なかなか進まない日記なので、この際に、4月の分を
並べてしまおうと、ここに写真と文を記します。
3月までは例年通り、冬ごもりな感じで、4月からぼちぼちと外出が
始まりました。
長い遠出をしない冬ごもり中に、ずっと願っていた事が二つありました。
一つは、クーくんが小さかった頃、よく台所のお手伝いをしてくれた事を
思い出していました。
それも海老フライを作る時、海老のころもを着けるのは自分の役目と思っていて、
献立は「海老フライ」と知ると、必ず小さいクーくんが台所に来て脚立に載って、
丁寧にころもを着けてくれるのです。
今は中学3年生。 もうそんなこと遣らないよね、と思っても、その時の一生懸命
パタパタとパン粉を着けている小さい後姿が忘れられず、思い出しては胸キュンになって
いました。
ところがその日は私が息子の家族を呼んで、メインは海老フライをつくることにした日、
昼ごろからウチに来ていたクーくんが、「ばーば、僕が衣を着けるよ」と言ったのです。
小さい頃と同じ、丁寧に仕事してくれたので、なんとか時間に間にあいました。
手首の骨折以来、なかなかスムーズに仕事が捗らなくなったばーばを見かねたようでした。
思わず内心、願いが叶ったと感激。みんなで楽しく食卓を囲む事が出来ました。
もう一つの願い事は、クラシックを聴きたい、それも出来ればサントリーホールで、
ということでした。
私の「クラシック」歴はとても浅く、ベースになっているのは、2006年のサントリーホールでの
「ガラ・コンサート」と映画「ベルリンフィルと子どもたち」の二つ。
それとブログ「電網郊外散歩道」さんのクラシックに囲まれた日常生活の記事の影響、
というのもあると思います。
他にはBSをみていたら、いつの間にかクラシックの演奏になっていて、それに感動していた、
というのもあります。
で、私の願いに近いチケットを購入できないものかとサントリーホールのスケジュール
にアクセスして眺めていたら、昨年の11月にサッバティーニの公演があったようで、
かなりショック!
知る努力はしなかったので、当然ですが・・・
これからは時々アクセスしようとお気に入りに入れました。
それが3月までの冬ごもり中のことでした。
明けて4月3日、ツレから昼間電話がありました。
「明日、サントリーホールに行けるか?」ですって。
「ええ~っ? 行ける行ける!」
なに、その偶然!?
私は言葉に出して「サントリーホールに行きたい」と誰にも言ってなかったのに。。。
「クラシック聴きたい」とは言っていたかもしれません(笑)
強く願ってみるものですね。
そのサントリーホールの公演は「がんばろう! 日本スーパーオーケストラ チャリティーコンサート」でした。
下野竜也さんの指揮で。 前から2番目の席でしたから、ダイナミックに指揮棒を振るう
彼の姿は微笑ましいものでした。
ポーランドの ヤーボルカイ兄弟のヴァイオリンとチェロの音はとても豪華で素晴らしく感じました。
楽器も素晴らしいものを弾いていられるのでしょうね。
震災の時の流木から作られたヴァイオリンの演奏もありました。
流木のヴァイオリンは奏者リレーをしているそうで、今回はヤボルカイの兄の演奏だったように
記憶しています。
その音はとても悲しげでした。
私の耳には、「ぼく、とても寂しかったんだよ。苦しかったんだよ。寒くて悲しくて孤独だったんだよ。」と
津波で流されていた時の記憶を話してくれていたように感じました。
その後は第九の合唱 今手元にプログラムが無いのが残念。
素晴らしい演奏と合唱でした。
私も、なんてつい思ってしまいます。
第九など合唱できるようになったら、きっとボケとは無縁になり活性化しそうです。
うらやまし・・・
会場を出ると、主な出演者たちがチャリティー募金箱を持ってあちこちに立って いました。
指揮者の下野竜也さんの募金箱に入れました。
私の2006年10月のブログ記事 ガラコンサート
2007年11月のブログ記事 ベルリン・フィルと子どもたち
並べてしまおうと、ここに写真と文を記します。
3月までは例年通り、冬ごもりな感じで、4月からぼちぼちと外出が
始まりました。
長い遠出をしない冬ごもり中に、ずっと願っていた事が二つありました。
一つは、クーくんが小さかった頃、よく台所のお手伝いをしてくれた事を
思い出していました。
それも海老フライを作る時、海老のころもを着けるのは自分の役目と思っていて、
献立は「海老フライ」と知ると、必ず小さいクーくんが台所に来て脚立に載って、
丁寧にころもを着けてくれるのです。
今は中学3年生。 もうそんなこと遣らないよね、と思っても、その時の一生懸命
パタパタとパン粉を着けている小さい後姿が忘れられず、思い出しては胸キュンになって
いました。
ところがその日は私が息子の家族を呼んで、メインは海老フライをつくることにした日、
昼ごろからウチに来ていたクーくんが、「ばーば、僕が衣を着けるよ」と言ったのです。
小さい頃と同じ、丁寧に仕事してくれたので、なんとか時間に間にあいました。
手首の骨折以来、なかなかスムーズに仕事が捗らなくなったばーばを見かねたようでした。
思わず内心、願いが叶ったと感激。みんなで楽しく食卓を囲む事が出来ました。
もう一つの願い事は、クラシックを聴きたい、それも出来ればサントリーホールで、
ということでした。
私の「クラシック」歴はとても浅く、ベースになっているのは、2006年のサントリーホールでの
「ガラ・コンサート」と映画「ベルリンフィルと子どもたち」の二つ。
それとブログ「電網郊外散歩道」さんのクラシックに囲まれた日常生活の記事の影響、
というのもあると思います。
他にはBSをみていたら、いつの間にかクラシックの演奏になっていて、それに感動していた、
というのもあります。
で、私の願いに近いチケットを購入できないものかとサントリーホールのスケジュール
にアクセスして眺めていたら、昨年の11月にサッバティーニの公演があったようで、
かなりショック!
知る努力はしなかったので、当然ですが・・・
これからは時々アクセスしようとお気に入りに入れました。
それが3月までの冬ごもり中のことでした。
明けて4月3日、ツレから昼間電話がありました。
「明日、サントリーホールに行けるか?」ですって。
「ええ~っ? 行ける行ける!」
なに、その偶然!?
私は言葉に出して「サントリーホールに行きたい」と誰にも言ってなかったのに。。。
「クラシック聴きたい」とは言っていたかもしれません(笑)
強く願ってみるものですね。
そのサントリーホールの公演は「がんばろう! 日本スーパーオーケストラ チャリティーコンサート」でした。
下野竜也さんの指揮で。 前から2番目の席でしたから、ダイナミックに指揮棒を振るう
彼の姿は微笑ましいものでした。
ポーランドの ヤーボルカイ兄弟のヴァイオリンとチェロの音はとても豪華で素晴らしく感じました。
楽器も素晴らしいものを弾いていられるのでしょうね。
震災の時の流木から作られたヴァイオリンの演奏もありました。
流木のヴァイオリンは奏者リレーをしているそうで、今回はヤボルカイの兄の演奏だったように
記憶しています。
その音はとても悲しげでした。
私の耳には、「ぼく、とても寂しかったんだよ。苦しかったんだよ。寒くて悲しくて孤独だったんだよ。」と
津波で流されていた時の記憶を話してくれていたように感じました。
その後は第九の合唱 今手元にプログラムが無いのが残念。
素晴らしい演奏と合唱でした。
私も、なんてつい思ってしまいます。
第九など合唱できるようになったら、きっとボケとは無縁になり活性化しそうです。
うらやまし・・・
会場を出ると、主な出演者たちがチャリティー募金箱を持ってあちこちに立って いました。
指揮者の下野竜也さんの募金箱に入れました。
私の2006年10月のブログ記事 ガラコンサート
2007年11月のブログ記事 ベルリン・フィルと子どもたち
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