そんでもって、次に向かったのが河堀稲荷(こぼれいなお)神社です。
ホームページも見当たらないような小さな神社です。
年末だった為、おじさん達がお正月ようのテントを張ったりして忙しそうに働いていました。
この日は、ゆっくりできないような感じでしたが、普段はほ静かな神社なんでしょうね。
(((o(*゜▽゜*)o)))ワクワク楽しみ隊の隊長、二埜り音(にのりおん)です!
う~ん、いったいこの神社の意味は何?
どうしてここを2番目に巡るのか?
など、数々の疑問はあれど兎に角参拝して次の今宮戎神社へと向かいまいました。
社務所も一様在りましたが、誰もおられなかったので結局御朱印は頂けず…。
手を洗おうとしてふと気が付いた
ネッ・・・
ネコが!!
御手洗の間に2匹が隠れていました。
親子のように思いましたが、子猫とバッチリ目があった瞬間でした。
こんな所にいると水がかかるでしょうに・・・ね
家に連れて帰りたかったです。
声をかけてみたのですが無反応でして。
あっち行って!!というような顔してました。
貫禄のあるネコがいました。
ボスネコかな。
・・・て所で次は今宮戎神社です。
行ったことなかったので楽しみ♪
ウィキペディアより
河堀稲生神社(こぼれいなおじんじゃ)は、大阪市天王寺区大道にある神社。古代・景行天皇の時代、当時昼ヶ丘と呼ばれていたこの地に稲生の神を祀ったのが最初とされている。聖徳太子が四天王寺を建立した際に社殿が造営され、崇峻天皇を合祀して四天王寺七宮の一つに数えられた。
続日本紀によれば、延暦7年(788年)3月、摂津太夫・和気清麻呂が農業の振興と水害の防止を目的に、摂津国と河内国の国境に河川を築いて西方の海に流し込む大規模土木事業を提案し、工事の安全を祈願した。この工事を境に、付近一帯の地名表記は古保礼から河堀と改まった。江戸時代初期、片桐且元の寄進により壮麗な権現造の拝殿に改まった。元禄2年(1689年)、素盞嗚尊を勧請し合祀。1907年(明治40年)、清水谷にあった稲荷神社を合祀して、現在の社名に改まった。この稲荷神社は、大阪城内の屋敷の鎮守であった。
≪メモ≫
位置:北緯34度38分59.8秒/東経135度31分11.3秒
ご祭神:宇賀魂大神、崇峻天皇、素盞嗚尊
≪地図と所在地≫
所在地:大阪府大阪市天王寺区大道3-7-3
≪アクセス≫
JR環状線寺田町駅から北出口から徒歩10分
住宅地の中にある地元の人達の為の神社と言う感じです。
難波八阪神社からだと、御堂筋線で天王寺まで行ってJR天王寺に乗り換えて環状線鶴橋方面の電車で寺田町下車。
******************************************************
◎今後の個人セッション&講座の予定など ⇒ ここをクリック
講座・個人鑑定の詳細・お申込は最新ブログ(の下の方)をご覧ください。
最新ブログ ⇒ ここをクリック
*******************************************************
励みになります
ブログランキングをポチッとして頂ければ嬉しいです!!