・まじめ男の夕霧でさえ、
そうなのであるから、
熱心に女三の宮に恋していた、
柏木衛門督に至っては、
なおさらである。
青年は宮をあきらめきれない。
この青年、柏木は、
少年の頃から朱雀院のおそばに、
近侍して、親しくお仕えしていたので、
院が女三の宮をいつくしまれる事情を、
よく知っていた。
婿選びのときも、
まっ先に求婚し、
院も彼を候補者の一人として、
お認めになったにもかかわらず、
さまざまのいきさつで、
源氏に降嫁された。
柏木は残念で、
胸痛む心地がした。
あきらめきれなくて、
その頃から手づるの女房から、
宮のご様子を聞くのを、
なぐさめにしている。
あわれなはかない恋であった。
世間の噂では、
源氏のご寵愛は、
紫の上にはるか及ばない、
ということである。
青年は宮の女房、小侍従に、
血相変えて聞く。
「源氏の大臣は、
宮さまを愛していないというのは、
真実か?」
「そうでございます。
お渡りもあまりなくて・・・
ただ宮さまはおっとりなすって、
そのことを苦にしては、
いらっしゃいません」
「ああ、勿体ないこと。
私と結婚していらしたら、
そんな物思いはおさせしなかった。
もっとも、私では、
宮にふさわしい身分、
というわけにはいかないが」
柏木の恋には、
貴い血筋の皇女へのあこがれも、
あるのだった。
とはいっても、
彼も、太政大臣の長男、
出世を約束されている、
貴公子である。
(いつかは宮を頂いても、
不遜でない身分になれよう・・
それに)
柏木はひそかに期待する。
(源氏の大臣も年だ。
世の中はわからない。
いつ出家して世を捨てるか知れない。
その時には)
柏木は油断なく、
小侍従につきまとって、
機会を待った。
三月、
空はうららかに晴れ、
のどかな日。
六條院に、
兵部卿の宮や柏木が、
遊びに訪れた。
源氏は、
「今日この頃はひまでね。
朝廷でも家の内でも泰平だ。
そういえば、
夕霧大将も来ていたようだが、
どこへ行ったのか、
帰ったか」
と尋ねさせた。
夕霧は花散里の御殿で、
人を集めて蹴鞠を催し、
見物しているそうである。
「お、それはいい。
活発な気の利いた遊びだ。
眠気ざましによかろう。
こちらでしないか」
と源氏は呼び寄せた。
若い公達がぞろぞろやって来た。
源氏は寝殿の東面に呼んだ。
ここは明石の女御の君が、
おられたところであるが、
今は若宮をお連れになって、
御所へ帰られたので、
空いている。
蹴鞠に都合のよい場所を、
人々は選んだ。
鞠壺(蹴鞠場)は、
平坦な方形の空き地で、
四隅に桜、柳、松、楓が、
植えてあるのが決まり。
太政大臣の子息たちが、
みな蹴鞠に巧みであった。
春の日は暮れかかってきたが、
風も吹かず、
鞠にはうってつけの日である。
源氏に促されて、
夕霧の大将も柏木の衛門督も、
庭に下り仲間に加わった。
桜の花が散りまがう下で、
活発に鞠を蹴る青年貴公子たちは、
清らかに美しい。
回がすすむにつれて、
身分高き人々も、
今は昂奮して乱れる。
「疲れたね。
ひと休みしないか」
降りかかる桜の花を見て、
夕霧は寝殿の階段の中ほどに、
腰を下ろした。
柏木も続いて坐って、
「おお、花吹雪で真っ白だね・・・」
などと言いながら、
女三の宮の居間の方へ、
視線を走らせた。
宮の居間は西の端である。
例によって、
何やらしどけない気配で、
御簾の外にこぼれたり、
透けて見える影の、
女房たちの衣装、
まことにさまざまの色で、
派手やかである。
几帳なども、
片隅に寄せられてあって、
女房たちの姿もついそこに、
男馴れした様子でいるのが、
なまめかしい。
(次回へ)