・「どういうことだ。
何だか馬鹿にされてるような気がする。
こんなことははじめてだ」
「たいそう人見知りして、
恥ずかしがりの方でいらっしゃるので、
こんなことに慣れていらっしゃらないので、
どうお返事を書いていいやら、
困っておいでなのです」
命婦は姫君を好意的にかばっていった。
「・・・命婦、
姫君のお許しが出なくてもいいではないか。
会えるようにしてくれ。
無体なことはしないと約束するから」
源氏の熱心さにほだされたし、
何より、あの邸の荒れた心細いありさまを思うと、
源氏と姫君にもしご縁があれば、
どんなことで姫君のご運が開けるかもしれない、
と命婦は思った。
正直なところ、
源氏のような物好きな青年でなければ、
狐の出そうな浅茅の生い茂った、
庭を踏み分けてくる男は、
なさそうであった。
世に老い埋もれておしまいになるよりは、
源氏のような貴公子と、
かりそめの縁でもお結びになるほうが、
いいかもしれない、
と命婦は思った。
八月の二十何日か、
月の出の遅い夜、
命婦は姫君と昔語りをしていた。
そこへ源氏の訪れが告げられた。
命婦はいまはじめて聞いたように、
驚いてみせて、
「まあ、困りました。
源氏の君のお越しですわ。
かねがねお返事がないので、
直接、参上してお話をうかがおう、
などとおっしゃるのを、
私はお断りしていたのでございます。
でも、ご身分ある方をお帰しすることも、
できますまい。
お話をお聞きになるだけでも・・・」
というと、
姫君はひどく恥ずかしがって、
「よその方とお話するなんて、とても・・・」
としり込みされるのを、
命婦は笑って、
「親御さまがおいでの身の上ならともかく、
お姫さまはおひとりでこれから、
生きていらっしゃらないといけません。
少しはお気強く、
世間にもお慣れ遊ばしませんと」
と教え聞かせると、
さすが姫君はおっとりと育てられているので、
頑固にはならず、
「おっしゃることを、
ただお聞きするだけだったらいいわ」
姫君は二間のあいだのふすまを自分で閉めて、
こちらの部屋に源氏の座をもうけた。
老いた女房たちは、
部屋に入ってうつらうつらしていたが、
若い女房二、三人は、
世に評判の光源氏に会えると思って、
胸をときめかせている。
命婦は姫君の衣装を着替えさせ、
あまりにも無防禦でおとなしい姫君を、
不幸にするのではあるまいか、
という不安を感じた。
源氏は満足していた。
ふすまの彼方の姫君は、
静かでおくゆかしい様子の人に思われたから。
源氏は年ごろ思い続けた恋だったと、
たくみに言い続けるが、
手紙でさえ返事を書かぬ姫が、
まして返答するはずもない。
源氏がため息をつくと、
姫君の乳母の娘で、
侍従と呼ばれるはしっこい若い女房が、
見かねて姫君のかわりに返事をした。
「どうお答えしたらいいやら・・・
言わぬは言うに優る、
と申すではございませんか」
若々しい声である。
「やっとお声を聞かせて下さいましたな。
言わぬは言うに優る、
と申してもほどというものがあります」
これは一風変わっている。
源氏はしまいにいらいらしてきたので、
思い切って起ってふすまを開け、
中へ入っていった。
(次回へ)