・しみじみとした心地で、
源氏はお里帰りなさった斎宮の女御と、
日の暮れるまで話し込んだ。
「春と秋、
あなたさまは、どちらに、
お心をお寄せになりますか」
源氏がいうと、
「わたくしなどが、
春と秋のどちらがよいとは、
どうして決められましょう。
でも、強いてと申しますれば、
はかなくみまかられた母君のゆかりで、
秋がことに身に沁みます。
あの折は、ひときわ心痛む秋でございました」
とたよりなげにいい紛らせるお口ぶり、
源氏は思わず口にしてはならぬことを、
口走る。
「私も秋をことさらに。
同じ思いでございます私も。
あなたさまのおやさしさを、
おかけ下さい。
わかって頂けますか」
女御のお返事は、あるはずもない。
途方にくれていらっしゃるらしかった。
「おわかりになりませなんだか。
かねて私の気持ちが。
兄君の朱雀院より先に、
私は、あなたさまに執心していたのです。
しかし、亡き母君のお言葉を守って、
じっと耐えて参りました。
この辛さだけは、
申し上げずにいられませんでした」
女御が、あまりのことに、
困り切っていらっしゃるらしいのも、
もっともだし、
今さら、間違いをするのも、
怪しからぬことと、思いとどまる。
源氏は嘆息し、沈黙する。
お若い女御の宮にとっては、
そういう男のなまめかしい色気は、
かえってうとましかった。
女御は、少しずつあと退りして、
奥へ引きこもっておしまいになる。
「いや、これは・・・
こころないことを申し上げて、
ご機嫌をそこねてしまいました。
これからも、
私をそうお憎しみなさらないで下さい。
あなたさまに嫌われましたら、
立つ瀬がございません」
源氏はそれから西の対に渡って、
物思いにふけって横になっていた。
思ってはならぬ人を思う癖は、
まだ自分にはなくならない。
年を重ね、分別も増したかに見えながら、
なおまだ、理性で割り切れぬ情熱が、
自分には残っている。
自分自身、おそろしいような恋である。
これは、
若き日のあやまちであった、
継母・藤壺の宮への恋よりも、
おそろしい、罪ある恋であった。
若い日の過失は、
若かったがためと、
神仏も許し給うであろう。
しかし、斎宮の女御への恋は、
人にも神仏にも許されない。
女御は秋のあわれを、
わけ知り顔にお返事されたことすら、
後悔されていた。
それを恥ずかしく苦しく、
気がふさがれて、
とじこもっておいでになる。
源氏はそれに気づかぬ風で、
いつもより親らしくふるまい、
世話を焼いた。
大堰へも、
公私ともに多忙で、
行く機会はめったにない。
明石の君が京へ出てくれば、
いうことはないのだが、
気位の高さがそれを拒んでいた。
とはいっても、
不憫でもあり、
嵯峨の御堂の念仏にかこつけて、
訪れた。
明石の君は、源氏を見て、
姫君のことやら何やらで、
辛い気持ちでいっぱいになった。
源氏は言葉を尽くしてなだめるのであるが、
明石の君のふかい怨み、つらみは、
解くよしもない。
源氏は彼女の心をなだめるごとく、
いつもより長く、滞在した。
(了)