ある事情でサプリメントを自由に摂れない状態になってから3ヶ月ほどになる。何とか手に入れたサプリメントで、体調を維持するのがやっとの状態が続き、ブログの更新もできなかった。私を取り巻く環境は変わらないが、著名人の悲惨な癌死が続く中で、「日本人よ人任せにせずに、癌に打ち克て」と改めて言っておこうと思った。
アメリカでは癌死亡者数が減少してきているというのに、日本では癌死亡者がどんどん増えている。この違いは何か。日本では癌の三大治療方法(外科手術、放射線、抗癌剤)がそのまま癌患者に施されて、死亡者が増えている。一方のアメリカでは、三大治療方法だけでなく、代替療法が積極的に取り入れられて、癌死亡者数が減っている。結局代替療法を取り入れるかどうかの違いではないか。
日本では決められた治療方法以外のものに対して、医療機関は拒否の姿勢をとり、代替療法は受け付けられないから、医療機関に世話になる患者は、効果の薄いことが分かっている治療方法でも受け容れなければ病院にはおれない。(医療行政でそのようになっている)そして放射線や抗癌剤の毒で自分の体力を消耗してしまい、自己免疫力も低下して、死んでいっている。それが癌死亡者数が増える現実である。
医療機関がこの現実を十分認識していることは“東大の癌患者に関するアンケート結果から見えるもの”や“『病院に行かずに直す癌療法』を読んで”などを見ていただければ分かるであろう。日本の医療機関の硬直した治療方針がどこからくるのか。薬品業界、医療機関、医療行政などにとって都合のよい治療方針になっていないか?医療は患者の命を守るためにこそなければならないが、日本ではその逆が生じているのではないか?
私が強く言いたいのは、日本人はもっと自分の運命に対して自立的、主体的な判断力を持てということである。日本の医療機関の提供する癌治療では、癌死亡者数がどんどん増加している事実がある。そして一方では食事も含めた代替療法が積極的に取り入れられたアメリカでは癌死亡者の数は減っているという現実がある、そうであれば日本でよく言われる代替療法の効果に関して科学的な根拠がないということが、事実かどうか疑う気持ちを当然持つべきだということである。
マスコミが報じれば、それは正しいことなのか?、科学者・研究者が言えば間違いないことなのか?私達はこれまでも、たとえば公害の原因が企業にはないとの研究成果を発表した研究者をたくさん見てきた。このような研究成果で、どれだけ多くの公害被害者が死んだり、体を痛めつけられてきただろうか。(いまだに裁判の続く水俣病などに典型的である)
私は、アメリカで癌死亡者数が減少に転じている事実を見るべきだと思う。そしてそこにはサプリメントや心理療法などを使用する代替療法が効果を表している事実があるのだと思う。そして癌患者の死亡数が減少している事実にこそ、真実が存在するのだと私は考える。
私が心配し、悔しい気持ちを持つのは、日本人のお上に任せる心理が、癌死亡者数増加の背景にあるのではないかということである。お医者さんは悪いようにはしないだろう。だれかが何とかしてくれるはず。この他力本願が、硬直した治療方針や医療行政を許しており、極端に言えば癌死を強いられる現実があるということである。自分の命がかかった事柄を、そんなに簡単に人にゆだねるな。私はそのことを言いたいと思う。
癌について言えば、人任せ、他力本願の姿勢が、癌死を強いられる状況を生んでいるが、同じことが日本のあらゆる面で生じていることに気付くべきである。お上に任せてしまう結果、政治も行政も国民のためのものから、どんどん離れていってしまっている。年金、医療、介護、教育など様々な場面で、国民の幸福向上にならない施策にどんどんなってしまっている。
そしていま日本が大きな岐路に差し掛かっていることを象徴するのが、国民本意の政治の実現を掲げる民主党の小沢党首の秘書が逮捕された問題であり、この問題をめぐってマスコミが小沢党首の辞任を求める大キャンペーンを繰り広げている事実を見る必要がある。
多くの国民は、いまの政治が国民本意の政治になっていないと気付き、政権転換を望んでいる。小沢氏秘書逮捕は、明らかにこの国民の願望を実現させないためになされたものと思われるわけだが、現在のマスコミが繰り広げる小沢氏のイメージダウンを図る大キャンペーンを誰が望み、誰がそうさせているかということを、冷静に読み取る必要があることは、先に示した癌における代替療法に効果無しとする報道が何のためになされているかという構図と重ねてみる必要があるということである。
私達は憲法で「健康で文化的な生活を営む」権利を保障されている。決して癌死を強いられなければならない存在ではない。私達は癌の治療において代替療法をもっと積極的に医療機関が採用することを望み、少なくとも癌患者が望めば代替療法を許容する姿勢を求める必要があると考える。
ただそのような医療機関、医療行政に変えていくには、先に示したような政治権力の大きな壁を乗り越えないと、国民本意の政治は到底望めないし、時間もかかることである。
そこで現実として、癌が発見されたら、まずは癌死が待ち構えるコースに飛び込む前に、代替療法について書かれている各種の本を読まれることを薦めたい。私が隠れ癌患者を意識して自力で対応を始めたころには、代替療法に関する例や本も少なかったが、いまは代替療法を積極的に取り入れる医者も増え、本なども豊富である。
私の家族に対しては、本人の意志を当然尊重するが、私がここに書いている方法をⅠ、2週間程度試すことを薦めるだろう。そうすれば効果があるかどうかは分かるだろうから、それから医療機関に行くかどうかを選択させ、もし医療機関にいっても代替療法を併用するよう勧めると思う。私は自分の手で、できるところまではやり尽くすと思う。
最後に私は、日本人は日本人の自立心、主体性の希薄さや他人任せにしてしまう他力本願の特性を脱却することを進めないと、国民が決して幸福にはなれないということを言っておきたいと思う。癌の現状を見て明らかなように、自分の命を大事にするには、医療機関や医療行政にもっと積極的に働きかけないと、自分の命は守れないということであり、同じことが各種の政治や行政の場面でもいえるということである。
すなわち他人任せにする国民の姿からは、国民本意の政治や行政は生まれず、国民に犠牲を強いるものになるということである。国民が幸福を求めるには、政治や行政を国民本意に動かせる、智恵と力を国民が持たないと、それは願望だけに終わるということである。日本人よ人任せにせずに、自分の運命を自分で動かせる智恵と力を持ち、癌に打ち克て。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
梅澤先生のブログのトラックバックの欄に入れていただいたことや、ブログ更新のコメントをいただいて、何かを書いておきたいと更新記事を書いた。私の取り組んできたやり方については、おおよそ示したとおりであり、何か知りたいことがあれば、コメントいただければ、書ける状態にあれば書きたいと考えている。
アメリカでは癌死亡者数が減少してきているというのに、日本では癌死亡者がどんどん増えている。この違いは何か。日本では癌の三大治療方法(外科手術、放射線、抗癌剤)がそのまま癌患者に施されて、死亡者が増えている。一方のアメリカでは、三大治療方法だけでなく、代替療法が積極的に取り入れられて、癌死亡者数が減っている。結局代替療法を取り入れるかどうかの違いではないか。
日本では決められた治療方法以外のものに対して、医療機関は拒否の姿勢をとり、代替療法は受け付けられないから、医療機関に世話になる患者は、効果の薄いことが分かっている治療方法でも受け容れなければ病院にはおれない。(医療行政でそのようになっている)そして放射線や抗癌剤の毒で自分の体力を消耗してしまい、自己免疫力も低下して、死んでいっている。それが癌死亡者数が増える現実である。
医療機関がこの現実を十分認識していることは“東大の癌患者に関するアンケート結果から見えるもの”や“『病院に行かずに直す癌療法』を読んで”などを見ていただければ分かるであろう。日本の医療機関の硬直した治療方針がどこからくるのか。薬品業界、医療機関、医療行政などにとって都合のよい治療方針になっていないか?医療は患者の命を守るためにこそなければならないが、日本ではその逆が生じているのではないか?
私が強く言いたいのは、日本人はもっと自分の運命に対して自立的、主体的な判断力を持てということである。日本の医療機関の提供する癌治療では、癌死亡者数がどんどん増加している事実がある。そして一方では食事も含めた代替療法が積極的に取り入れられたアメリカでは癌死亡者の数は減っているという現実がある、そうであれば日本でよく言われる代替療法の効果に関して科学的な根拠がないということが、事実かどうか疑う気持ちを当然持つべきだということである。
マスコミが報じれば、それは正しいことなのか?、科学者・研究者が言えば間違いないことなのか?私達はこれまでも、たとえば公害の原因が企業にはないとの研究成果を発表した研究者をたくさん見てきた。このような研究成果で、どれだけ多くの公害被害者が死んだり、体を痛めつけられてきただろうか。(いまだに裁判の続く水俣病などに典型的である)
私は、アメリカで癌死亡者数が減少に転じている事実を見るべきだと思う。そしてそこにはサプリメントや心理療法などを使用する代替療法が効果を表している事実があるのだと思う。そして癌患者の死亡数が減少している事実にこそ、真実が存在するのだと私は考える。
私が心配し、悔しい気持ちを持つのは、日本人のお上に任せる心理が、癌死亡者数増加の背景にあるのではないかということである。お医者さんは悪いようにはしないだろう。だれかが何とかしてくれるはず。この他力本願が、硬直した治療方針や医療行政を許しており、極端に言えば癌死を強いられる現実があるということである。自分の命がかかった事柄を、そんなに簡単に人にゆだねるな。私はそのことを言いたいと思う。
癌について言えば、人任せ、他力本願の姿勢が、癌死を強いられる状況を生んでいるが、同じことが日本のあらゆる面で生じていることに気付くべきである。お上に任せてしまう結果、政治も行政も国民のためのものから、どんどん離れていってしまっている。年金、医療、介護、教育など様々な場面で、国民の幸福向上にならない施策にどんどんなってしまっている。
そしていま日本が大きな岐路に差し掛かっていることを象徴するのが、国民本意の政治の実現を掲げる民主党の小沢党首の秘書が逮捕された問題であり、この問題をめぐってマスコミが小沢党首の辞任を求める大キャンペーンを繰り広げている事実を見る必要がある。
多くの国民は、いまの政治が国民本意の政治になっていないと気付き、政権転換を望んでいる。小沢氏秘書逮捕は、明らかにこの国民の願望を実現させないためになされたものと思われるわけだが、現在のマスコミが繰り広げる小沢氏のイメージダウンを図る大キャンペーンを誰が望み、誰がそうさせているかということを、冷静に読み取る必要があることは、先に示した癌における代替療法に効果無しとする報道が何のためになされているかという構図と重ねてみる必要があるということである。
私達は憲法で「健康で文化的な生活を営む」権利を保障されている。決して癌死を強いられなければならない存在ではない。私達は癌の治療において代替療法をもっと積極的に医療機関が採用することを望み、少なくとも癌患者が望めば代替療法を許容する姿勢を求める必要があると考える。
ただそのような医療機関、医療行政に変えていくには、先に示したような政治権力の大きな壁を乗り越えないと、国民本意の政治は到底望めないし、時間もかかることである。
そこで現実として、癌が発見されたら、まずは癌死が待ち構えるコースに飛び込む前に、代替療法について書かれている各種の本を読まれることを薦めたい。私が隠れ癌患者を意識して自力で対応を始めたころには、代替療法に関する例や本も少なかったが、いまは代替療法を積極的に取り入れる医者も増え、本なども豊富である。
私の家族に対しては、本人の意志を当然尊重するが、私がここに書いている方法をⅠ、2週間程度試すことを薦めるだろう。そうすれば効果があるかどうかは分かるだろうから、それから医療機関に行くかどうかを選択させ、もし医療機関にいっても代替療法を併用するよう勧めると思う。私は自分の手で、できるところまではやり尽くすと思う。
最後に私は、日本人は日本人の自立心、主体性の希薄さや他人任せにしてしまう他力本願の特性を脱却することを進めないと、国民が決して幸福にはなれないということを言っておきたいと思う。癌の現状を見て明らかなように、自分の命を大事にするには、医療機関や医療行政にもっと積極的に働きかけないと、自分の命は守れないということであり、同じことが各種の政治や行政の場面でもいえるということである。
すなわち他人任せにする国民の姿からは、国民本意の政治や行政は生まれず、国民に犠牲を強いるものになるということである。国民が幸福を求めるには、政治や行政を国民本意に動かせる、智恵と力を国民が持たないと、それは願望だけに終わるということである。日本人よ人任せにせずに、自分の運命を自分で動かせる智恵と力を持ち、癌に打ち克て。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
梅澤先生のブログのトラックバックの欄に入れていただいたことや、ブログ更新のコメントをいただいて、何かを書いておきたいと更新記事を書いた。私の取り組んできたやり方については、おおよそ示したとおりであり、何か知りたいことがあれば、コメントいただければ、書ける状態にあれば書きたいと考えている。