グラディエーター2、観てきました。
結論から言いますと。
前作でローマ帝国の描写に痺れた人は必見。
前作ファンはとりあえず見るべし。
なお、今作公開直前の予習として、今年(2024年(令和6年))10月中旬に前作の4Kリマスター版が上映されていた模様。
以下、若干長めですが前作の復習を兼ねて紀元2世紀末のローマの事情をば。時あたかも中国では三国志演義の時代のほんの少し前、日本は多分邪馬台国の時代です。
『グラディエーター 4Kデジタルリマスター』10/11(金)~10/24(木)期間限定劇場公開
巨匠リドリー・スコット監督が贈る伝説的名作『グラディエーター』の続編!映画『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』11月15日(金)劇場公開
映画『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』公式サイト
前作は
マルクス・アウレリウス帝の治世最末年のA.D.180年から始まります。世界史で「
五賢帝」を習った覚えのある人も多いと思いますが、その最後の最後くらい。
作中での時間経過は1年あるなしくらいに描写されますが、史実では192年に暗殺されるまで12年余りコンモドゥス単独の治世が続きます。
…まあ、この辺は創作上の歴史改変ということで流すとして、前作『グラディエーター』の時代は間違いなくローマ帝国最盛期なのです。賑わってはいても決して荒廃してはいない、古代ローマ屈指の「佳き時代」。
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前作DVDのコメンタリーでは、ルシアス皇子の実の父はマクシマスではないことになっていたような…ですが、ディレクターズカット版で描写が付け加えられ、今作では明確に
ルッシラ皇女とマクシマスの子ということに。ローマ上流階級にはありがちな話だったらしいのですが、なんだかなぁ。
それはともあれ、前作は悪の皇帝・コンモドゥスがコロッセオでマクシマスに斃され、マクシマスもローマを共和制の国に戻すのだと遺言して、故郷スペインの麦畑を麦の穂に触れながら歩いて愛する妻子の元へ去り……なエンディングだったのですが。
実際にはコンモドゥスの死後、「
五皇帝の年」と呼ばれる大混乱を経てセプティミウス・セウェルスが即位、セウェルス朝が始まります。しかし、これがまた……
セウェルス朝初代の
セプティミウス・セウェルスはアフリカ出身、もっといえばカルタゴ出身の軍人・元老院議員から皇帝になった人です。彼の子孫に比べればまだしも人格だけはまともな皇帝でしたが、その出自(カルタゴ人ですから、アメリカで言えば日系など東アジア系かロシア系2世が大統領になったようなものかと)と即位時の事情から元老院とは敵対関係にあり、自らの権力基盤とした軍を富ませることに執心して軍事費が激増し、それにより民衆は重税にあえぐことになります。彼はシリアの太陽神ヘリオガバルスの神官の娘と結婚したのですが、どうもこの妻、
ユリア・ドムナの血がよろしくなかったようで・・・
セウェルス朝2代目がカラカラとゲタ。本作の皇帝ですね。
で、認知されていると思われます。美大出身の愚妻曰く、本作のカラカラのビジュアルが上記の石膏像のイメージとかけ離れすぎていて……とか。
実はこのカラカラ、コンモドゥスを凌ぐ暴君として有名でもあります。『
ローマ帝国衰亡史』を著したギボン曰く「
人類共通の敵」。
アントニヌス勅令でローマ市民権を全属州民に付与、と聞くとプラスイメージかもしれませんが、実際には税収不足を補うための手段だったりします。弟の
ゲタ(作中では、まだしもまともなゲタがカラカラをフォローしているような描写でしたが、実際にはお互いに単独統治を望み憎しみ合っていた模様)を母親の前で殺して正当防衛と嘯くわ、ゲタ殺害の顛末をからかった詩が流行った属州エジプトのアレキサンドリアに出向いて、「話を聞くぞ」と寛大な様子を見せたカラカラ帝に感心した無辜の市民が多数集まってきたところを軍に命じて2万人以上を屠るという大虐殺をするわ、……これ以上詳しい話はギボンの著作をどうぞ。
作中でもゲタと並んで「まともじゃない」雰囲気を醸し出すべく、前作コンモドゥスのようなメイクをしていましたが、コンモドゥスが名君に見えるくらいメチャクチャな暴君だという知識がないと、何だあの白塗りのひ弱なバカ殿は?で終わってしまいます。実際、日本語による各種映画サイトのレビューではカラカラが何者か分かっていない書き込みがほとんどです(それはそれで、作中描写のみで評価することでもあるので正しくはあります)。
多分一般的な日本人だと、古代ローマについてはヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』『
プリニウス』くらいしか一般向けの認知がない(塩野七生『
ローマ人の物語』シリーズを読破するような人種は、筋金入りの歴史マニアに違いないのでこの際おきます)ので、無理もないと言えば無理もありません。
そこで、今作におけるローマの描写ですが、24年間のCG技術の発展により更に描写はグレードアップしています。そして、注意深く観察すると、前作には明らかに「なかった」ものがあります。夜、ローマの路地、コロッセオの近くにも転々と焚き火する人々が。
そして、主人公ハンノ(ルシアス)が剣闘士として馬車に詰め込まれて移送されているところにもお恵みをと寄ってくる、乞食な人々。
そう、今作のローマは明らかに前作からの16年間で衰えているのです。
思えば前作、西暦2000年の頃はアメリカも元気でした。格差はあれど2024年現在ほど分断感があったわけではなし、テロとの戦いが始まるは翌年、パクス・アメリカーナの最盛期といってよかった時代です。
あれから24年、依然経済力と軍事力は世界一なれどアメリカ国内での人種間の対立や階層間の対立は手で触れば血が出そうなくらいに先鋭化し、溢れる不法移民が種々の問題を引き起こしているとされ、多様性を言い立てるWokeな人々が言葉狩り表現狩りに邁進し、SNSはかえって人々の分断を助長する。今作でのローマの描写はそこに通じるものがあります。
さて、ようやく今作の話です。三国志演義なら赤壁の戦いの頃のお話。日本だとそろそろ卑弥呼が出てくる頃かな。
本作の年代は詳らかではありませんが、作中で前作の16年後であることが示されます。前作の出来事が182年のコンモドゥス暗殺未遂事件をベースにしていると考えると、単純に計算すると198年ということになります。しかし、それではカラカラ・ゲタ兄弟の父帝、セプティミウス・セウェルスの治世前半に当たってしまいます。といって192年、史実でのコンモドゥス帝の没年から16年後では208年。カラカラ帝の即位年は209年なので、16年の数え方によってはギリギリですが、今度はルッシラ皇女がルシアス皇子を落ち延びさせた時点で12歳、という描写が怪しくなります。マルクス・アウレリウス帝が亡くなった180年にルッシラとマクシマスが結ばれたことにしないと辻褄が合わなくなりますが、前作での作中時間の経過が何とも怪しくなります。
というのも前作の前半、コンモドゥス帝が凱旋式を挙行した時にルシアス皇子が出迎えているのですが、ルシアス君はラストまでほとんど成長が見られないので作中でのルシアス君の時間は1〜2年の経過と考えないとこちらも矛盾が生じます。実は180年にコンモドゥスが父帝を弑し奉り、その罪をマクシマスに擦りつけてから、マキシマスがローマへプロキシモ一座と共にやってくるまで10年経っていた、という解釈もなくはないのでしょうが……
冒頭の、軍艦と城塞都市との交戦から始まる戦闘シーンは前作同様圧巻でした。前作がローマ軍団による野戦での大会戦を描いていることへの対比でしょうか、海戦と攻城戦になっています。流石に前作冒頭のゲルマン人との戦闘シーンほどの衝撃はありませんが、見ごたえは十分。
アカシウス将軍(ルッシラ皇女の後添)も筋の通った漢として描かれています。ルッシラ皇女は年月を経てもお美しい(役者さんも同じコニー・ニールセンさん)のですが、やろうとしていることは前作のほぼコピー。
※無粋な史実をいいますと、ルッシラ皇女は182年に起きたコンモドゥス帝暗殺未遂事件に関与して追放、後に処刑されています。彼女の息子もカラカラ帝に殺されていたりします。
……最初の剣闘シーン、ヒヒとの戦いは減点材料。24年前はCGフル合成が無理だったため本物のトラを使ってリアリティ満点でしたが、今作はなまじCGが”使えてしまった”ために却って現実感を損ねていました。これは今作中、コロッセオの中でチラッと出てくるトラかライオンと思しき猛獣も同様。ヒヒだかクリーチャーだかわからんアレだけはなんとかならなかったものだろうか……
ちなみにコロッセオに水を張ってガレー船を浮かべ、海戦を再現したのは史実で、完成当初にそのような演目があった記録もありますが、後年セリを設けて水密が保てなくなったため、カラカラの頃にこれができたかどうかは調査不足で何とも言えません。
※とはいえ前作クライマックスで、コンモドゥスとマクシマスがセリで闘技場のアリーナに登場していたので、それを考えるとセリの部分をローマンコンクリートで塞いで置かない限り水密的に無理があるのでは……
流石に闘技場プールの中へサメを放したのは演出過剰な気がしますが、まあ絶対に不可能とも言えないので(苦笑)
それよりも、宮殿内の池に錦鯉っぽい魚が泳いでいる方が気になる人がいるかもしれません。
本作におけるラスボス、
デンゼル・ワシントン御大演じる
マクリヌス(現在のアルジェリア出身)は、史実ではカラカラ帝の近衛隊長を務めていました。その後皇帝の猜疑を買い、カラカラ帝が暗殺された際に彼の関与が噂された人物です。剣闘士上がりの人物というわけではなく、文官として出世した人物ですがまあそこは置きます。
カラカラ帝の死後、彼はローマ史上初めて元老院議員の経歴を持たない騎士身分出身者としてローマ皇帝に即位します。カラカラ帝によって(彼のペットのサルと一緒に)執政官(コンスル)に任命されるシーンは、一応史実を踏まえていると言えなくもありません。また、彼がカラカラ帝を殺害するシーンも、史実の脚色としてはありな範囲でしょうか。
クライマックスシーンでマクリヌスはルシアス(ハンノ)と剣闘の末討たれます。しかし、前作と異なりもはやローマの名誉も正義も見い出せない世の中。
ラストシーンでルシアス(ハンノ)が「教えてくれ、父上」と嘆きますが、マクシマスも答えようがない嘆きでもあります。
というのもマクリヌスの死後、次の皇帝はカラカラ帝の母方の従兄弟の子、ローマ帝国史上燦然と輝く
超弩級歴史的変態にして超絶美少女な男の娘皇帝・
ヘリオガバルス(エラガバルス)なのです。
あまりにも変態度が過ぎて、LGBTQの権利を尊重するべしとするWoke仕草な流れから再評価が進んでいるという(英国の某博物館では彼に関する展示を「彼女」として女帝扱いにしたそうな)、ヲタクの妄想的要素山盛り詰め込み過ぎで頭痛が起こるような人物ですが、シンプルに当時の価値観で判断するならもうHENTAIの一語に尽きます。
※意外なことに、政策だけで判断すると今日の観点からは評価に値する先進的な政策(特に貧民対策などで)を行っている比較的まともな部類の皇帝ではあります。とはいえ、先入観をリセットした上で女性としてみてもこれはちょっと……な性的放縦振りが酷すぎる上、あまりにも度々法によらず愛憎を優先させてお気に入りの女性を裏切った男性を恣意的に処刑していたりするので、女性君主としてみても暴君と評して差し支えない君主です。
*なお、彼の行状を細かく記すと誇張と思われる部分を省いてもR18、特色ピンクの薄い本でしか描けない世界になってしまいますので省略。ちなみに、男の娘絡みの18禁同人誌で描かれているようなアレコレは現代文明の利器を用いたものを除き、おおよそ全てのシチュエーションをこなしているそうな(呆)
それはもう、ハンノ(ルシアス)でなくとも「どうしたらいいんだ、教えてくれ、父上(マクシマス)」と言いたくもなろうという展開が待っている次第。
(なお、そうはいっても一応共和制の建前は残ったようでして、東ローマ帝国では9世紀以降その滅亡まで「デーモス(市民)」という官職名の役人が皇帝即位を寿ぐという儀式があったそうな・・・)
と、ここまで書いてみての感想。
ひょっとして、マクシマス・ルシアス父子、暴君を弑するのは良いが却って事態を悪化させているのではなかろうか……まさにアメリカ合衆国が他国の混乱に介入した時の仕草かもしれないと思えば、意外にアメリカ的価値観を忠実に反映した映画なのかもしれません。