むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

31、若菜(下) ④

2024年02月20日 09時00分07秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・源氏の長男、夕霧右大将は、
大納言になった。

源氏は冷泉帝のご譲位を、
複雑な思いで受け止めた。

お世継ぎが、
お出来にならなかったことを、
ひそかに残念に思っている。

新しい東宮も、
明石の女御に生まれられた、
一の宮が立たれて、
源氏の血筋に違いないが、
冷泉帝への愛情は、
一種特別である。

冷泉帝の御代は、
幸い平穏に過ぎた。

かくされた罪深いあやまちも、
ついにあばかれることなく、
終った。

その代り、
義母である藤壺中宮と、
自分との恋から実った花は、
一代かぎりでしぼんでしまった。

源氏はそれが淋しく、
物足らなかったが、
人にも言えないことなので、
わが心に閉じ込めておいた。

明石の女御は、
次々と御子を儲けられて、
ご寵愛は並ぶものはない。

藤原氏ではなく、
源氏出身の姫が続いて、
后の位にあるのを、
世の人々は批判している。

冷泉院の中宮は、
(亡き六條御息所の姫君)
お子もなかったのに、
源氏の後見で、
后の位に即かれた。

中宮は、
源氏の庇護をしみじみ、
ありがたく思っていられた。

み位を下りたもうた新院は、
あちこちの御幸もお気軽になられ、
のんびりと暮らされている。

明石の上も、
母君の尼君も、
幸福に暮らしていた。

尼君はまさしく、
「東宮のひいおばあちゃま」
になった。

女三の宮を、
新帝(兄君)は、
お心にかけ、
何くれとなくお世話なさる。

こうして、
充たされた人生を謳歌する、
人々の中で、
紫の上は、
ある日、源氏にいった。

「どうか『よろしい』と、
おっしゃって下さいまし。
わたくしのお願いすることを」

「あなたの願うことで、
私が拒んだことがあったか?」

源氏は不思議そうに反問した。

「いいよ。
何の願いか、言ってごらん」

「わたくしも年のせいですか、
こうざわざわした生活に、
疲れました。
静かに仏の道を、
修行したくなりました。
どうか、お許し下さい」

紫の上は三十八になる。

源氏は四十六である。

「ほかならぬあなたの頼みだが、
こればかりは聞けない」

源氏は顔色の変わる気がした。

「私を捨てて出家する、
とあなたはいうのかね?
情けない。
そんなことが出来ると、
あなたは思うのか。
私こそ年来出家の意があったが、
あなたがあとに残されて、
どんなに淋しがるだろうかと、
そればかり気がかりで、
こうして世に生きているのです。
私が出家したあとならば、
考えるままにすればよいが、
今はいけない」

と必死に止める。

出家なされた、
源氏の異腹の兄君、朱雀院は、
その後仏道修行にひたすら、
励んでいられて、
俗世への思いは断たれたいた。

ただ、
女三の宮へのお気がかりは、
今なお捨てになられず、
源氏の後見をたのみにしていられる。

「あの女三の宮を、
よろしく頼む」

と御子である帝に、
ご依頼になる

源氏はこうなると、
朱雀院や帝のお手前もあり、
女三の宮を、
なおざりに出来なくなり、
宮のもとへ通う日は、
多くなってゆく。






          


(次回へ)

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