むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

31、若菜(下) ⑤

2024年02月21日 08時53分42秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・朱雀院のご依頼で、
源氏は女三の宮のもとへ、
通う日は多くなっていった。

(当然のことだわ・・・)

と紫の上は思う。

そう思いながらも、
女三の宮を世間が重々しく、
遇すれば遇するほど、
わが身がかえりみられて、
心細い思いが増す。

(わたくしには、
庇って下さる院も主上もない。
ただ、
源氏の君の愛情だけを頼みに、
人に負けない暮らしを、
しているけれど、
醜く年をとったら、
いつかはそのご愛情もさめる。
そんな淋しい目にあうより前に、
自分から世を捨てたい・・・)

そう思っているが、
彼女は黙っていた。

彼女が今、
いちばん心を傾けて、
可愛がっているのは、
明石の女御に生まれた姫宮。

姫宮をこちらの御殿で、
大切にお育てして、
源氏のいない夜も、
心を慰めることができた。

花散里は、
紫の上が可愛い孫宮のお世話に、
追われているのがうらやましく、
こちらは、
夕霧と典侍との間に生まれた、
姫宮を乞うて引き取り、
育てることにした。

美しい童女で、
源氏も可愛がった。

源氏の子は、
息子、夕霧、一人、
娘、明石の女御、一人で、
いかにも少ないが、
末々は広がって子供たちが増え、
源氏を慰めた。

養女ともいうべき、
玉蔓(亡き夕顔を母とする)も、
今はこの六條院へよく顔を出し、
紫の上ともむつまじい間柄に、
なっている。

その夫の髭黒の右大臣も、
源氏と親しい。

玉蔓も、
今は高官の夫人らしい威厳がある。

若かった人々も、
みな中年者になった。

そうして、
心から大人のつきあいに、
なってゆく。

互いの人柄を敬愛し、
親しみむつみ合う、
大人の世界が展開される。

そんな中で、
一人取り残されているのは、
いつまでも未成熟な女三の宮。

源氏は、
実の娘の明石の女御は、
結婚相手の帝にお任せして、
今は女三の宮を、
娘のようにいたわり育てていた。

父院、朱雀院から、
姫宮にお便りがあった。

「臨終のときが、
近づいた気がしています。
死ぬ前にもう一度お会いしたい。
そっとこちらに来て頂けないか」

といわれる。

源氏は尤もなことと思った。

今度、朱雀院は、
五十歳におなりになるはず。

若返りということばにちなんで、
若菜などを調理して、
さしあげようかと、
源氏は思いついた。

何しろ出家なすった方なので、
普通とはこと変る作法もあり、
源氏は心を砕いて、
院をお喜ばせしようと、
準備をはじめた。

朱雀院は音楽愛好家で、
いられるので、
楽人や舞人を入念に選んだ。

朱雀院は女三の宮の、
琴をお聞きになりたいと、
仰せられた。

源氏に教えられて、
少しは上達したろうか、
と楽しみにしていられるご様子。

源氏は急いで、
熱心に女三の宮に、
琴の教授をはじめた。

「宮が恥をおかきになっては、
おいたわしいから、
しばらくはつききりで、
お教えするから」

と紫の上にことわって、
明けても暮れても宮に、
琴をお教えする。

素直な方なので、
一生懸命習われて、
少しの間に、
たいそう手をあげられた。

明石の女御は、
それをうらやましがっておられ、

「わたくしにも、
お教え頂けませんでした。
ぜひお聞きしたい」

とおっしゃられて、
中々出ない退出のお許しを得て、
六條院へお里帰りなさった。

御子はお三方おいでなのに、
いままたご懐妊で、
五つ月になられる。






          


(次回へ)

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