むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

19、少女 ②

2023年11月18日 09時20分54秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・夕霧が、
栄華を欲しいままにする家に生まれながら、
蛍の光、窓の雪をたよりに勉学にいそしんだ、
古人にならおうとする、
その志のけなげさ。

それに引き続き、
夕霧に大学入学の式をさせ、
そのまま東の院に部屋を作り、
学識深い師に托し、
学問をさせることになった。

もはや祖母君・大宮のもとへも、
夕霧はほとんど出かけない。

それは源氏の指図によるものである。

大宮は夕霧をお可愛がりになっていて、
夜も昼もおそばに置き、
幼児のように扱われるので、
そんな所では、
とても勉学に励むわけにはいくまい、
と静かな所に籠らせたのだった。

そうしてひと月に三度くらいは、
大宮のもとへ行くことを許した。

少年はずっと引きこもっていて、
気が晴れない。

父親の処置に不平を持っている。

(ずいぶん、ぼくにきびしく当たられる。
こんなに苦しい勉強をしなくても、
高い位に昇り、世間で重んじられる人も、
いるのに)

と父親を恨めしく思ったりするが、
もともと質実な浮いたところのない性格なので、
我慢してひたすら勉強に打ち込んでいた。

そろそろ、
大学寮の試験を受けさせようと源氏は考え、
夕霧の家庭教師の人々を招いて、
寮試に出そうな個所を抜き出して、
読ませる。

少年はすみずみまで明快に解釈し、
模擬試験は上々の成績であった。

天与の才であろうと、
人々は感動して、
美少年をいとしく思い、
涙ぐむのだった。

叔父にあたる大将(昔の頭の中将)は、

「ああ、亡くなられた太政大臣がいらしたら、
どんなにお喜びになっただろう」

と涙を抑えた。

源氏も瞼を熱くする。

それを見る家庭教師は、

(若君をお教えした甲斐があった)

と面目あることに思った。

夕霧が大学に寮試を受けにいく日は、
正門に上達部の車が数えきれぬほど並んだ。

そこへ人波を払って夕霧が入ってきた。

とりわけ大切に、
人々にかしずかれている若君のありさま、
一般の貧しい大学の衆の仲間にまじるのは、
まことに勿体ないほど、
上品で愛らしい美少年だった。

ここは学問の場であるから、
身分の差を問うことなく、
長幼の序に従って座につく。

この席でも、
やかましく叱りつける学者がいたりして、
夕霧は不快だったが、
気おくれせず最後まで読み通した。

昔、醍醐帝のころ、
大学が盛んで、
学芸が興隆して人材が輩出したが、
今はそれに似ている。

少年は順調に合格してゆく。
今では一心に学問に打ち込み、
一層励んでいた。

学問だけではなく、
それぞれの道に才能ある人が、
実力を認められ、
報われるよき時代であった。

冷泉帝(故藤壺女院と源氏の子)の、
中宮を定められなければならなかった。

源氏は斎宮の女御(六條御息所の姫君)を、
中宮にと推している。

「亡き母宮の藤壺の女院が、
斎宮の女御を主上の御後見にと、
私に望まれたから」

と源氏は、
藤壺の宮のご遺言にことよせて、
主張する。

しかし世間は、
二代の后が続いて源氏出身(皇族出身)、
であることを歓迎しない。

「弘徽殿の女御(昔の頭の中将の姫君)は、
どなたよりも先に入内なさったのだから、
それをさしおいて、とはいかがなものか」

など、
斎宮の女御方、弘徽殿方に、
心寄せる人は気を揉んでいる。

そればかりではない。

兵部卿の宮、
今は式部卿の宮と申し上げるが、
帝の御伯父に当たられるので、
その方の姫君が、入内なさっていた。

王女御と呼ばれていらっしゃる。
紫の上の異母妹に当たられる。

三人の女御をめぐって、
宮中は火花を散らす暗闇が、
くりひろげられた。

いうまでもなくそれは、
それぞれの女御の後援者、
庇護者の争いにほかならぬ。

このたびは立后という直接的な形だけに、
以前の絵合わせの争いなどよりもっと、
熾烈な、切迫した、政界実力者の、
争闘である。

ついに再び源氏は勝った。

衆論を導いて、
斎宮の女御立后が決定されたのである。

女御は晴れて、
冷泉帝の中宮に柵立された。

亡き母君、六條御息所のご不運にひきかえ、
なんと幸運なお方であろう。

源氏は太政大臣に昇り、
大将(頭の中将)は内大臣となった。

そして源氏は、
天下の政務を内大臣に譲った。

源氏の政治的処理の手腕は、
あざやかである。






          


(次回へ)

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