母が3月15日に退院した。
長い入院で、私は今も、まだ疲れが取れていない。
入院期間は、2か月だった。先生には4か月はかかると言われていたので、
早く退院出来た方だ。
私は、これ以上続いたら、体がもたないと思った。
母は、入院した時から個室を希望していたが、空きがなく4人部屋に入った。
病院にはICUがなく、手術が終わると病室に戻る。
母の手術は、折れた骨が、上がっていたために、まずは足の骨を正しい位置に
戻すための1度目の手術。
2度目が本番とでも言うか、19日に人工骨にする手術をした。
麻酔が切れると、激痛が襲う。
痛み止めも、6時間は空けないと出来ない。
その母を、置いて帰るのは辛かった。
この部屋は、ナースステーションの横にある。
私は出来る限り母に付いた。朝の8時から夜の9時まで。
家に帰ると風呂に入って、寝るだけだった。
朝食の時間には行ってやりたかったので、寝ることもあまり出来なかった。
同じ部屋には、母と年代が一緒くらいのお婆さんが2人と、60歳代のおじさんだった。
1人のあ婆さんは、1日中 「お母さん、お父さん、迎えに来て。」とか
「痛い。痛い。」「帰る。帰る。」と、大声で言っている。
もう1人の お婆さんも、少し呆けていて、何度も同じことを言う。
私にベットの高さ調節とか、薬を飲ませとか、言ってくる。
「してあげたいけど、看護師さんに言わないとね。」と、コールのボタンと押す。
60代のおじさんは、前に脳卒中で倒れたとかで、やはり大声を出したり
ナースが「何してるの。」と何人もが集まって来たりと、にぎやかな部屋だった。
手術後、苦しんでいる母には、きついと思った。
婦長に個室をお願いするが、空いてないと言われた。
では、部屋を変えてほしいと言うが、術後なのでナースが近いほうがいいとの事だった。
私は、母が高齢のため、、痴呆になってしまわないか心配だった。
どうしても、近くで大声を出して意味不明の事を言われると連鎖してしまう。
大声のお婆さんが、「家がない。帰れない」と言うと 母も、「私の家はどこ?」
と、言ったりするようになった。
「私は何でここにいるの?」「ここに住んでるの?」「ここに居たらいいの?」
いっぱいいろんな事を言い、混乱してきた。
小便の管が入っているのだが、気持が悪いのか取りたがる。
入っているのに、おしっこすると言う。
その度に、説明する。1日に数十回。
取りそうになる時も、説明する。辛かった。
ある日、朝行くと、尿が真っ赤になっている。
すぐに、聞きに行くと、昨夜管を抜いたと言う。
私は、ここでもいいから、母に付いていたいと申し出た。
すると、2人部屋を、個室にしてくれた。
26日。手術から1週間後。
私はその日から、母と一緒に病院に寝泊まりするようになった。
長い入院で、私は今も、まだ疲れが取れていない。
入院期間は、2か月だった。先生には4か月はかかると言われていたので、
早く退院出来た方だ。
私は、これ以上続いたら、体がもたないと思った。
母は、入院した時から個室を希望していたが、空きがなく4人部屋に入った。
病院にはICUがなく、手術が終わると病室に戻る。
母の手術は、折れた骨が、上がっていたために、まずは足の骨を正しい位置に
戻すための1度目の手術。
2度目が本番とでも言うか、19日に人工骨にする手術をした。
麻酔が切れると、激痛が襲う。
痛み止めも、6時間は空けないと出来ない。
その母を、置いて帰るのは辛かった。
この部屋は、ナースステーションの横にある。
私は出来る限り母に付いた。朝の8時から夜の9時まで。
家に帰ると風呂に入って、寝るだけだった。
朝食の時間には行ってやりたかったので、寝ることもあまり出来なかった。
同じ部屋には、母と年代が一緒くらいのお婆さんが2人と、60歳代のおじさんだった。
1人のあ婆さんは、1日中 「お母さん、お父さん、迎えに来て。」とか
「痛い。痛い。」「帰る。帰る。」と、大声で言っている。
もう1人の お婆さんも、少し呆けていて、何度も同じことを言う。
私にベットの高さ調節とか、薬を飲ませとか、言ってくる。
「してあげたいけど、看護師さんに言わないとね。」と、コールのボタンと押す。
60代のおじさんは、前に脳卒中で倒れたとかで、やはり大声を出したり
ナースが「何してるの。」と何人もが集まって来たりと、にぎやかな部屋だった。
手術後、苦しんでいる母には、きついと思った。
婦長に個室をお願いするが、空いてないと言われた。
では、部屋を変えてほしいと言うが、術後なのでナースが近いほうがいいとの事だった。
私は、母が高齢のため、、痴呆になってしまわないか心配だった。
どうしても、近くで大声を出して意味不明の事を言われると連鎖してしまう。
大声のお婆さんが、「家がない。帰れない」と言うと 母も、「私の家はどこ?」
と、言ったりするようになった。
「私は何でここにいるの?」「ここに住んでるの?」「ここに居たらいいの?」
いっぱいいろんな事を言い、混乱してきた。
小便の管が入っているのだが、気持が悪いのか取りたがる。
入っているのに、おしっこすると言う。
その度に、説明する。1日に数十回。
取りそうになる時も、説明する。辛かった。
ある日、朝行くと、尿が真っ赤になっている。
すぐに、聞きに行くと、昨夜管を抜いたと言う。
私は、ここでもいいから、母に付いていたいと申し出た。
すると、2人部屋を、個室にしてくれた。
26日。手術から1週間後。
私はその日から、母と一緒に病院に寝泊まりするようになった。