むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

24、行幸 ②

2023年12月29日 08時44分23秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・大宮は久しぶりの源氏の訪れを喜ばれて、
起き上がられた。

脇息によりかかって弱々しくお見えになるが、
よくお話される。

「それほどお悪く思えませんね。
夕霧などが大げさに申しますから、
たいそう心配でしたが、
お元気そうに見えます」

と源氏は慰めた。

「年齢(とし)でございますから・・・」

と大宮は仰せられる。

「もう、いつお迎えが来てもよいと、
思っております。
惜しい年ではございません。
あなたにお目にかかれて、
思い残すこともございません。
ただ、この夕霧がやさしく世話してくれますので、
それを心に長らえております」

とお泣きになるのもいたわしい。

源氏は、

「内大臣はお見舞いに来られるのでしょうな。
こんなついでにお目にかかれば嬉しいのですが。
お話したいことがあるのですが、
なかなかよい折がございませんで」

「あの人は仕事が忙しいのか、
情味が薄いのか、
あまり顔を見せてくれませぬ。
お話というのは何でございましょう。
夕霧と雲井雁のことでしょうか。
あれも言いだしたらきかない人なので・・・」

大宮は、
夕霧と雲井雁の結婚を、
源氏が内大臣に頼みたいのではないかと、
思われるらしかった。

「いや、
あのことは成り行きにまかせています。
私が口出しますと却ってこじれましょう。
時間が解決してくれましょう。
私としては、
内大臣がこの件でまだ怒っていられるのを、
お気の毒に思うばかりです」

などといって、
源氏は本題に入った。

「実はお驚きになるかもしれませんが、
内大臣のお子を、
私の子供と思い違いをして、
引き取って育てて参りました。
先方も詳しいことを話してくれませんし、
私も強いて調べることもせず、
なにしろ子供が少なくて淋しいものですから、
先方のいうままに引き取りました。
たいして世話もしないまま日が過ぎました。
美しい姫君です」

「まあ、ふしぎなお話・・・
どうしてその人はまた、
あなたのお邸へ願い出たのでしょう。
誰かに教えられたのでしょうか」

大宮はびっくりしていられる。

「いろいろわけもありますが、
内大臣にお話すればわかって頂けましょう。
世間にもいつとはなくこの噂が流れ、
主上から尚侍として宮仕えしないか、
というお話がございました。
そのお話があったので、
私がいろいろ当人の生まれ年など聞き合わせて、
その結果、
内大臣のお子ということがわかったのです」

大宮は急いで内大臣を呼びよせられた。

雲井雁のことか、
と内大臣は考えた。

旧友同士、
久しぶりに会うと、
日ごろのわだかまりは消え、
負けじ魂も忘れ、
若い頃の気分に引き入れられてゆく。

盃はめぐり、
昔のこと、
いまのこと、
話が弾むうちに、
源氏は玉蔓のことを打ち明けた。

「えっ!
ではあの夕顔の忘れ形見・・・」

内大臣は呆然とした。

「生きていてくれたのですね。
つつがなく生い立ってくれたのですね・・・」

内大臣は思わずめがしらをぬぐった。

旧友二人は泣きつ笑いつ、
太政大臣、内大臣という身分を忘れて、
いっぺんに打ち解けあった。

何十年も昔に立ちかえったようだった。

大宮はそれをご覧になって、
涙ぐんでおられた。

大宮にとって昔を今になすよしもない悲しみは、
この二人を結びつけていた葵の上が、
疾うに亡いことだった。

源氏も内大臣も夕霧の話は出さなかった。

その点に関しては、
二人にわだかまりがある。

どちらもわが子のことゆえ、
こちらからは折れられぬ、
という気があって口にはしなかった。

「では、
姫君の裳着の式の日に、
お忘れなくおいでください」

と二人は機嫌よく別れた。

内大臣は、
源氏の話を聞いたときから、
玉蔓にあいたくてたまらなかった。

しかし、
急に父親顔をして引き取るわけにもいかない。

第一、源氏も手放すまい。

源氏はすでに玉蔓を愛人にしたのではないか、
と内大臣は疑っている。

あまたの夫人たちに遠慮して、
急に自分へ親の権利を譲ったのではないか。

それを思うと、
くやしくもあるが、
しかしまた、
玉蔓が源氏の夫人の一人となっても、
そう不名誉なことでもないように思われる。

宮仕えさせるにしても、
ともかく源氏の意向に従わねばならぬ、
と内大臣は思った。






          


(次回へ)

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