昇交点

五藤テレスコープ的天文夜話

マークX物語(12)

2014-04-07 09:01:28 | マークX物語

Cometra_p_type

第12話 コメットトラッカーの登場

マークX赤道儀のモータードライブ(MD)が音叉、水晶、5速型と進展していった様子は、8話から11話でお話しました。80年代も中ごろになると水晶発振のモーター回路が1rpm以外でも自由にできるようになり、MDのコストダウンが進みました。それまで内部に4枚構成のギアで恒星時を出力していたものが、2枚のギアで出せるようになったのです。この結果誕生したのがP型MDでした。コントローラーがすっぽり手のひらに収まるほど小さく、技術の進歩に感激したものでした。

ちょうどそんな頃、1986年にハレー彗星が地球に接近することになりました。これに合わせて開発されたMDがコメットトラッカーです。2軸のMDですが、速度を4桁の数字ダイヤルで可変できるようになっています。これは水晶発振の分周回路を制御しているもので、5,000が恒星時、4,986が太陽時になります。赤経・赤緯とも0から9,999まで設定でき、彗星など恒星とは違った動きをする天体に合わせて追尾ができるようになっていました。これによって彗星の微細な流線構造なども写真に捉えようとしたのです。

肝心のハレーはぱっとしない彗星でしたが、私は今でもこのコメトラ(当時社内ではそう略されていました)を大切に愛用しています。しかし全国のマークXのご愛用者も、そろそろ電装系が寿命を迎える時期ではないかと感じています。いま私たちはマークX赤道儀用に2軸MDを開発中です。これは当時のMDの復刻ではなく、現在の新しい技術を盛り込んだMDになります。それによってマークXがこの先また数十年生きることになると思っています。この2軸MDは近日中にプレスリリースできる予定です。

8話から12話でMDのお話をして参りました。次回からはちょっと別の視点でマークX秘話をお話したいと考えております。(suzu)

画像 P型とコメットトラッカーのハンドボックス


マークX物語(11)

2014-02-03 09:23:07 | マークX物語

Dc_5spped_md

第11話 バックラッシュ補正回路って何じゃ?

マークX用の初代モータードライブ(MD)の開発は第8話でお話ししましたが、その次世代型が3年後の1979年に発売されました。DC5速型と呼ばれたこの新製品は、恒星時に対して±2倍、±4倍速のスピードレンジを持っていました。ここで新しい問題が発生したのです。-4倍速時には赤経モーターが逆転するということです。赤経用MDは常に一定方向に回転しているため、ギアのバックラッシュ(噛み合いの遊び)は無視できるのですが、逆回転が発生するとこの遊びの大きさが、ボタンを押してから動き出すまでのレスポンスに影響してくるのです。

そこでこのバックラッシュを電気的に最小限にする回路が考え出されました。逆転のボタンを押すと、バックラッシュの量だけモーターが高速で逆回転を行うよう、タイマーコントローラーが付加されたのです。MDのコントローラーの裏面に小さなドライバーで動かすボリュームが付いていて、これでバックラッシュの量を調整していました。

発売と同時に、この技術の質問がアマチュア天文家から多く寄せられました。当時の赤道儀の常識からして赤経モーターを逆転させるなど殆ど考えられなかったからです。

この回路は当時実用新案を取得していましたが、長い年月とともにその工業所有権も切れて、現在では各社のMDに同じような考え方の回路が内蔵されています。特に2軸のMDでは赤緯の回転で重宝します。しかも現在のマイコンでは、操作状況からバックラッシュ量を自動判定してくれる機能も一般的になっています。(suzu)

画像 : DC5速型MD


マークX物語(10)

2013-12-12 16:41:49 | マークX物語

Gensokubidou_1

Gensokubidou_2

第10話  手動式MDとなった減速微動装置

マークXシステムの発売当初よりある駆動用付属品として、減速微動装置という製品がありました。これは超焦点の写真レンズや望遠鏡で天体写真を撮影する場合に、赤経はモータードライブ(MD)のコントロールボタンで微妙な追尾が可能ですが、赤緯方向はウォームを手で回すことになるので微妙な動きが出しづらく、このためにウォームの回転をおよそ1/10に減速する付属品が必要となったのです。

実はこの装置、MDの減速ギヤーをそのまま使っているのです。物語第8話でも書いた通り、当時のパルスモーターは1, 2, 5rpmといった決まった回転数のものが入手可能なため、MDのモーターには1rpmが使われていました。このモーターをウォーム軸に連結するために使われた4枚の歯車が、そのまま減速微動装置にも使われました。減速比はおよそ1/11.4になり126歯のウォームホイルに伝えられます。

すなわちこの装置はMDのモーターを取り外し、それにつまみを付けたものということになります。すると……、そうです。このつまみを1分間1回転すればMDの代わりになることに気づきます。つまみには5秒おきに12等分目盛が入っていて、アナログ時計の秒針を見ながらつまみを回転させれば、恒星時追尾が手動でできます。

物が豊かな現在の天文屋さんには考えられないことですが、高価なMDが買えなくてこの減速微動装置をMDとして使っておられた往年の天文屋さんも多いはず。本当にご苦労をかけてしまいました。反省!(suzu)

画像上:MXカタログに表れた減速微動装置
画像下:減速微動装置とアナログ時計


マークX物語(9)

2013-11-01 12:47:00 | マークX物語

Pm8

Mdu_2

第9話 マークXのピリオディックモーション

いかに精度の良いモータードライブ(MD)を作っても、それが赤道儀に正しく取り付けられて、かつ赤道儀の性能もそれに合致した性能がないとMDは生きてきません。今日、長焦点での天体写真の撮影に、ほとんどのアマチュアはオートガイダーを使用していますが、マークX開発当時はそんな便利なものはまだなかったので、赤道儀のウォームギアのピリオディックモーション(PM)が追尾精度の鍵を握っていました。

マークX赤道儀を現在でもお持ちの方は、そこに組み込まれたウォーム軸の両端を見て下さい。そこには小さなくぼみがあるでしょう。これはセンター穴といって、ウォームを加工する時にこの穴を基準に加工や精度測定を行うのです。まず材料からウォームの形状を削り出すのですが、センター穴を測定器に掛けて、ウォームメタルと嵌合する部分の軸の偏心誤差を測定します。細かい数値はもう忘れてしまいましたが、数ミクロン以内の誤差に抑えていました。更に歯切加工もこのセンター穴を基準にします。


このように精密に加工されたウォームでも、これにMDを取り付けると不思議なことにPMが発生するのです。この原因の追究には長い時間を要しました。

最大の原因はウォーム軸と嵌合するMDの軸受です。今日の赤道儀は殆どMD内蔵型になっていますのでそんな問題は発生しませんが、当時MDは高価でしたので別売でした。すなわちアマチュアの皆さんがご自身でMDを赤道儀に取り付けなくてはなりません。嵌合の誤差を少なくすると、とてもウォーム軸に挿入しにくくなります。この嵌合の誤差が、MDを取り付ける時にねじで固定するため、偏心としてPMに現れるのです。

さまざまなテストの結果、MDを赤道儀に取り付ける時、しっかり固定するのではなく回転止めの役割をする長穴の接続金具を介して取り付けると、PMが非常に少なくなることが分かりました。そのテスト結果を受けて写真のようなU字型の接続金具が考え出され、非常に良好な結果をもたらしたのです。

次の写真は私が所有しているマークX赤道儀で、PMの値が測定の結果±8秒あります。35年以上前の赤道儀として、この値は結構良い数値ではないでしょうか。(suzu)

画像上:マークXのピリオディックモーション テスト
画像下:MDの接続金具


マークX物語(8)

2013-10-21 09:39:08 | マークX物語

Motorcontoroller

第8話 126歯+音叉発振でゆこう

この物語も8回を数えましたが、これから5回ほどはマークX赤道儀のモータードライブ(以下MD)のお話をさせていただきます。

マークX赤道儀は赤経、赤緯のウォームホイル共に126歯という、ちょっと特殊な数が採用されています。当時の望遠鏡では144歯という規格が多かったので、これはどうしてですかという質問が発売当時とても多かったものです。

マークXは天体写真の撮影を目的のひとつにしていたため、どうしてもMDの追尾速度は恒星時が欲しかったのです。24時間すなわち1440分の太陽時追尾の場合は144歯が望ましいのですが、恒星時は23時間56分4秒という数値です。当時パルスモーターで自由な発振周波数を設定するのが難しい時代で、1、2、5rpmといった決まった回転数をモーターに与えてやるのが、製造数量の少ない製品の場合に有利でした。126歯の場合、1rpmのモーターと組み合わせると、4枚の平ギアの組み合わせで恒星時にほぼ等しい追尾速度が得られることが分かりました。

また正確なパルスを発振するために当時も今と同じく水晶発振が一般的でしたが、この方式だと分周回路にかなり消費電力が食われてしまうことが分かりました。発振周波数の低い音叉発振器を採用することに決めました。回路はマイナス30℃までの使用を想定してICの選定をおこないました。こうして当時としてはめずらしい手のひらに載る大きさのMDコントローラーができあがったのです。


このMDで200mm望遠レンズ20分ノータッチ追尾をめざしたのです。そのためにはピリオディックモーションという、見えない敵を退治しなくてはなりません。これについては次回のこのブログでご紹介します。(suzu)

画像:発売当初のマークX用MD。手のひらに乗る大きさが売りだった。