・大宮は久しぶりの源氏の訪れを喜ばれて、
起き上がられた。
脇息によりかかって弱々しくお見えになるが、
よくお話される。
「それほどお悪く思えませんね。
夕霧などが大げさに申しますから、
たいそう心配でしたが、
お元気そうに見えます」
と源氏は慰めた。
「年齢(とし)でございますから・・・」
と大宮は仰せられる。
「もう、いつお迎えが来てもよいと、
思っております。
惜しい年ではございません。
あなたにお目にかかれて、
思い残すこともございません。
ただ、この夕霧がやさしく世話してくれますので、
それを心に長らえております」
とお泣きになるのもいたわしい。
源氏は、
「内大臣はお見舞いに来られるのでしょうな。
こんなついでにお目にかかれば嬉しいのですが。
お話したいことがあるのですが、
なかなかよい折がございませんで」
「あの人は仕事が忙しいのか、
情味が薄いのか、
あまり顔を見せてくれませぬ。
お話というのは何でございましょう。
夕霧と雲井雁のことでしょうか。
あれも言いだしたらきかない人なので・・・」
大宮は、
夕霧と雲井雁の結婚を、
源氏が内大臣に頼みたいのではないかと、
思われるらしかった。
「いや、
あのことは成り行きにまかせています。
私が口出しますと却ってこじれましょう。
時間が解決してくれましょう。
私としては、
内大臣がこの件でまだ怒っていられるのを、
お気の毒に思うばかりです」
などといって、
源氏は本題に入った。
「実はお驚きになるかもしれませんが、
内大臣のお子を、
私の子供と思い違いをして、
引き取って育てて参りました。
先方も詳しいことを話してくれませんし、
私も強いて調べることもせず、
なにしろ子供が少なくて淋しいものですから、
先方のいうままに引き取りました。
たいして世話もしないまま日が過ぎました。
美しい姫君です」
「まあ、ふしぎなお話・・・
どうしてその人はまた、
あなたのお邸へ願い出たのでしょう。
誰かに教えられたのでしょうか」
大宮はびっくりしていられる。
「いろいろわけもありますが、
内大臣にお話すればわかって頂けましょう。
世間にもいつとはなくこの噂が流れ、
主上から尚侍として宮仕えしないか、
というお話がございました。
そのお話があったので、
私がいろいろ当人の生まれ年など聞き合わせて、
その結果、
内大臣のお子ということがわかったのです」
大宮は急いで内大臣を呼びよせられた。
雲井雁のことか、
と内大臣は考えた。
旧友同士、
久しぶりに会うと、
日ごろのわだかまりは消え、
負けじ魂も忘れ、
若い頃の気分に引き入れられてゆく。
盃はめぐり、
昔のこと、
いまのこと、
話が弾むうちに、
源氏は玉蔓のことを打ち明けた。
「えっ!
ではあの夕顔の忘れ形見・・・」
内大臣は呆然とした。
「生きていてくれたのですね。
つつがなく生い立ってくれたのですね・・・」
内大臣は思わずめがしらをぬぐった。
旧友二人は泣きつ笑いつ、
太政大臣、内大臣という身分を忘れて、
いっぺんに打ち解けあった。
何十年も昔に立ちかえったようだった。
大宮はそれをご覧になって、
涙ぐんでおられた。
大宮にとって昔を今になすよしもない悲しみは、
この二人を結びつけていた葵の上が、
疾うに亡いことだった。
源氏も内大臣も夕霧の話は出さなかった。
その点に関しては、
二人にわだかまりがある。
どちらもわが子のことゆえ、
こちらからは折れられぬ、
という気があって口にはしなかった。
「では、
姫君の裳着の式の日に、
お忘れなくおいでください」
と二人は機嫌よく別れた。
内大臣は、
源氏の話を聞いたときから、
玉蔓にあいたくてたまらなかった。
しかし、
急に父親顔をして引き取るわけにもいかない。
第一、源氏も手放すまい。
源氏はすでに玉蔓を愛人にしたのではないか、
と内大臣は疑っている。
あまたの夫人たちに遠慮して、
急に自分へ親の権利を譲ったのではないか。
それを思うと、
くやしくもあるが、
しかしまた、
玉蔓が源氏の夫人の一人となっても、
そう不名誉なことでもないように思われる。
宮仕えさせるにしても、
ともかく源氏の意向に従わねばならぬ、
と内大臣は思った。
(次回へ)