうちょっと小説っぽく、というのであれば同じ著者の『小説十八史略』もあります。


曾先之『十八史略』の和訳ではなく、翻案小説ですが、多分単なる書き下し文・現代語訳よりはこちらの方がとっつきやすいかと。


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『三体』全巻一気読破

2021-06-08 | 書評
このほど完結した劉慈欣『三体』シリーズを一挙読破しました。大体5時間くらい。

日本のSFで1番近いのは、小生の見るところでは光瀬龍『百億の昼と千億の夜』ですかね。



『百億の〜』は思弁的な描写が多いので、SF度合いは薄めですが。

さて、『三体』日本語版は全部で5冊。



ヒューゴー賞に相応しい作品ですし、若干女性の造形が甘いのは洋の東西を問わないSFの宿痾だと思うのでそこはある意味仕方ないです(特に2人目の主人公の妻になる女性が、まるでモテない理系かつヲタク系男子の妄想そのものなのがまあご愛嬌)。主人公格の三人が全て中国人ですが、これはもちろん中国SFですから当然。その他の登場人物が中国人ばかりと言うこともないので、アメリカ育ちの華人4世あたりが書いたとしても違和感ない感じです。

SF的要素を抜いても多分、中国文学として金字塔を打ち立てたと言って良いでしょう。
絶賛する方が多いのも納得ですし、『ファウンデーション』シリーズや『2001年宇宙の旅』シリーズと並べてもさして遜色ない傑作だと思います。

異星人の性格や行動が些か低劣、と言う声もアマゾンの書評で目にしましたが、まあ文明が進んでいるからといって地球人的尺度において民度の高い民族になるかというとさにあらず、なのは世界史をかじった方ならご存知の通り。
人類と敵対する宇宙人は意外に近くの星系に住んでいますが、そりゃ種族まとめてああなるよなぁ、な過酷な環境で、種族には何ら責任のない特有の事情によって文明崩壊を数多く繰り返して進歩した種族ですし。
超絶的な種族(魔法と見分けがつかないような科学で、恒星系など小指一本で滅ぼしてしまうような)は意外にあちこちを彷徨いていますが、何というか色々な恒星系に発生する知的種族を畑の害虫くらいにしか捉えていないようです。

ただ、手放しに褒め称えられるかと言うと・・・・・・
小生がこれまで読んだ中で1番読後感が近いのは
です(流石に『資治通鑑』原本を素読できるほどの漢文の素養はないです)。
率直にいえば、筆者は何処かで人類の悟性や善性、あるいは宗教的救済に対し、素粒子どころかクォーク1個ほどの信頼も期待も置いていないんだなぁ・・・・・・・と。
同じ設定を思いついたとしても、西欧人や日本人には絶対に書けない作品ですね。
(欧米文化で育った白人なら恐らく一神教的救済を何処かで意識するだろうし、現代日本人は何処かで全ての人間や宇宙人は本質的に善だと信じている)

多分、今のところ作者・劉慈欣氏が当局に逮捕されたという報道はないので、中国共産党はこの小説を認めたと言うことになります。
全ての文芸活動が直接政治的意味を持つ中華文明において、このことが持つ意味は極めて重大です。

ディストピアだよなあ。
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