むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

24、行幸 ①

2023年12月28日 09時07分37秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・玉蔓の身のふり方に苦慮する源氏は、
ついに一つの方法を発見した。

宮仕えに出してやることである。

求婚者たちをあきらめさせ、
かつ自分の恋も断ち切るでもなし、
生かすでもなし、という、
あやふやなままに置いておくとすれば、
宮中へ送り込むのが一ばんかもしれなかった。

それも、公式の、
高い身分の尚侍(ないしのかみ)という位置へ。

その年の十二月、
洛西の大原野に行幸があった。

世間の人々は、
あげてその行列を拝観しようと、
さざめいている。

六条院の女人たちも車を並べて出かける。

行列は卯の刻(午前六時)に御所を出、
朱雀大路を南下し、
五條大路を西へ折れる。

桂川まで見物の車は並んだ。

親王がた、上達部まで、
馬、鞍をととのえ、
随身、馬副の人々に至るまで、
よりすぐった美男をそろえてあった。

男たちは青い袍に薄紫の下がさね、
そこへ雪がはらはらと散りかかるさまは、
世にも美しい。

女たちは夢中で見とれた。

玉蔓も、見物の車の中にいた。

いずれ劣らぬ美男ぞろいの貴族たちの中にも、
ひときわぬきんでてめでたきは、
若き美貌の帝であられた。

玉蔓の視線は帝に吸い寄せられる。

帝は赤色の御衣を召され、
輿の中に端麗な横顔を見せていられる。

玉蔓はそれとなく、
実父の内大臣をさがしてなつかしく眺めた。

男ざかりの貫禄ある、
りっぱな中年男性であるが、
威厳の点では帝に及ばない。

美しさでは、
源氏の大臣は帝とうり二つであるものの、
若さと品位においては、
帝は輝くばかりたちまさっていられる。

玉蔓は、
かねて源氏に示唆された宮仕えについて、
帝を拝見してから心が動いた。

後宮に入って、
他の女御と共に帝の寵愛を争う、
というのは気がすすまぬが、
おおやけの女官として勤務するなら、
いいかもしれない、などと、
娘心に美貌の若き帝にあこがれをおぼえた。

兵部卿の宮が通られる。
髭黒の大将もいる。

この人は朴訥な人で、
平素は重々しく野暮ったい身なりだが、
今日は武官として華やかな装い。

堂々たる体躯、
黒い髭に面を半分おおわれた、
たのもしい武官である。

しかし、玉蔓にはうとましく見えた。

若い娘の心には、
たくましい中年男より、
女にも見まほしい美青年の帝に、
熱いあこがれを抱くのであった。

(・・・なんと、むくつけき男性だろう。
・・・あんな恐ろし気な、髭なんか生やして。
だから、あの方のお手紙も、
武骨で、ぎこちないのだわ・・・)

玉蔓は興ざめた。

源氏は玉蔓の心が、
宮仕えにかたむいているのを見てとって、
計画をいろいろ練っていた。

その前にまず、
玉蔓の裳着の式を行わねばならない。

これは、
貴族の姫君の成人式とでもいうべきもので、
はじめて裳・唐衣を着て正装し、
しかるべき人を頼んで、
裳の腰ひもを結んでもらう儀式である。

源氏は裳着の式にことよせ、
この際、
内大臣に真実を知らそうと思った。

感動深い式になりそうなので、
すばらしい雰囲気を作り、
玉蔓の新しい人生へのはなむけとしたかった。

年があらたまり、
式を二月にと源氏は心づもりした。

玉蔓の宮仕えが具体化すれば、
出自も明らかにし、
氏神へもお詣りせねばならぬ。

玉蔓は、内大臣の子であってみれば、
藤原一族の姫である。

源氏の子と、
いつまでも偽っておくことは、
藤原氏の氏神、春日明神の神慮にも違う。

身分がら、
いつまでもあいまいにしておくわけにもいかず、

(何といっても親子の縁は切れない。
同じことなら、こちらから内大臣に打ち明けよう)

源氏は決心し、
裳着の式の、腰結の紐を結ぶ役目を、
内大臣に依頼した。

内大臣は、
母君の大宮が去年の冬からご病気なので、
と辞退してきた。

それは事実で、
夕霧も祖母宮の看護に懸命の毎日である。

折悪しきことだと源氏も考えこんだが、
もし大宮に万が一のことでもあれば、
玉蔓も服喪しなければならない。

他人のままおいておくことは出来ない。

大宮ご存命のあいだに、
このことは明かしてしまおうと、
源氏は三條の大宮邸へ出かけた。






          


(次回へ)

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