あの4Kテレビが「暗い」というとんでもない衝撃 輝度が十分足りない製品が多数出荷されている
「なぜ、4Kテレビをたくさん売ってしまったのか……」
首都圏某所に店舗を構える中小電器店の店主は悔悟の日々を送っている。昨年12月に高精細、高画質を標榜し鳴り物入りで始まった4K8K衛星放送。この店では4K放送が始まる前までに1台30万円ほどの「4Kテレビ」をなじみの客を中心として、数十台売った。
「4K放送の映像は別世界」「東京五輪はきれいなテレビで見たほうがいいよ」。昨秋、店主は顧客らに繰り返しこう勧めた。4K8K放送は2K(フルハイビジョン)よりも鮮明な映像が売り。テレビCMやパンフレットなどにうたわれていたフレーズを売り文句とした。
ところが、昨年の放送開始からほどなく、この店主は4Kテレビの販売をきっぱりやめてしまった。理由は放送を見た客の反応があまりに「想定外」だったからだ。
いざ4K放送が始まると、テレビの購入者から「画面が暗い」「暗すぎて鮮明かどうかもわからない」との苦情が多数寄せられた。店主はテレビを売った顧客の家を訪ね、リモコンを操作して「明るさ」の機能を最大にするよう調整した。が、画面が明るくなるのはほんの気持ち程度。テレビメーカーにも相談したが、「修理は不可能」と言われた。
4Kテレビについて苦情を寄せたお客の多くは、いまでは4K放送を見ずに、2K放送を見て毎日を過ごしているという。店主は自戒を込めて言う。
「われわれは2Kテレビよりずっときれいに見えるからと言って、4Kテレビを売った。でも、実際そうでないのなら、お客をだましたのも同然だ。『暗く見える』4Kテレビを、『別世界』といってお客に売った、われわれ含めた業界は、明らかにイエローカード(反則)だ」
比べてみるとその差は歴然
筆者は今春、この電器店などが「お客から『4K放送が暗く見える』との苦情を受けた」との情報を得て取材を開始した。実際に暗く見えるのかどうかを確かめるため、同じ大手電機メーカー製の同機種58型の4Kテレビを2台並べ、一方には外付けの4Kチューナーをつないで、同じ番組で2K放送と4K放送を同時に見比べてみた。
すると、実際に4K放送のほうが明らかに暗く見えた。双方のテレビの明るさ調整を「最大」にすると、明るさの差は縮まったものの、4K放送に出演した人の顔(ほほ)が、白く浮き上がる感じになり、映像のバランスが悪くなった。
なぜ、2Kよりも4Kが「暗く見える」のか。その原因を探るため、実験結果をもとに、4Kテレビを販売する大手メーカーや4K放送を担当するBS放送局の技術者、専門家ら数十人に取材した。
その結果、4Kテレビに外付けのチューナーをつけた場合に暗く見えるケースが目立つことや、これまでに販売された4Kテレビのうち相当数に上る機種で、4K映像の明るさや鮮明さを正確に表現する能力が十分に備わっていないことがわかってきた。
4K8K放送を普及・推進する一般社団法人放送サービス高度化推進協会(A-PAB)は今年5月までにコールセンターに5042件の視聴者からの相談があり、そのうち82件が「4K放送が暗い」(1.6%)との内容だったと明かしている。内訳は「民放が暗い」という相談が37件、「NHKが暗い」が8件、民放もNHKも暗いという相談は7件だった。
絶対数として少ないという印象を持ったかもしれないが、特筆すべきは、すでに市場に出回っている4Kテレビ(約706万台、今年7月時点)のうち、実際に4K放送が視聴可能なテレビはまだ2割(150万台、7月末時点)にすぎず、残り8割のテレビ所有者はまだ4K放送を見ていないことだ。
「暗く見えてしまう」予備軍はたくさんいる
4K放送を見るためには4Kテレビだけでは足りず、4Kチューナーを接続する必要がある。放送開始前に4Kテレビを買った人の多くは、4Kチューナーをつながずに、4Kテレビでありながら、普通の2K放送を見ている。その人たちが、東京五輪などを機に4Kチューナーを追加で買うことがあれば、筆者の実験同様に「暗く見えてしまう」可能性がある。
そもそも「4K」とは何か。A-PABのホームページには、4Kの特徴がこう書かれている。画素数(きめ細かさ)がフルハイビジョン(2K)の4倍、(2Kより)色の範囲が拡大、映像が本来持つ明るさや色、コントラストを表現できるHDR(ハイ・ダイナミック・レンジ)技術、臨場感を味わえる音――。2Kよりも優れた特徴ばかりが羅列され、ここからは「暗さ」というネガティブな要素はうかがえない。
ところが、電機メーカーや放送局の技術者らに取材してみると、彼らは4K放送が2Kよりも「暗く見えがち」という特性があることや、その原因が「HDR技術」にあることを知っていた。そして、専門家や別の技術者への取材をさらに進めていくと、「暗さ」の主な要因が3つ見えてきた。実は、「特性」などで片付けられる話ではなく、メーカーや放送局に起因する可能性が浮かび上がったのだ。
1つ目(①)が「最大輝度の不足」だ。
4K放送の特徴の1つであるHDRを生かすには、「一定以上の輝度」が必要だ。ここでいう「輝度」(単位=nit<ニト>)とは、「人間が目で見えるテレビ画面の明るさ」のことだ。そして、テレビが持つ最大の明るさ能力のことを「最大輝度」といい、機種によって異なる。この最大輝度が十分にないと、4Kの特性である明暗のコントラストを十分に表現できず、画面が暗く見えてしまうことがある。
番組の映像編集では最大1000nitという輝度の「マスターモニター」を使っているが、放送局が制作した映像を衛星経由で受像する4Kテレビの最大輝度は1000nitを大幅に下回る機種が大半だ。多くの放送局関係者は、「4Kテレビの輝度不足」を暗く見える要因の筆頭に挙げる。
東芝以外の4社は最大輝度を「非公表」
国内大手メーカー5社(東芝、パナソニック、シャープ、ソニー、三菱電機)への取材で、自社の4Kテレビの最大輝度を明かしたのは東芝のみだ(500~800nitと回答)。それ以外の4社は「非公表」だった。複数のテレビ技術者などへの取材では、これまでに販売された大手の4Kテレビの最大輝度は300~800nit程度で、実際は500nit前後の機種が多いという。
メーカー側も実は、4Kテレビの輝度をもっと上げたいと考えているが、そのためには液晶テレビでは大規模な電源(バックライト)が必要になりコストがかかるため、一般家庭が買える価格帯では、そうしたテレビを売り出すことがまだできないでいる。
2つ目(②)が民放5局(BSフジ、BSテレ東、BS-TBS、BS朝日、BS日テレ)の4K放送番組の多くが2Kカメラで撮影されていることだ。
2Kカメラで撮影された映像を放送規格に従い、4K映像にアップコンバート(映像変換、アップコン)したものは、明るくない4K映像になりやすい。一方、NHKの4K番組はすべて4Kカメラで撮るため、アップコンの影響を受けず、民放よりも明るく映りやすい。
3つ目(③)は従来の2Kテレビがある意味で「明るすぎる」ということだ。
4Kテレビが初めて発売されたのは2011年だが、それ以前から2Kテレビは並行して売られている。ある大手電機メーカー幹部によると、2Kテレビのバックライトの性能がここ十数年ほどでどんどん上がり、専門家によるとブラウン管時代のテレビに比べて明るさが3~5倍になっているという。
普通の2Kテレビ(放送)の画面が、映像制作段階よりも格段に明るく見えるようになっている。そのため、新たに4K放送を見る視聴者は、それと比較して暗く見えてしまう。
3つの主な要因は重なり合えば、より4Kの「暗さ」をクローズアップさせかねないが、最も深刻なのは最大輝度不足の問題だろう。
②の2Kカメラの撮影による問題は4K放送が今後普及し、4Kカメラでたくさんの番組が作られるようになれば、解決するはずの問題だ。
③の2Kテレビとの比較の問題は、①と②が解決すれば、自動的に解消されると言える。
ところが、①の最大輝度不足の問題の解決は、そう簡単ではない。「暗く見える」4Kテレビはすでに市場に大量に出荷されている可能性があり、テレビメーカーが個別の苦情にまじめに対応するとなれば、テレビパネルそのものを入れ替えるなどの大規模工事が必要になるかもしれない。そんなことになれば、その4Kテレビが「性能不足」であることを自ら認めることになり、社会問題に発展しかねない。
すべては顧客の反応次第
すべては顧客の反応次第だ。そのため、メーカーはそうした顧客には、①の輝度の説明はせず、②の放送局の番組の問題とすることで、苦情に対応しようとしているケースがある。これは顧客への誠実な対応といえるだろうか。
筆者は8月、この取材結果を朝日新聞デジタルおよび朝日新聞紙上で特集・連載記事にした(「検証 4K放送は暗いのか」など)。すると、「うちの4Kテレビも暗い」などという反響が読者から多く寄せられた。
国内で4Kテレビを販売する大手電機メーカー5社および4K放送を担当するBS放送局4社に取材したところ、大半の社が視聴者などから「4K放送が暗く見える」との苦情を受けていたのに、視聴者に対して、「暗さ」の原因をきちんと説明していない。そもそも輝度を非公表にしているメーカーが大半では、原因調査すら前に進まないだろう。
これでは4Kの華麗な宣伝に乗せられて4Kテレビを買った視聴者が、置き去りにされてしまいかねない。映像の良しあしは個人の感性によって違うこともあるかもしれないが、「4K放送視聴予備軍」がまだ数百万人以上いる限り、業界にはこの問題へのより正確で丁寧な説明責任が求められるはずだ。
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