コロナ予言・爽やかな青春群像…長い春休みイチオシ映画
2020年3月18日 10時00分
自宅にいなきゃいけない中高生のみなさんへ。
新型コロナウイルスの感染拡大により、とつぜん学校が休みになり、時間をもてあましている人も多いと思います。先生が急ごしらえで出してくれた宿題も終わり、図書館が閉まっていて本も借りられず、やることもない……。そんなみなさんのために、自宅で見られる映画を、評論家ら9人が選びました。パンデミックと呼ばれるいまの状況を予言したような名作から、10代にこそ見てほしい青春群像までさまざまです。レンタルDVDや、動画配信サービスなどで探してみてください。誰もが知っている大作ばかりではありませんが、この中にはきっと、みなさんの心に響く作品があるはずです。
「CURE」(1997年、黒沢清監督)
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「CURE」 DVD¥2,800+税/発売元・販売元 株式会社KADOKAWA
高校生の頃、深夜のテレビでは様々な映画が放映されていた。ゴールデンタイムで流れるハリウッド映画とは少し毛色の違う、ヨーロッパやアジア各国のいわゆるアート映画。ときには白黒の古典映画もあった。映画のネット配信などもちろんまだなかった時代。そうした映画をVHSに録画し手当たり次第見ていくのが、当時の私の日課だった。
黒沢清監督の「CURE」と出会ったのも、やはり深夜のテレビでのこと。まだ黒沢監督の名前も知らなかった高校生の私は、録画したこの映画を見て、ただもう呆然(ぼうぜん)としてしまった。こんな映画は見たことがなかった。謎の連続殺人事件を追うひとりの刑事がいる。ある日突然、何の予兆もなく、殺人や自殺に駆り立てられる“普通の”人々。彼らをつなぐ線を探るうち、刑事は、名前も住所も年齢もすべてが不明だという謎の男の存在に行き着く。
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黒沢清監督
陰鬱(いんうつ)な画面と強い風の音が、ぞくぞくとした怖気(おじげ)を搔(か)き立てる。黒沢清の映画の定番ともいえる廃虚も、だだっぴろい病室も、警察の取調室も、すべてが暗い影に覆われ、主人公が住む一見普通のマンションすらも、ここではないどこか異様な場所に見えた。
「俺、あんたの話が聞きたい」。萩原聖人演じる謎の男は、誰に対してもそうつぶやき返す。その声に促されるように、役所広司演じる刑事は闇の奥へと誘われる。もはや連続殺人事件の真相などどこかへ行ってしまうほど、彼が追う謎はより根源的なものに変化していく。
VHSに録画したこの映画を、何度も何度も見直した。それまで見ていた、派手な音楽や描写で驚かすホラー映画とはまったく別ものだった。漠然と持っていた「世界観」とでも呼ぶべきものが、足下からがらがらと崩れていくような気がした。自分が信じていた世界は、実はまったく別の姿を持っていたのではないか? そもそも世界とはいったい何なのか?
こうして私は映画という魔に取り憑(つ)かれた。「CURE」はそんな記念すべき一本だ。(月永理絵・映画ライター)
「レポマン」(1984年、アレックス・コックス監督)
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「レポマン」ブルーレイ発売中/KIXF-4380/¥2,500+税 発売・販売:キングレコード
巷(ちまた)では伝染病が流行し、狭いところに閉じ込められて、ひたすら閉塞(へいそく)感ばかりの昨今。閉所恐怖的な息苦しさの中で生きることに、みないいかげんうんざりしている。終末は終末でも、どうせなら明るく楽しく向こう側へ突き抜けた終わりでありたいものじゃないか。だから「レポマン」である。レポマンは自動車泥棒だ。ただし、それは犯罪ではない。債権会社に雇われ、ローンを払わない人間から強引に車を回収するレポマンは正義のアウトローなのである。ひょんなことからその世界に飛び込んだ若者オットーの前に、めくるめく冒険の世界が広がる。オットーは世界を揺るがす秘密を秘めた車を「回収」することになり……レポマンの生活はいつだって濃密なのだ。世界の向こう側までぶっとばせ。(柳下毅一郎・映画評論家)
「日本沈没」(1973年、森谷司郎監督)
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「【東宝特撮Blu-rayセレクション】日本沈没」 Blu-ray発売中 発売・販売元:東宝
1958年夏。パリ、サンジェルマン・デ・プレの小さな映画館。多国籍製作の黒白ドキュメンタリー「害虫と人間」を見る。戦争が終わり、兵士が持ち帰ったノミや虱(シラミ)は、殺虫剤を強くするほどに数が増え、人間は死に、害虫だけが生き残る。寄せ集めの映像の主題は、未来への強烈な予告であった。お薦めの一作は、この路線を受け継いだ「日本沈没」(73年)。原作小松左京、脚本橋本忍、監督森谷司郎。主題は更に広がり、地球・自然・人類、政治と多くの問題を提起する。カンヌ国際映画祭に推薦、一蹴される。芸術作品にあらずと。しかし、映画は予感する。95年、2011年の地震、津波、原発事故。そして20年の細菌コロナまでも。今を生きる10代の鋭い感性に響く何かはあると思う。(秦早穂子・映画評論家)
「カサンドラ・クロス」(1976年、ジョルジ・パン・コスマトス監督)
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「カサンドラ・クロス」 ブルーレイ発売中/KIXF-4302/¥2,500+税 発売・販売:キングレコード
病原菌に感染した過激派がヨーロッパ大陸縦断列車へ逃げ込んだのをきっかけに、細菌兵器に関する機密の漏洩(ろうえい)を恐れたアメリカ軍の追跡と、感染の危機に晒(さら)された乗客たちの群像劇を描く。映画は現実のありうる可能性を模索するため、時に不気味な予言のようになる。この不安定な時節において、決して本作のような悲観主義には囚(とら)われたくないが、予測のひとつの可能性として観(み)ておいて損はないと思う。こんな無慈悲な判断をする人々が、決して現れないように願いを込めて。(真魚八重子・映画評論家)
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「カサンドラ・クロス」DVD発売中 価格:2,500円+税 発売元・販売元:(株)東北新社 (C)1976 International Cine Productions.KG ICP Film GmbH and Cc 1976. All Rights Reserved.
「ロード・オブ・ドッグタウン」(2005年、キャサリン・ハードウィック監督)
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「ロード・オブ・ドッグタウン」 発売中 Blu-ray 1800円(税別)/DVD 1410円(税別) 発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
最近は自由にカラダを動かして遊べる場所が少なくて、本当に窮屈な世の中になったなあと思います。うちの小学生の息子はコロナ休校の間、よく近所の小さな公園にバスケットボールを持って出向いているのですが、人が多い時はロクに遊べなくて、とぼとぼ自宅に帰ってきます。
同じような退屈と、くすぶるエネルギーを持て余している皆さんに(憂さ晴らしも兼ねて)勧めたいのが「ロード・オブ・ドッグタウン」。アメリカ西海岸に実在した伝説のスケートチーム“Z―BOYS”の青春の日々を描く傑作映画です。ステイシー・ペラルタ(本作の脚本を担当)、トニー・アルヴァ、ジェイ・アダムズ――スケートボード好きなら知らない者はいない神様のようなこの3人は、1975年のカリフォルニア州ヴェニスビーチの貧しい地域でチームを結成。街の中で干上がった空っぽのプールを見つけては、その上で波乗りのように滑る斬新なスタイルを生み出しました。既成の型に囚(とら)われない数々のユニークな技が話題になって、彼らはダイナミックに人生を切り開いていきます。
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「ロード・オブ・ドッグタウン」 (C) 2005 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
学校ではなく、ストリートの仲間たちと、自分(たち)なりの遊びを見つけることがZ-BOYSの決定的な“学び”になったわけです。知恵と工夫次第で、何の変哲もない見慣れた場所もレジャーランドやカルチャースクールに変わる。人生を楽しむチャンスはどこにだって転がっているのかもしれません。
これは男子3人組を中心としたお話ですが、併せて女子チーム編――ニューヨークを舞台に実在のガールズスケーターたちを描いた「スケート・キッチン」(2018年、クリスタル・モーゼル監督)もぜひ!(森直人・映画評論家)
「キッズ・リターン」(1996年、北野武監督)
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「キッズ・リターン」監督:北野武 Blu-ray&DVD発売中 発売・販売元:バンダイナムコアーツ
校庭を自転車で2人乗りする主人公(金子賢と安藤政信)の姿が忘れがたい。いつも一緒にいる男子高校生2人は、あることをきっかけに別々の道を歩み始める。そして、それぞれの挫折を経て、再会する……。主人公は、恋愛もしない、特別な才能があるわけでもない、ある目標に向かって困難に立ち向かうわけでもない。しかし敢(あ)えて断言する。ここには青春のすべてがある! 不確定な世界を生きる、未決定な存在であるわたしたち。その人生で味わうありふれた栄光と悲惨を、ここまでくっきりと定着させた作品があっただろうか。2人を見つめる北野武の眼差(まなざ)しはどこか優しく、見終わると爽やかな余韻とともに勇気が湧いてくる。この宙吊(づ)り状態の長い春休みにこそ見てほしい傑作です。(大久保清朗・映画評論家)
「スティング」(1974年、ジョージ・ロイ・ヒル監督)
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「スティング」 ブルーレイ・DVD発売中。発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
一昨年、「カメラを止めるな!」が公開され、後半の展開の面白さに興奮した観客のクチコミで、大ヒットになった。観客の予想を覆して、あっと驚かせる手法を「どんでん返し」と言い、ミステリー小説などにもよく使われている。
どんでん返しの代表的な映画が「スティング」だ。若い詐欺師のフッカー(ロバート・レッドフォード)が大組織のボスに仲間を殺され、敵討ちを誓う。ところが彼は暴力が大の苦手。本職(?)の詐欺で一矢報いようとする。詐欺師の大物ゴンドルフ(ポール・ニューマン)の協力を得て、一世一代の大がかりな詐欺に臨む。
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「スティング」から。ポール・ニューマン(左)とロバート・レッドフォード (C) 1973 Universal Studios. Renewed 2001Universal Studios. All Rights Reserved.
しかし大組織を敵に回すのは大変だ。途中で様々な妨害がなされ、フッカーとゴンドルフの絆にも亀裂が入ってしまう。果たして詐欺はうまくいくのか……。
「少年ジャンプ」の理念は「友情・努力・勝利」だが、「スティング」にはそのすべてが詰まっている。今は中高生の皆さんは学校に行けず、仲間にもなかなか会えないかもしれないが、こんな時にこそ、フッカーとゴンドルフの友情が身にしみるのではないか。大組織のボスをやっつけるという目標に向かってみんなで努力を重ね、最後の最後には、あっと驚く勝利が待っている?(石飛徳樹・朝日新聞編集委員)
「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」(2005年、青山真治監督)
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「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」監督:青山真治 豪華版DVD¥5,800+税 通常版DVD¥4,800+税 発売中 発売元:バップ(C)2005 TOKYO FM バップ ランブルフィッシュ
「レミング病」なるウイルスが蔓延(まんえん)する2015年が舞台のSF映画。感染すると自殺したくなるという厄介なウイルスだが、その病を治すとされるのが2人組の音楽家(浅野忠信、中原昌也)による演奏である。終幕近くの演奏場面のかっこよさもさることながら、名カメラマンたむらまさきによって撮影された街や田舎の不穏さ、静けさが、ウイルスに世界が支配されたいま、余計に胸に迫る。
コロナウイルスの感染が爆発的に拡大したイタリアでは、外出できない人々がアパートのベランダで楽器を演奏し、歌い合っている。SNSなどを通じてそんな人々の動画を見ると、音楽に限らず映画や文学などの文化こそが、ウイルスに立ち向かう唯一の手段なのではと非科学的な妄想をしてしまう。ともあれ、音楽が人を救う「エリ・エリ~」を爆音で視聴してスカッとしていただけたら! 邦画のSFであれば、外出もままならないほどに花粉が舞い、ガスマスクの人が街を行く東京が舞台の「大いなる幻影」(1999年、黒沢清監督)も、「エリ・エリ~」同様の終末感が漂う。感染病つながりでは、愛なき性行為でうつる奇病が広がるパリが舞台のレオス・カラックス監督の出世作「汚れた血」(1986年)もオススメ。(小峰健二・朝日新聞記者)
「かもめ食堂」(2006年、荻上直子監督)
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荻上直子監督
自分の部屋にいながら、場所や時間を超えて旅ができるのが、映画のすごいところ。自然豊かな北欧フィンランドの港町ヘルシンキで繰り広げられる物語に、しばし浸ってみては?
日本人女性のサチエ(小林聡美)は、ヘルシンキの街角に「かもめ食堂」を開くが、お客はさっぱり。日本好きの若者がやっとお客さん第1号に。日本から、世界地図を広げて指を指したところに来た、という訳ありげなミドリ(片桐はいり)も店を手伝うようになる。親の介護を終えたマサコ(もたいまさこ)も加わり、地元の客も増えてきて……。
ものすごくドラマチックな展開があるわけではない。淡々とした日常の積み重ねの中で、ちょっとした出会いや出来事があって、ゆるやかに変化していく。舞台は北欧の国だけれど、それってすごくリアル。世界がざわついている今だから、何げない日常の豊かさをより実感するかもしれない。
好きな飲み物を片手に、ゆったりとみてほしい。色とりどりの野菜が並ぶ市場、港のかもめ、遠い街の風景に心躍る。サチエたちが作るおにぎりやシナモンロールに、おなかがすいてしまうかも。