今日は朝から法事で京都へ~。紅葉でも有名なお寺を祖父が気に入り自分達のお墓をそこにつくったのそうです。ここはボクも気に入っていて、墓参りなどいっても気分が一掃されます。待合室?で待ちながら庭を見つつ、叔母が「ここを修理するのにお金がたくさん必要だったのね~」などと幻想的な庭を前に現実的な話をポロっという。
場所をうつして本格的にお経が始まり~。「むむっ」お坊さん(オッサン(方言?)ではありません。お坊さんです)の手が・・・。何本あるのかというような動き・・・。木魚が不自然。そうなのです。電動かつ自動でリズムカルかつ強弱がついて動く木魚なのです。木魚がお経に合わして動くのか、お経を木魚に合わしているのか~。まるでコンピューターに動かされている様な日常を思い起こしていたら、「うんにゃらほら~」と聞こえた。「???」それは日本語?と思ったら、また「うんにゃらほら~」とおっしゃってるではないか!まさか漢字が読めないわけではあるまいし・・・(失礼)。
あれは一体どういう漢字なのか。謎のまま終わってしまった。ひょっとして業界用語があるのか~などと思いながらも調べる気は全くなし~。プロ?に一任です。それにしてもお寺や神社などという空間は気持ちが引き締まりますね~。ほっとするし、安らぎも感じますからとてもよい空間です。若い頃、京都出身のボクとしては見ておかなければ~と社寺、茶室、民家を見てまわったことを思い出します。結構、たくさん見ましたね~。あまり覚えていませんが・・・。
終わった後、皆でお昼を食べるのに平安神宮の近くの店へ入りました(予約済)。疎水が窓から見えて「昔、もっと水量があって、よくここで泳いだなぁ~」「あそこの橋から飛び込んでいたっけ」など今では信じられないことをいう父親と叔父叔母達であった。おまけに「動物園」には「あの柵の塀ぞいを歩いて無料で入った」などという、今でしかいえない(すでに時効)事を平気で言う還暦を過ぎた人たちであった。今ではもちろん疎水は遊泳禁止で動物園に入ろうとする少年などいない。おおらかな良き時代だったようです。
そして 動くのですか~?
平行移動? それとも 木魚の形が変わるの?
なぜ 木魚を自分で叩かないのでしょう?
まさか お経もCDで 口パク~ではないのでしょうねえ?
お経は 原語(サンスクリット語)だったのかな?
ところで
私のブログの 「ぶろぐりんく」に Genさんのブログを
追加させて頂きました~ (★^▽^)V
たたかないかは?です。でもとてもよく出来ていて、手でたたいているような
かんじなのです。さすがに口パクはありません~。
お経は原語だったのですね。納得です。なにかのおまじないのように
かわった手つきもされてましたから。
「ぶろぐりんぐ」に掲載していただいてありがとうございます。
ボクは勝手に載せましたので・・・。失礼しました。
今後もよろしくお願いします。