・源氏の長男、夕霧右大将は、
大納言になった。
源氏は冷泉帝のご譲位を、
複雑な思いで受け止めた。
お世継ぎが、
お出来にならなかったことを、
ひそかに残念に思っている。
新しい東宮も、
明石の女御に生まれられた、
一の宮が立たれて、
源氏の血筋に違いないが、
冷泉帝への愛情は、
一種特別である。
冷泉帝の御代は、
幸い平穏に過ぎた。
かくされた罪深いあやまちも、
ついにあばかれることなく、
終った。
その代り、
義母である藤壺中宮と、
自分との恋から実った花は、
一代かぎりでしぼんでしまった。
源氏はそれが淋しく、
物足らなかったが、
人にも言えないことなので、
わが心に閉じ込めておいた。
明石の女御は、
次々と御子を儲けられて、
ご寵愛は並ぶものはない。
藤原氏ではなく、
源氏出身の姫が続いて、
后の位にあるのを、
世の人々は批判している。
冷泉院の中宮は、
(亡き六條御息所の姫君)
お子もなかったのに、
源氏の後見で、
后の位に即かれた。
中宮は、
源氏の庇護をしみじみ、
ありがたく思っていられた。
み位を下りたもうた新院は、
あちこちの御幸もお気軽になられ、
のんびりと暮らされている。
明石の上も、
母君の尼君も、
幸福に暮らしていた。
尼君はまさしく、
「東宮のひいおばあちゃま」
になった。
女三の宮を、
新帝(兄君)は、
お心にかけ、
何くれとなくお世話なさる。
こうして、
充たされた人生を謳歌する、
人々の中で、
紫の上は、
ある日、源氏にいった。
「どうか『よろしい』と、
おっしゃって下さいまし。
わたくしのお願いすることを」
「あなたの願うことで、
私が拒んだことがあったか?」
源氏は不思議そうに反問した。
「いいよ。
何の願いか、言ってごらん」
「わたくしも年のせいですか、
こうざわざわした生活に、
疲れました。
静かに仏の道を、
修行したくなりました。
どうか、お許し下さい」
紫の上は三十八になる。
源氏は四十六である。
「ほかならぬあなたの頼みだが、
こればかりは聞けない」
源氏は顔色の変わる気がした。
「私を捨てて出家する、
とあなたはいうのかね?
情けない。
そんなことが出来ると、
あなたは思うのか。
私こそ年来出家の意があったが、
あなたがあとに残されて、
どんなに淋しがるだろうかと、
そればかり気がかりで、
こうして世に生きているのです。
私が出家したあとならば、
考えるままにすればよいが、
今はいけない」
と必死に止める。
出家なされた、
源氏の異腹の兄君、朱雀院は、
その後仏道修行にひたすら、
励んでいられて、
俗世への思いは断たれたいた。
ただ、
女三の宮へのお気がかりは、
今なお捨てになられず、
源氏の後見をたのみにしていられる。
「あの女三の宮を、
よろしく頼む」
と御子である帝に、
ご依頼になる
源氏はこうなると、
朱雀院や帝のお手前もあり、
女三の宮を、
なおざりに出来なくなり、
宮のもとへ通う日は、
多くなってゆく。
(次回へ)