・朱雀院のご依頼で、
源氏は女三の宮のもとへ、
通う日は多くなっていった。
(当然のことだわ・・・)
と紫の上は思う。
そう思いながらも、
女三の宮を世間が重々しく、
遇すれば遇するほど、
わが身がかえりみられて、
心細い思いが増す。
(わたくしには、
庇って下さる院も主上もない。
ただ、
源氏の君の愛情だけを頼みに、
人に負けない暮らしを、
しているけれど、
醜く年をとったら、
いつかはそのご愛情もさめる。
そんな淋しい目にあうより前に、
自分から世を捨てたい・・・)
そう思っているが、
彼女は黙っていた。
彼女が今、
いちばん心を傾けて、
可愛がっているのは、
明石の女御に生まれた姫宮。
姫宮をこちらの御殿で、
大切にお育てして、
源氏のいない夜も、
心を慰めることができた。
花散里は、
紫の上が可愛い孫宮のお世話に、
追われているのがうらやましく、
こちらは、
夕霧と典侍との間に生まれた、
姫宮を乞うて引き取り、
育てることにした。
美しい童女で、
源氏も可愛がった。
源氏の子は、
息子、夕霧、一人、
娘、明石の女御、一人で、
いかにも少ないが、
末々は広がって子供たちが増え、
源氏を慰めた。
養女ともいうべき、
玉蔓(亡き夕顔を母とする)も、
今はこの六條院へよく顔を出し、
紫の上ともむつまじい間柄に、
なっている。
その夫の髭黒の右大臣も、
源氏と親しい。
玉蔓も、
今は高官の夫人らしい威厳がある。
若かった人々も、
みな中年者になった。
そうして、
心から大人のつきあいに、
なってゆく。
互いの人柄を敬愛し、
親しみむつみ合う、
大人の世界が展開される。
そんな中で、
一人取り残されているのは、
いつまでも未成熟な女三の宮。
源氏は、
実の娘の明石の女御は、
結婚相手の帝にお任せして、
今は女三の宮を、
娘のようにいたわり育てていた。
父院、朱雀院から、
姫宮にお便りがあった。
「臨終のときが、
近づいた気がしています。
死ぬ前にもう一度お会いしたい。
そっとこちらに来て頂けないか」
といわれる。
源氏は尤もなことと思った。
今度、朱雀院は、
五十歳におなりになるはず。
若返りということばにちなんで、
若菜などを調理して、
さしあげようかと、
源氏は思いついた。
何しろ出家なすった方なので、
普通とはこと変る作法もあり、
源氏は心を砕いて、
院をお喜ばせしようと、
準備をはじめた。
朱雀院は音楽愛好家で、
いられるので、
楽人や舞人を入念に選んだ。
朱雀院は女三の宮の、
琴をお聞きになりたいと、
仰せられた。
源氏に教えられて、
少しは上達したろうか、
と楽しみにしていられるご様子。
源氏は急いで、
熱心に女三の宮に、
琴の教授をはじめた。
「宮が恥をおかきになっては、
おいたわしいから、
しばらくはつききりで、
お教えするから」
と紫の上にことわって、
明けても暮れても宮に、
琴をお教えする。
素直な方なので、
一生懸命習われて、
少しの間に、
たいそう手をあげられた。
明石の女御は、
それをうらやましがっておられ、
「わたくしにも、
お教え頂けませんでした。
ぜひお聞きしたい」
とおっしゃられて、
中々出ない退出のお許しを得て、
六條院へお里帰りなさった。
御子はお三方おいでなのに、
いままたご懐妊で、
五つ月になられる。
(次回へ)